「なんでだよ。ていうか今日の衿ノ宮、私服姿かなりかわいいな。学校の外でクラスメイトと会うの自体新鮮だけど、そんなの関係なしに」

「あ……ありがとう。変じゃないかな」

「全ー然。となり歩けて、嬉しいよ」

「なんでそんなに褒めてくれるの?」

「ああ、おれ、学校の外だといつもこんな感じかもしれない。気の合うやつとじゃないと、なかなか話すことないから」

そうなのか。

それにしても、至近距離での、沖田くんの「かわいい」はやはり心臓に悪い。

今日の服装は、私なりに恋人とのお出かけを意識して、私の服の中ではかわいいめのベージュのワンピースに、白いトップスを合わせていた。私に彼氏がいたことはないけど、ウソカノを務める以上、できる限りのことはしたかった……ものの、気合い入れすぎとそっけなさすぎの間の服装というのが難しくて、昨夜は手持ちの服を並べて長いこと唸っていた。

おしゃれというのは日々訓練しておかないといけないのかもな、とこんな時だけは思う。

「先方との約束は歌舞伎町で十時半だから、さっさと済ませてなにか食べに行こうぜ。衿ノ宮、行きたいところとかある? 夕飯までは、さすがにだめだよな」

予想外のことを言われて、私は上ずった声で答えた。

「えっ。用事が済んだ後も、いていいの?」

沖田くんが目をぱちくりとさせた。

「おれ、今日は半日、衿ノ宮と一緒のつもりだったんだけど……。そうか、そういえばそんな約束別にしてないもんな。ごめん、先走ってた。午後忙しかった?」

「ううん全然」

「よかった」

私こそよかった。

「沖田くんは、今日行きたいところあるの?」

「まあ、二三ヶ所は。じゃあ、後で相談させてくれ」

うん、とうなずきかけた時、横合いから、

「あれ。そこにいんの、瀬那じゃねーか?」

と男子の声がした。

私と沖田くんが同時に振り向くと、そこには、一人の男子高校生――だろう、たぶん――が立っていた。丈の長い薄手のサマージャケットに、ハイビスカスがあしらわれた派手なシャツ。モスグリーンのタイトなパンツで、かなり足が長いのがわかる。身長がおそらくは百八十センチ近くあって、沖田くんより少し高い。

そのインパクトのあるシャツよりも、私は、鮮やかなオレンジ色の、ストレートの長髪に目を奪われていた。頭の後ろで結んだその髪の色に、見覚えがある。

「なんだ、ミーか」と沖田くん。

「この次期生徒会長、神巳一郎(じんみいちろう)様を、そんな猫ちゃんみたいに呼ぶのはお前だけの特権だが、女子の前ではやめろっつーのに。威厳が損なわれるだろーが」

「その暑苦しいうえにちぐはぐな格好で、なにが威厳だ。紹介するよ衿ノ宮。神っていって、一年の時同じクラスだった。秋には生徒会長に立候補するみたいだから、気が向いたら投票してやってくれ」

確かに服装としてはちぐはぐなのかもしれないけど、この神くんという人の均整の取れたスタイルが、どんな服でもおしゃれに見せてしまうのではないかと思われるくらいに格好いい。服に隠れていても、体が筋肉質で締まっていることは如実に伝わってきた。

いや、それよりも。そんなことよりも、彼は。思い出した。

「うお。瀬那が女子連れてる。……って、あれ? 君、どっかでおれと会ったことない?」

やっぱり。

「え、えっと、前に、沖田くんが中庭で本読んで陰を作ってあげてたのを、見てました」

「そうか、そうだよな!」

そこまで聞いて、沖田くんが「ああ」と声を出した。

「そうか、あの時すれ違ったのが衿ノ宮か。……じゃあ、あの強制わいせつ行為を見られてたんだな」

「おれから瀬那への親愛の表現が、なんでわいせつだ? でもあれ、もしかしてお前たちつき合ってんの? ……瀬那が!? 女と!?」

「ち、違うんです! これはお芝居で!」

今日の事情を、沖田くんが神くんに説明する。すんなりと神くんが納得したところを見ると、神くんは沖田くんの「仕事」については知っているらしい。

「へっええええ。嘘でとはいえ、瀬那が女子と二人でねえ」

「いや、おれだってクラスメイトと出かけることくらいあるだろ。それより、衿ノ宮には変なところ見られてばっかりだな」

「そんなことないよ。私あの時、この暑いのに日陰作ってあげて優しいなって思ったし」

これはいつか伝えたかったことなので、機会に恵まれて嬉しい。

神くんがうんうんとうなずいた。

「べ、別に普通だよ普通。ほら行くぞ」

沖田くんは、少し恥ずかしそうにしながら私を促して、神くんと別れた。