「沖田くんは……どれくらいになるの? そういうの、を始めてから」

「一年くらいかな」

こともなげに言われて、愕然とする。

一年。一年前の私は、なにをしていただろう。

私は一年生の時から、遠くから沖田くんを見ていた。それなのに、その「仕事」のことは全然知らなかった。

私が、気になったミュージシャンの新譜を検索したり、流行りの飲み物の派手さに驚いたりしていた時に、沖田くんはそういう「仕事」をしていた。

夕方前の七月の空気はむっと暑いのに、足元に、冷たい風が吹き去っていく感じがした。

沖田くんと私の間に、この一年で積み上がった、途方もなく大きな段差があるように思えた。

私たちは歩き出す。

沖田くんは車道側を歩いてくれた。

「おれ、最初は店舗みたいなとこに登録してたんだけど、年齢のこともあってやばくなっちゃってさ。その後店変えたりもしたけど、今は素人同士で作ったグループみたいなのに入ってるんだ。お客は主に代表者のSNSから入ってきて、好みとかを教えてもらって、おれらのうちからちょうどいいやつが割り振られていく」

「そんなの、危なくないの?」

「グループの人たちは割と普通な人が多いな。客は変なのもいるから、危ないなと思ったら会うのやめるんだけど、会ってからも一応品定めはするよ。本格的に危険だったことは、今のところはない。その点は、おれが男だからっていうのはたぶんあるな。本気で振り切れば、なんとか逃げ切れる。同じ仕事で、女の人が男の相手するやつがあるだろ? ……っていうか、そっちが多数派か。はは」

そう言って笑われても、なんと答えていいのか分からない。

「そっちはどんなに安全策を取ろうとしても、客と部屋に入ったら少し怖いと思うよ。おれの場合は、正面から取っ組み合えば相手をねじ伏せられるだろうっていう自信もあるから。相手、おっさんばっかだからね」

どこまで訊いていいのか、なんのことなら尋ねていいのか、必死で頭を巡らせていると、私の口数は自然と少なくなった。その分、沖田くんが話してくれている。

「おっと、駅が近づいてきたら人が多くなってきたな。この話題は、この辺にしておくか」

え、と私は思わず口に出してしまった。沖田くんがあまりに屈託なく話してくれるので、彼にとっては普通に口に出していて問題ない事柄なのだと、勝手に思ってしまっていた。

「あのな、おれだって一応時と場所はわきまえてるぞ。風俗業でも、仕事に誇りを持ってれば堂々と言うべきって人はいるし、それはそれでいいと思う。でもおれは、人目をはばかって裸になる仕事を、それも未成年と大人がやってることを、平気であけっぴろげにするのはよくないと思ってる。どんな事情が本人にあってもな。いろんな意味で極端な仕事だし。って、今のおれがあれを仕事って言うのも本当はだめだよな。それぐらいの常識は、なくさないでいたいな」

沖田くんが苦笑した。

私は、なんて答えていいのか分からない。

自分は今まで、割合楽に接して来られる相手としかつき合ってこなかったのだなという気がした。

きっと、もっといろんな、自分とはまるで違う生活をしている人たちから、様々な話を聞いておくべきだった。

そうすれば今、沖田くんに、なにか意味のある言葉をかけることができたかもしれないのに。

今の私では、相槌を打つことさえはばかられた。私が沖田くんのことも、沖田くんの「仕事」のことも、ほとんど知らないということは、沖田くんにだって分かっているんだから。

うん、本当だね、そうだね、分かるよ――なんて言おうものなら、沖田くんは私を見限ってしまうんじゃないかと思えた。

沖田くんは今までどんなものを見てきて、どんなことを知っていて、なにを考えているんだろう。

「ごめん。困らせた。……おれ、衿ノ宮に謝ってばっかりだな。いきなり甘えすぎかな、ごめん。うわ、まただ」

苦笑よりも少しだけ明るく、沖田くんが笑った。改札口はすぐそこまできている。

「沖田くんは……どんな話がしたいとかある? 音楽とか、本とか、映画とか、好きな有名人とか」

「そうだな。そういう話を、高校生ってすべきだよな。衿ノ宮、今日もあんな話聞いてくれてありがとうな。普通にしゃべってたけど、割とおれ、まずいかなってドキドキしてた。でも、衿ノ宮は本当に昨日のこと誰にも話さないでいてくれたし、おれの話も聞いてくれて……おれ、そういう人間関係久しぶりなんだ。いや、違うな、見栄張った。初めてだよ」

私と沖田くんは、向かうホームが逆だった。