四月から今日までの約三ヶ月、私たちは挨拶以上の言葉を交わしたことはない。もともと沖田くんは社交的な性格ではないようで、教室の中でも打ち解けて接している男子は一人か二人だった。

その程度の仲の私が、こんなところで沖田くんと顔を合わせたら、彼はきっと困る。嫌がる。嫌われるかもしれない。

そうだ、余計なことはやめよう。沖田くんには沖田くんの生活があって、私はそれに介入できる立場じゃない。

よし、帰ろう。

そう思った時には、私は、沖田くんとおじさんの間に割って入っていた。

「な、なんだ? 君、なんだ? 警察? え?」

おじさんがすっとんきょうな声を上げ、激しく狼狽する。

どうやら、私が、童顔の私服警察かなにかだという発展的ストーリーを、瞬時に思い描いたらしい。

「……衿ノ宮(えりのみや)?」

沖田くんが、あっけにとられながら私の名前を呼んだ。

「沖田くん、行こうよ」

すると、気を取り直したらしいおじさんが、

「おい待てよ、君。なんだか知らんが、彼は僕とこれから……」

「彼とあなたはこれから、なにをするんですか?」

私に睨まれたおじさんは、さっきまでの慌てぶりはどこへやら、ノーネクタイの襟元を正しながら、子供に諭すような態度になる。

まあ、子供なんだけど。

どうやら、私が公権力とは全く無関係らしいということを確信して、強気に出ることにしたようだ。

「君はこの彼の友達かい? でもどうやら、事情は知らないみたいだね。いいか、僕とこいつはすでに契約を済ませているんだ。君みたいな子供は知らないだろうが、民法上、口約束も立派な契約であって――」

「どこの民法に、未成年をホテルに連れ込む契約が合法だって書かれてるんです?」

民法なんて全然詳しくないけれど、そんな法律がないことは断言できる。

「そんな話はどうでもいいんだよ。いいか、今すぐどこかへ行け。邪魔するなら、それなりの目に遭うと思えよ」

おじさんが凄んだ。

舐めないでよ、と言ってやりたかった。でも私の喉は固く縮こまって、いつの間にか腰が引けている。私は決して、対人交渉が得意なタイプではない。

いや、だからなんだ、こんな時に弱気になるな、この意気地なし。こんな中肉中背のおじさんに睨まれただけで、気おされてどうする。