<プロローグ 歌舞伎町の沖田くん>

歌舞伎町の中でもだいぶ安い方なんじゃないかと思われるホテルに、沖田(おきた)くんは、グレーのスーツ姿のおじさんと入っていった。

やや遠目に一瞬見えただけだけど、私が沖田くんを見間違えるはずがない。

七月、土曜日の夕方。

私は、同人誌でBL漫画を描いている友達の付き合いで新宿の世界堂に行き、自分では絵なんて描かないのに小ぶりでかわいいスケッチブックなど買って、先ほど新宿駅で友達を見送ったところだった。

一人ではあまり来ない、新宿という街を歩いてみたかった。

駅の東口を背にして少し歩くと、歌舞伎町と書かれたアーチが見えて、おおここがかの有名な……と足を踏み入れ、目的もなく直進して歩き続けた。

確かこのままいくと新大久保に出るんだったかな、と思いながら、特にそちらに用もないので引き返そうと振り向いた時、ホテルに入る沖田くんを見たのだ。

私は無意識のうちに、高校生男子が親子で歌舞伎町のホテルに入る妥当な理由を探して、頭をフル回転させていた。

そのまま立ち尽くしていたら、沖田くんはすぐに門から出てきた。

そして私に気づかないまま、九十度ターンして背を向けた。青いボタンダウンシャツの鮮やかさに、そういえば彼の私服を見るのは初めてだな、などと感慨にふける。

声をかけようかどうか迷っているうちに、続いて出てきたさっきのおじさんが、先に沖田くんに追いついた。

「なあ、怒るなよ、悪かったって。いいよ、お前の言う通りで」

おじさんは沖田くんにそう言った。沖田くんと同じくらいの身長で、でもほっそりとした沖田くんとは違い、少し横に広い体型をした人だった。

その親しげな様子が、勝手ながら、とてもなれなれしくて不愉快なものに思えた。おじさんは、沖田くんには全然似ていない。二人のしぐさから見ても、きっと親子ではない。

私は駆け出した。

いや、待て待て待て。

私は一体なにをしようというのか。

沖田くんと私は、同級生だけれど、特に仲がいいというわけじゃない。私は沖田くんを、別クラスだった一年生の時から知っているけど、沖田くんは二年生の今年一緒のクラスになるまで、私のことなんて全く知らなかっただろう。