私はどきりとする。悪口ではなくても、「仕事」のことをつい漏らしたりしてるんじゃないかとは、たとえわずかでも沖田くんに思わせたくなかった。

「言ってないよ」と私は沖田くんの目を見て答える。

「そうか。よかった。四人とも、昼はよくグループになってるよな。衿ノ宮の友達なら、みんな人柄がいいと思うから、楽しそうでうらやましいよ。おれは腹ごなしに、一人で校内でも散歩してくるわ。衿ノ宮、時間が合えばだけど、また放課後一緒に帰ろうな」

私が心配していたような疑念は抱かせずに済んだらしい。

私は胸をなでおろして、再び教室を出ていく沖田くんの後ろ姿を見送った。

そして正面に向き直ると、さっきまでよりも眼光を鋭くしたカナちゃんたちが、私にらんらんとした目を向けてくる。

「な、なに? カナちゃん」

「燈の友達なら人柄がいい……? ずいぶん信頼されてるのねえ……」

続けて奥野さんが、

「昨日の放課後、一緒に……? どこに、なにしに行ったの?」

はっと気づく。なんてことを言い残してくれたのだ、沖田くん。



なんとか追及の手を逃れて、ようやく午後の授業の予冷が鳴った時、沖田くんが戻ってきた。

ここで少し、不用意なことを口走らないよう釘を刺しておかなくてはいけないと思って、私はまたキリキリとした女友達の視線を感じながら、沖田くんに小声で話しかけた。

「沖田くん、あのね、私少し言っておきたいことが……」

「ちょうどよかった。おれも衿ノ宮に話があったんだ。さっき時間が合えばなんて言ったばっかりなんだけど、さっそく今日の放課後、少し付き合ってくれるか?」

「え、うん。いいけど」

私も、内容が内容だけにこのお願いは、変に沖田くんを傷つけないよう丁寧に言いたいので、二人になれる時の方がいい。

残りの授業は、いつもよりだいぶ長く感じながらも、時計の指す時間ぴったりに終わった。

荷物をまとめて廊下へ出ると、待ち合わせ場所にした昇降口へ速足で向かう。

終礼を一緒に終えて、さっきまで同じ教室にいたのに、足の速さ(というか長さ)が違うのか、沖田くんはすでに下駄箱に到着していた。

結果的に言えば、私の釘は、刺すどころか、取り出すことさえできなかった。

人目をはばかって歩き出し、ひ時わ人波が途絶えたところで、校門のすぐ手前で、沖田くんはそれを私に伝えた。

「おれの、ウソカノになってくれないか」



その夜。

またしても、私はぼんやりと自分の本棚のBL本を眺めながら、ベッドに転がっていた。

ウソカノとは。

嘘の彼女。彼女の振りをしている女友達。

あまり私には縁のない言葉だったけど、それくらいのことは語彙として知ってはいる。

全く話が見えずに固まっていた私に、沖田くんは

「無理言ってるよな。でも、こんなこと衿ノ宮にしか頼めないんだ」

と頭を下げてきた。

駅までの道で説明されたことには。

沖田くんの「仕事」関係で、最近彼に猛アタックしてきている男の人がいる。その人に、自分は本当は女子が好きで、男性を相手に仕事をしているのは単に成り行きなのだと言って諦めさせたいらしい。

――一回だけ。一度だけ三人で会って、十五分もあればきっちり説得しきってみせるから。

そう言われては、断ることもできない。

でも。

「なんで私なんだろう……」

もちろん、沖田くん本人にもそう訊いた。それでも嘘のような話で――実際ウソカノなんだけど――いまだに頭がついていかない。


――どうしてって、さっき言ったとおりだよ。衿ノ宮しか、こんなこと頼めるくらいの仲の女子いないんだ。

でも沖田くんて、女友達たくさんいそう。

――はは、なんでだよ。いないって、そんなの。……いや、実は、前にいたことはある。何人か。

前にいた?

――その時も、似たようなことを頼んだんだ。でも、だめだった。

だめって?

――ウソカノじゃなくなるんだ。本当に付き合ってほしいって言ってくるんだよ、おれに。それを断ったこともあるし、断らなかったことも……ある。でもやっぱり、つらかった。長続きしなくて、結局傷つけただけだった。告白を断ってその場で泣かせるか、その場ではオーケーしてその後泣かせるか、その違いだけだった。だからもう、女友達なんて作らないって決めたんだ。

……私は?