3章

 文化祭が終わって最初の休日。
 僕と伶桜は、手に入れたテーマパークのペアチケットを使い外出する事に決めた。と言っても、2人とも優勝したから2回行けちゃうんだけど……。流石に、同じ場所へ同じ顔ぶれで何度も行くのはね。結果的に、1組分余った。
 僕が絶望の最中に居る時、伶桜が助けてくれた言葉。あの優勝インタビューでの発言を嘘にしない為、僕たちはここに居る。
「か、格好良い……」
「可愛いなぁ……畜生」
 最寄り駅のトイレから、着替え終えた互いを目にして第一声。お互いに悶えた。
 僕は今日純白のワンピースをメインにした服装をさせられている。伶桜はスラッとした長身を活かし、爽やかなパンツスタイルにサングラスだ。
 それもこれも今日、行く場所――島1つを水族館やアトラクションに使用したテーマパークに合わせてのコーディネートだ。
 電車に乗り込み、僕たちは隣り合って座りながら目的地を目指す。電車に揺られて少し経過した時、僕は、ふと気になっていた事を伶桜に聞いてみる。
「伶桜はさ……本当に最初から、僕と行くって決めてたの?」
「あれは咄嗟の嘘だ」
「嘘吐きの悪女だ……。酷い。そうやって伶桜は、僕の純心を弄ぶんだね。……ちょっとだけ、嬉しかったのに」
「そこまで言わなくても良いだろ? 俺の機転で空気は変えられたんだから」
「そうだけどさ……。うん、ありがとう」
「まぁ……チケットを質に入れず、もし行くとしたら薫だろうとは思ってたよ」
 え、僕は山吹さんと行こうと思ってたのに……伶桜は、そんな風に思ってくれてたの? だとしたら、僕はかなり不義理な男に――。
「――お互いに、相手にさせたい理想の格好をして行ったら、面白いし目の保養だとは思わないか?」
「玩具にする為だろうと思ってたよ。でも……文化祭までじゃなかったの?」
 今日は文化祭で得たテーマパークのチケット使う日だから特別として、もうこの男装女装をさせ合う日々は終わるものだと思っていた。
「嫌か?」
「……ううん。僕が出来ない理想の格好良さを体現してくれるのは、嬉しい」
 僕には着られない洋服。絶対に似合わないし、裾を合わせるだけで何十センチメートルも切ったり……。無理に着ようとすれば、惨めになる。でも伶桜が僕の分まで格好良い服を着て、格好良い姿を見せてくれれば、僕の欲は満たされる。
 僕自身は格好良くなれずに、多少の劣等感を抱いてもだ。感情的に、差し引きプラスだと思う。
 伶桜にはない可愛さが僕にはあるって分かってから、伶桜と一緒に居ても辛くはなくなった。
 この方面ならば勝てると分かったから、やっと対等になれたと自分で思えたのかもしれない。
「まぁ、バレないように駅で着替えるってのは、今後も継続だろうけどな。……俺のクローゼットに可愛い服が増えたって、母さんも父さんも喜んでたからな。心が痛むが………バレたら、絶対にヤバい事になる」
「あぁ……。特に伶桜のお父さんは、異常に厳しくて怖いからね」
 叔父さんは、離婚して父親がいない僕に対して、幼い頃からまるで実の父親のように接してくれる。
 厳しさの仲に、分かりにくい愛が溢れている。――唯、圧が半端じゃない。
 にこりとも笑わないで、射貫くような視線を向けて来るからな……。何も悪いことをしていなくても、思わず謝りそうになる。
「ああ、正義の警察官で……自他共に厳しい。幼い頃、休日に武道の練習へ行って、父さんと稽古する度に震え上がったよ。……父さんから逃げるようにバスケを始めた俺を、情け無いと思ってくれて良いぞ」
「情け無いなんて思わないよ。誰でも怖い事や苦手な事、逆らえない人は居る。それにさ、切っ掛けは逃げる様にだったかもしれないけど、ちゃんと今はバスケも本気で頑張ってるんでしょ? 少なくとも、中学からバスケで激しく闘う伶桜は、僕の目に格好良く映ってるよ。……嫉妬するぐらいにね」
「嫉妬深いな……。まぁ確かに、俺のバスケしている姿は格好良いからな」
「……ズルい。伶桜もチビになれば良いのに」
 高身長なのに機敏な動きも出来るとか、本当にズルいよ。僕だって、そんな格好良い男になりたかったのに。
「代わってやりたいよ。……俺は可愛くなりたかったからな」
「僕、そろそろ一回ぐらい伶桜を殴っても許されるんじゃないかな?」
「許されない。……薫」
「ん?」
「……ありがとうな」
 その『ありがとう』には、どんな感情が込められていたんだろう? 慰めてくれて? 伶桜の代わりに可愛い服を着てくれて?――それとも、他の何か?
 ちょっと考えながら沈黙が一度流れてしまうと、改めて何についての言葉かは聞きづらくて――目的地に到着しても、結局答えを尋ねる事は出来なかった。
「うわぁ~! すっごい綺麗! 駅を出た瞬間に、もう海が見える!」
 テーマパークへの最寄り駅から出ると、直ぐに公園が見えた。沢山の木々、その奥には海が広がっている。潮の香り、岩に打ち寄せる波の音が心地良い。
「子供か、薫は」
 そう言いながらも、伶桜は頬を緩ませカメラを僕に向けて来る。
 自分のコーディネートした可愛い娘が公園で遊び、背後に美しい海があるという光景はたまらないんだろう。……後で僕も、伶桜を撮りたい。
 なんか伶桜を見ていると、表面だけじゃなくて……真の格好良さみたいなのを学べる気がするんだよなぁ。
 この間の文化祭で僕を助けてくれた伶桜は、今思い出しても格好良い。僕もそうなりたいもんだな。
「ほら、公園も良いけど、さっさとメインに行こうぜ? イベント時間は決まってるんだからな」
「あ、うん! 待ってよ!」
 一歩が長い伶桜に対して、僕の一歩は短い。身長差があるから仕方が無いけどね。
 スタスタと綺麗に歩く伶桜に対して、僕はパタパタと足音を鳴らして急ぎ足になる。それで、やっと追いつけた。
「まずは何から見るんだっけ?」
「時間的に、まずは水族館の方だな。コツメカワウソとの触れあい体験、それからイルカショーにペンギンパレードだ」
「へぇ~、コツメカワウソに触れるの!?」
「餌やりだけらしいけどな」
「うわぁ。それでも楽しみ!」
 動物なんて殆ど触った事がない。マンションが動物禁止っていうのもあるけど、近所の犬に触れた事があるぐらいだ。脳内で楽しみが広がる。
 入口でチケットを渡し、僕たちは水族館へと入る。
 落ち着く暗い空間で、色彩鮮やかな魚に、思わず目を奪われてしまう。
 そして――。
「綺麗……」
 暗い館内、水槽を照らすライトと魚をバックに佇む伶桜は――幻想的なまでに格好良く、美しかった。
 普段、陽光の下で目にするのとはまた違った格好良さに、思わず僕はスマホで写真を撮ってしまう。1つ不満なのは、暗くて顔が良く見えない事ぐらいか。
「お、そろそろ触れあい体験の時間だ。移動しようぜ?」
「う、うん」
 人混みの中を急いで進み、出口の方へと向かう。
 でも、伶桜の一歩と僕の一歩は違う。置いていかれそうになって焦っていると――。
「――ほら、こっちだ」
 伶桜が僕の手を握り、導いてくれた。
 伶桜とこうして手を握るのなんて……どれぐらいぶりだろう。
 幼馴染みだから、小さい頃は手を握って何か遊ぶこともあった気がする。それでも、久しぶりに握った伶桜の手は、すっかり大人の長い指になっていて……まるで見知らぬ人の手のようだった。
「……温かくて、柔らかい」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いや! なんでもないよ!」
 雑踏に紛れていて良かった。僕が何も考えずに口に出した本音を聞かれていたら、気まずくなっていたかもしれない。
 暗い館内で良かった。女性の手に触れる事に免疫の無い僕だから、顔がメイクしたチークよりも赤く染まっている事に、気付かれていたかもしれない――。
 コツメカワウソとの触れあい体験は、順番待ちであった。
 エサを持ち外で待機している人に、ケージの中に入っているカワウソが穴から手を伸ばすらしい。
 ワクワクしながら、僕もエサを手にしゃがむ。
「わっわっ!? 集まって来た! 可愛い! ご飯くれって手を出して来たよ!? 手、ぷにぷにで最高!」
「ああ、最高だ。最高にも程がある光景だ」
 恍惚とした表情で、伶桜は僕とコツメカワウソを写真に収めている。
 伶桜は可愛い物が好きだから……自分のコーディネートした可愛いの権化と、可愛いコツメカワウソの組み合わせが、たまらないんだろうな。
 あんまり学校の人には見せられないような、だらしない表情をしている。
 でも、その素で接してくれる感じっていうのかな? それが凄く、心地良い。
 ちょこまかと動き、必死に手を伸ばしてエサを取っていくコツメカワウソたちの光景、そして幼馴染みの見た事もない表情を存分に満喫出来た。
 そして僕たちは、次のイルカショーへとやって来た――。
「――僕、濡れる場所はダメだよ?」
「分かってる。白のワンピースだかんな。濡れて下着が透ければ、男物の下着が見える。……ちょっとした騒ぎが起きるだろうな」
「分かってるなら良かった」
 入口で傘やレインコートの販売をしていたけど、僕たちは濡れないであろう一番後ろぐらいの席へと座る。前の方や真ん中ぐらいに座る人は、濡れるのを楽しむ為か、既にレインコートを身に纏っていた。
 楽しみ方は人それぞれだ。あれも楽しそうだけど……。ラフな格好やジャージとかなら兎も角、ちゃんとした服を着てると躊躇うね。
「それに、俺としてもだ」
「うん?」
「折角、可愛い服を満喫してるのに……薫の汚い男物下着なんか見えたら、気分が台無しだ」
「言い過ぎ。汚くないから。毎回洗濯してるから」
 吐き捨てるように言う伶桜の頭を、僕は後ろから軽く叩いた。
 まぁ……台無しは言い過ぎだとしても、可愛さが激減するのは間違いない。その点、伶桜は濡れても爽やかイケメンスタイルが増すからズルいなぁ。濡れた髪を掻き上げる仕草とか、様になるんだろうなぁ。
「あ、来た来た!」
 軽快な音楽に合わせ、イルカと調教師が入場して来る。
 大きなスクリーンには水中の映像が映し出され、目のやり場に困る。そして僕たちの目の前でイルカたちが一斉にジャンプ。
 会場は歓声と拍手に包まれ、徐々に一体感が増し目が釘付けになって行く。
 もの凄い速さで仲間と一体になって泳ぎ回り、ジャンプして……。凄い、メッチャ賢くて可愛い!
 隣で悦に入る表情を見せている伶桜には、触れない方が良いだろう。
 可愛い物が好きなんだから、どんな表情をしていても仕方がない。僕だって、ハリウッド映画のアクションシーンの撮影とかを観たら、同じように人様にお見せ出来ない表情をしていたと思う。
 最後、一斉に皆で空中高くジャンプして着水する時――海水が勢いよく、客席まで飛沫を上げて飛んで来た。それを悲鳴を上げながら喜んで受ける観客たちに、思わず僕らも笑顔になってしまう。
 更には白イルカが登場し、穏やかな音楽の中で人と一体感のある動きを見せたり……。気が付けば、かなりの時間が過ぎていた。
 言葉にならないぐらいの感動に身を震わせながら、僕たちは会場を後にする。
「凄かった~。もう1回観たいなぁ~。次も濡れない位置で!」
「…………」
 興奮しながら感想を口にする僕を見つめ、伶桜は顎に手を当て真剣な面もちを浮かべている。
 何をそんなに悩む事があるんだろう? まさか、服装がこの場の雰囲気に合っていなかったとか? いや、でも……。僕は可愛い物には詳しくないけど、上品な白い衣装にナチュラルメイクというのは、白イルカも登場した会場にマッチしていたと思うんだけど……。
「……伶桜?」
「飛んで来た海水で下着が透けて、男物とバレたら困るならさ」
「ん?」
「いっそ下着も、女物を着れば良いんじゃないかな? これ、名案じゃね?」
「イルカ以下の知能なのかな? 調教してもらって来れば?」
「大丈夫、半分冗談だよ」
「ヤバい、半分は本気だ……」
 本当に、イルカの調教師に一から仕込み直してもらえば良いと思う。イルカたちはエサがもらえるからとは言え、あれだけ賢くて人間想いで……。人が海水に入っていたら、自分の鼻で人の足を押してあげるぐらいに思いやり溢れていたのに……。爪の垢を煎じて飲ませてもらうと良いよ。イルカに爪があるかは知らないけどさ。
「僕は、偶に伶桜が怖いよ……」
「ははっ。嫌がる物は着せないから安心しろって」
「本当?」
「……その目は反則」
 ぽふっと僕の頭を手を乗せ、伶桜は照れくさそうに片手で顔を押さえた。……上目遣いみたいになってたのかな? 身長差的に仕方ないんだけど……。小聡明いとか思われてたら、嫌だなぁ。
 可愛い娘ぶってるのとか、好きじゃないしさ。
「ほら、次はペンギンだ。ガラス越しじゃなく、目の前を歩いてくれるらしいぞ?」
「へぇ~。それは可愛いんだろうなぁ。伶桜が好きそうなイベントだね?」
「う……。ま、まぁな。悪いかよ?」
「別に? さ、行こうよ!」
「薫の癖に生意気だな……。後で写真、可愛く加工して送ってやる」
「良いよ? 僕も伶桜の写真、格好良く加工してあげるから」
「……それ、お互いに自分の理想の通りに加工してるだけじゃねぇか?」
「ん~。そうとも言うかな?」
 今は写真を見返す時間すら惜しいから、加工はしないけど……。見終わった後も楽しいイベントがある。それは――余韻も含めて、最高だなぁと思う。
 ペンギンたちのパレードは、特にショーという程に特別な何かをする訳ではなかった。
 唯、ヨチヨチと道を歩いて移動するのを見守るだけ。
 でも、途中で道を間違えたりしてしまう子もいて……。初めてお使いに出る子供を見守る様な、そんなハラハラと安堵に心癒やされた――。
 そうして忙しなく動き回り、ふと足の疲労を感じて気が付いた。
「……楽しくて調子に乗ってたよ。僕はインドアで、体力がノミ以下だった……」
 忘れてたよ……。自分の限界ってやつをさ。
 一旦ベンチに座りながら、潮風の中で僕は深呼吸をする。伶桜は余裕そうな表情だ。流石は運動部、体力が違う。折角の大切な時間なのに、休憩に付き合わせちゃって、なんだか申し訳ないなぁ~……。
「おいおい、それは言い過ぎだろ?」
「そうかな?」
「ノミは自分の身長の百倍以上もジャンプするらしいからな。人間換算だと、200メートルぐらいジャンプが出来るんだぞ?」
「成る程、僕はノミ以下って言いたい訳ね」
 付き合わせて申し訳ないと思っていたが、全くそんな事はなかった。こんな真顔で悪口を言い合えるような相手に、気を遣おうとした僕が間違いだったよ。
「拗ねんなよ」
「拗ねてない」
「分かった分かった。……じゃあ、島内バスに乗って休憩してろよ。――次は、アトラクションだ」
「……怖いの、多い?」
「薫、絶叫系は苦手だったか?」
「分かんない。乗った経験も無いから」
「あ~……。そっか、叔母さんは忙しいもんな」
 僕は母さんと遊園地に行った事もない。だから、得意も苦手も分からない。それを思い出したのか、伶桜は苦笑を浮かべた。
「だったら今日は、貴重で良い体験になるな」
「……うん。でも、今は疲れたから休ませて~」
「ハハッ。良いよ、ゆっくり休め。……休んだら、アトラクションだからな」
「うへ~……」
 島1つを丸々使っているテーマパークだからかなぁ。もの凄く観て回る場所が多くて、体力を使う。……まだ魚とかのコーナーしか見てないけど、こっから他にも色々あるって言うんだから……丸1日かけても見られないぐらい、大きいのかもしれないなぁ。
 少しベンチで休憩した後、島内を巡回するバスがやって来た。ゆっくりと移動するバスに揺られ、アトラクションコーナーへと移動する。
 アトラクションコーナーは、海を望む景観を活かした遊園地のような造りだった。
「――し、死ぬ死ぬ死ぬって~!」
「あっはっは! 行ける、まだまだ行ける!」
 チューブ型のボートに乗りながら、早い水流に流され回るダイナミックなアトラクションに、伶桜は大興奮。僕は顔面真っ青。
「――こ、この高さは人が居て良い高さじゃないよ!?」
「良い眺めだ! あ、スカートは抑えとけよ?」
 地上90メートルの高さまでゆっくりと上り、周囲の景観を楽しめる観覧車のような物。僕は高所に慣れていないから真っ青。伶桜は景色に興奮し、綻んだ表情。
「――あ……ここは、薫はダメかもな」
「え? なんで?」
「ほら……これ見ろよ」
 次のアトラクション乗り場に並んでいると、伶桜が看板を指さした。
 看板を読むと――『身長制限、120センチメートル以上』の文字。
「舐めるなよ? 僕だって流石に、120センチメートル以上はあるよ」
「本当か? 無理すんなって。なんなら、計ってもらった方が――」
「――ふんっ!」
「痛っ! テメェ、割とマジで頭叩いただろ?」
「え? 痛いんだ、僕みたいな貧弱チビに叩かれたぐらいで」
「当たり前だろ! 頭を叩かれたら誰でも痛い。なんだ、ちびっ子にはそれも分からないのか?」
 可哀想にとでも言いた気に、伶桜は僕の頭を撫でて来る。
「その長い足を、僕に継ぎ足してやろうか?」
 伶桜め……煽ってくれるなぁ。
「そこのカップルの方々、並びながら暴れないようにお願いします」
 係員らしき人に怒られてしまった。
「カップル? 俺と薫が、か?」
「……ほら、今は僕が女装してるから」
「ああ、成る程……」
 今まで伶桜と一緒に何処かへ出かけても。カップルなんて見られることはなかった。そもそも中学に入学してからは殆ど一緒に居なかったんだけど……。カップルなんて呼ばれるのは、違和感が凄い。
「……きっと、僕が彼女に見られてるんだろうね」
「だろうな」
 女装もしているし、身長差から見ても間違いないんだろうけど……。すっごく微妙な気分だ。
 もや付いている内に、順番がやって来て――。
「――ぎぃやぁあああ!」
「はっはっは! 良いねぇ、良いねぇ!」
 ジェットコースターなんて、初めて乗ったけど――死ぬ、これは! 海が見えては地面に向かい、空が僕を吸い込む!
「…………」
「おっ!? ついに気を失ったか!? はっはっは!」
 僕が声すら上げられずに固まると、伶桜が楽しげに哄笑する。僕、悔しいです……。
「や、やっと解放された……」
「まるで生まれたての子鹿みたいに、足腰が震えてるぞ? おんぶしてやろうか?」
「要らないよ! 震えるのは仕方ないじゃん。……ちょ、ちょっと!? 動画撮らないでよ!」
「いやぁ? 結構、可愛いぜ? フラフラ、ヨチヨチと進んで来るのもさ。ベイビーみたいだ」
 ニマニマと笑う伶桜に悔しさを感じ、僕は一生懸命、柵に掴まって立ち上がる。
「お、つかまり立ちした」
 だから、赤ん坊の成長じゃないんだよ。しばらく柵に掴まりながら深呼吸をして、やっとフワフワする感覚から少し解放された。大地の安心感、最高だね。
 僕と伶桜は、近くのベンチに座って休むことにする。……と言うか、僕が休憩をくれと懇願した。楽しいけど、疲労が……。運動不足が身体に堪える……。
「――ほら、さっきの動画観るか?」
 伶桜が撮影した動画を見せてくれる。ジェットコースターから降りて、フラフラになった僕が這々の体で伶桜を追い、立ち上がろうとしているシーンだ。……凄く、ホラー映画みたいだ。赤ん坊なんて可愛い代物じゃない。メイクと服装が可愛いのに――動きが不気味なギャップが、僕のツボに嵌まる。
「こ、これは我ながら、酷いね! 可愛いワンピースを着てるのに、不気味!」
「……なんだよ、良い笑顔出来るじゃん」
 伶桜は微笑を浮かべ、流し目で僕を見つめながら呟く。
「え? 笑顔……」
「ああ、良い笑顔だったぞ」
「笑ってたの? 僕が?」
「ああ。今までも微笑むぐらいはあったが、満面の笑みを浮かべるのは、これが初めてだ」
「僕が……笑ったのかぁ」
「めっちゃ可愛かった。もっと笑っても良いと思うぞ?」
 特に自分で意識していた訳では無いけど……。僕は、しばらく笑った記憶が無い。それが今日、この場で笑えたというのは――嬉しい。
 笑顔を忘れたとか、そんな格好良い事を言うつもりはないけど……。笑えないってのは――情緒を失ったんじゃないかって不安な思いしていたから。
 自慢にもならないけど、中学1年生から笑った記憶はない。
 人に外見をイジられ凹み、本郷たちみたくイジメてくる相手に逆らえず惨めに泣いてみたり……。思い出しただけで、気持ちが落ちこんできた。……もう気落ちする事を思い出すのは止めよう。
 久しぶりに笑えたのが女装している姿でって言うのは……なんとも言えない心情になるけどさ。
 少しスッキリとした気分になった僕たちは、島の中央へとバスで戻る。
 もう時刻は夕暮れ時。
 最後に、海の生き物と触れ合える――イルカも間近で見られる場所を回り帰宅しようという話になった。
 イルカを間近で……上から見られる貴重な体験に興奮し、いよいよ帰るかとなったんだけど――。
「――このお土産コーナーを通らないと出られないのは、商売上手だね」
 お土産コーナーからしか出口が無い。商売上手だなぁと思いつつ、僕は出口を目指す。でも伶桜は、お土産屋コーナーの1カ所を見つめ佇んでいた。
「……可愛い」
「……コツメカワウソのぬいぐるみキーホルダー、欲しいの?」
 伶桜の視線の先にあるキーホルダーを手に取ると、伶桜は顔を真っ赤に染める。
「ば、バカか!? これは薫が付けたら可愛いだろうなって! 俺が付けても、意味が無いだろうが!」
「ふふっ。そっか。あっ……。ちょっと僕、トイレに行って来るね?」
「お、おう。行ってこい」
 手に取ったキーホルダーを棚に戻し、僕はトイレへと向かう。男子トイレへ入ると、他の男性が「え、ここ女子トイレ!?」と、ギョッとした目線を向けて来た。
 すいません、貴方は入るトイレを間違えていないです。そう思いながら頭をペコペコ下げ、急いで個室トイレへ入った。色々と難しいね……。
 少し時間を置きトイレから身をソッと乗り出す。
 伶桜が店内の別の場所へ移動したのを見計らい、僕は再びお土産コーナーへ戻る。
 その後、少し時間を潰して店内へと戻り、僕らは帰路へついた――。
「よし、それじゃあ着替えるか」
 自宅の最寄り駅にあるトイレの前、僕と伶桜は各々が家から着て来た服装に着替えようとする。
 それは女装や男装をしているのが両親にバレないようにする、いつもの定番ではあるんだけど……。今日は、着替える前に渡す物がある。
「伶桜、はい」
 僕は可愛く包装された物を鞄から取り出し、伶桜へと手渡す。
「これ……コツメカワウソのキーホルダー? 買ってたのか? いつの間に……」
「うん、今日のお礼にってさ。可愛いでしょ?」
「……可愛い」
「カワウソだけに、可愛い嘘ってコンセプトらしいよ? 少し無理やり、こじつけなのが面白いよね?」
「面白いって言うか……もう、可愛い」
 ポケッっと、呆けたような表情を伶桜は向けて来る。キーホールダーと僕へ視線を交互に向ける伶桜からは、いつもの凜々しさが失われているような……。
「ん? どうかした、伶桜?」
「――な、なんでもねぇよ!」
「そっか? まぁ、なんでもないなら良いや。使わなくても良いけど、捨てないであげてね?」
「捨てないよ。……薫は無意識でやってんのが、質悪いんだよな。無自覚ってのは――……」
「ん、何か言った?」
「なんでもねぇ! ほら、さっさと着替えて帰るぞ!」
 結局その後、家に着くまでの間、伶桜は顔を合わせてくれなかった。
「あ……。そう言えば、今日ご飯食べてないや」
 家に着いて1人になった途端、空腹に気が付いた。
 寝食を忘れて何かをするって言葉があるけど、あれって本当だったんだな。メイクを落としながら、そんなことを考えていた。
 メイクを落とし、メガネを掛けると――また冴えない顔が鏡に映る。
「もう、ずっとメイクをしてたいな……」
 しかし、そうも行かない。母さんにどうしたのかって聞かれるのは間違いないし……。
 母さんは今日、休日出勤だ。平日の仕事後以上に機嫌が悪いだろうから、甘みの強いスイーツを作ろう。でも僕だって疲れたから、ちょっと手抜きで……。
 溶かしたチョコレートに、ナッツやドライフルーツを乗せたマンディアンをパパッと作った。
 ナッツやドライフルーツを軽く刻んで、溶かしたチョコレートごと冷凍庫に入れれば出来るから、本当に簡単。――それでも、母さんには凄く喜ばれた。
「――うん、美味しい~!」
「そっか。良かった」
「薫も、腕を上げたわね~」
「……別に。こんなの、溶かして乗せて固めるだけだし」
「捻くれちゃって、もう……。不機嫌なの?」
「……ゲームに映る自分の顔が、納得いかないだけだよ」
 いつものようにFPSをしていて――ふと画面が暗転した瞬間。そこには、メガネを掛けて冴えない顔をした僕がいる。髪だけはちゃんとしているけど……。
 なんでだろう。可愛くメイクをした時の自分と比べると、凄く醜い。メイクをして、周囲から可愛く見られて居る時のように堂々と出来ない。また自分に自信を無くして行く……。
「もう……また死んだ魚のような目をして。最近は活き活きとしていて、良いなぁって思ってたのに」
「活き活き? 僕が?」
「そうよ?」
「そんな……」
「あんた最近、何か楽しい事を見つけたでしょ? もしかして、クローゼットにある沢山の洋服?」
「え!? あれを見たの!?」
 伶桜が買っている、格好良い服の数々。僕が着られるはずもない、センスが良くてサイズも大きい服だ。
 別に悪いことをしている訳じゃないんだけど……。2人だけの秘密にしているから、バレたと知ると凄いドキドキする。
「見たわよ。……どう考えてもアンタの身長には合わないから、気になっていたのよねぇ」
「あ、あれは……」
 ヤバい、説明する言葉が出て来ない。伶桜が着ているなんて素直に言えないし……。それでもし、伶桜の両親にバレたら……。特に、叔父さんにバレたら、ボコボコにされるかもしれない。冗談抜きに。
「……ま、なんでも良いわよ。あの服を着た妄想をしてるのでも。人様に迷惑をかけず、アンタが笑顔で幸せになってくれるなら……母さんはそれで良い」
「……僕さ、笑顔になってる?」
「笑顔って程じゃないけど……前より、表情は柔らかくなってるわよ?」
「そう、かな?」
「そうよ。……アンタね、親ってのは子供が思っている以上に、親を見てるのよ? 自信を持ちなさい」
 そんな親ばっかりじゃないと思うけど……。少なくとも、母さんは僕の微細な変化に気付くレベルには、僕を見てくれているらしい。
 忙しい中、そんなに顔を合わせる時間だって長くないのに……。
 嬉しい事だけど、バレて伶桜に迷惑をかけないよう、注意しなければ――。

 伶桜とテーマパークへ行った翌週。
 学校は中間テスト週間に入った。授業は早く終わり、部活動も活動禁止期間となる。
 校内からは早々と人が居なくなる訳だけど――。
「――あっ、わっりぃ、手が滑ったわ~」
 僕たち以外には誰も居ない教室。
 本郷と、その取り巻きは僕の教科書類が詰まった鞄の中身を――窓から校舎裏へとぶちまけた。
「悪いな蓮田。……でもよ、お前が悪いんだぜ? 俺の忠告を無視するんだからよ」
 忠告……山吹さんと仲良くするのは止めろという言葉かな? 仲良くしていないと思うんだけど……。あの文化祭での失敗以来、むしろ距離を置かれているしなぁ……。
「山吹さんとは、関わってないよ……」
「あ?……あぁ~、そっちじゃねぇよ。調子に乗るなってのだ」
「調子になんて――」
「――乗ってるよな? 髪切って、可愛いとかチヤホヤされ始めてさ」
「…………」
 チヤホヤと言う程では無い。唯、髪を切ってミスコンで優勝してから、マスクを取ってみてとか、偶に話しかけられることがあるぐらいだ。……いや、それでも今までの僕から比べたら、調子に乗っているようにも見えるのかもしれない。
 以前までは誰とも会話などせず帰宅するのが普通だったんだから、今が異常だ。その異常な状態を本郷たちは、調子に乗っているとイチャモンを付けて、このようなイジメをしているんだろう。
「そんじゃあ、俺らは帰ってテスト勉強するから。蓮田も教科書を良く読んで頑張れよ」
 鬱憤を抱えている人間がいる限り、弱い物イジメが無くならない物だとは理解している。
 自分より弱者を見つけ迫害する事は、世の中で自分が優位に存在しているという快感と、安堵を生むから。
「……勉強するには、まず教科書を集めないとなぁ」
 僕は校舎裏に散らばる教科書類を集める為、トボトボと校舎裏へ向かった――。
「――いや、離してください!」
「なんでそんな酷い事を言うんだ!? あんなに優しくしてくれたじゃないか!」
「そ、それは勘違いです! 私はそんな、特別な気持ちはなかったんです!」
「そんなのヒデぇよ! 勉強を一緒にやろうってのさえ、ダメなんてさ!」
「い、痛い! お願いします! は、離してください!」
 校舎裏には、光と闇がある。
 今、男に女の子が手を押さえられて居る状態は――まさに闇だろう。
 格好良く生きたいなら当然、助けるべきだ。
 それが――気まずい関係にある山吹さんであろうとも。
「あの……」
「あ!? なんだお前!?」
 興奮状態にある男の視線が僕に向く。ギラギラと鋭い眼光に、ビクッと身震いしてしまう。あの日、文化祭のステージで向けられた視線とは別の恐怖で……足が震えてしまう。
「は、蓮田くん。逃げて! 今この先輩、興奮していて話が通じないの!」
「話が通じないだと!? 誰が思わせぶりな態度を取ったせいだと思ってやがる!?」
「――きゃっ!」
 両手首を掴まれた山吹さんは、校舎の壁へドンッと抑え着けられた。僕はその様子をカシャッとカメラで撮影し――。
「――テメェ、何を撮ってやがる!」
 攻撃の矛先を僕に向けさせることに成功した。自分がしている行動が悪事だと、この先輩も理解しているからこそ、写真を撮った僕に対して攻撃的になるんだろう。
「こ、来ないでください! このまま立ち去るなら、僕はこの写真をバラマキません。でも、そうでなければ……教師にこの写真を送ります」
 スマホのメッセージ画面は、僕の担任教師も入っているクラスのグループだ。一度送ってしまえば、もう画像の拡散は止まらない。この先輩も唯では済まないだろう。
 それを分かっているからか、やり場のない怒りをぶつけるように――。
「――テメェも痛い目に遭うかんな! コイツは、最低最悪の魔女だ!」
 大声で悪口を吐き捨て、強い足音を響かせながら校舎裏を去って行った。ふぅ……。怖かったぁ。だけど、なんとかなって良かった……。
「あの……。蓮田くん」
 うわぁ……気まずいなぁ。そうだよね、このまま『はい、さようなら』とはならないよねぇ~……。正直、あれから山吹さんとは気まずい……。泣かせてしまった僕としては、もう関わるべきじゃないと思うし……。どんな顔をして話せば良いのか、正直分からない。
「ごめん、余計なお世話だったよね。それじゃ――」
「――待って」
 いや、逆に待って? なんで僕の手首を掴んで止めるのかな? 一度は僕を強烈に拒絶したんだし、なんで止められたのか意味が分からないです。
「あの……。なんで助けてくれたの? 私なんて、蓮田君に最悪な仕打ちをしたのに」
「……最悪な仕打ちをしたのは、僕の方だよ。多分、さっきの先輩と同じ。誰にでも優しい山吹さんに好意を持たれてると痛い勘違いをして、傷つけたんだから。……強いて言えば、これは罪滅ぼし?」
「なんで、疑問形なの?」
「自分でも、良く分からないから。……でも、僕は格好良く生きたかった。だから背伸びしたのかも?」
「格好良く?……あんなに可愛かったのに?」
「う、うん。……あの女装はさ、コンテストで優勝して自分に自信を持たせて……。賞品のペアチケットで、山吹さんを誘うのに必要な行為だったからで……。本当は、格好良くありたいんだよ。周囲への劣等感で潰されそうだったから……。何か1つ、皆に認められたくて……」
「そう、だったんだね。劣等感、認められたくて……か」
 山吹さんは僕の言葉を反芻して、何事かを思い悩んでいる様子だ。……凄く気まずいです。あの、手首を離しては頂けないんでしょうか? もう無理です。居たたまれないというか、僕が傷つけたあの時、涙を流して取り乱していた様子が蘇って来るというか……。うわぁ、罪悪感で押しつぶされそう。
「ねぇ、蓮田くん……」
「な、なんでしょう?」
「あの時の……文化祭のステージで言ってくれたお誘いって――まだ有効かな?」
「……へ?」
 そのお誘いって――一緒にテーマパークへ行こうって話? え、今更どういう事なの!?
 その夜。
 僕の部屋には、新たに可愛い衣装を買って来た伶桜がテスト勉強がてら遊びに来ていた。
 1番の目的は勉強じゃなく、可愛い衣装を早く僕に着せたかったんだろうけどね。……って言うか、もう問答無用で着替えさせられてるし。
「――っていう事があったんだけどさ、どう思う?」
「どうもこうも……。チャンスだろ?」
「チャンス?」
「ああ。今まで特に意識してなかった男が、自分がピンチの時に助けてくれた。身を挺して助けてくれた格好良い男に気持ちが惹かれても、なんもおかしくないだろ?」
「おかしくないの? そんな簡単に心変わりなんてするのかな?」
「さぁな。……人の心なんて案外、そんなもんじゃないか? ピンチの時に助けられた。それでコロッと見る目が変わる。後は、恋は盲目って言うか……。過去も今も含めて、美化して見えるんじゃないか?」
「なんで伶桜は他人事なの?」
「他人事だからだろ。……俺は経験が無い。唯、周りの恋バナを聞いてると、そんな感じだしな」
 興味が無いのか……。いや、少しイラついているのかも? トントンとシャープペンの先でノートを叩いているし……。
「でもさ、その後にメッセージが来てね……」
「……なんて?」
「女装はしないで来て。私が自信を無くすからって」
「はぁ?……あぁ、成る程な……」
「え、何? 何か分かったの?」
「まぁ憶測だけど……。美園があんな性格をしている推測が出来たかも?」
「え!? お、教えて!」
「上目遣いは止めろ!……兎に角、俺は邪魔をしない。薫が美園自身から話を聞いて、その上でキチンと答えてやれ。別にステージ上で手酷くフラれたのは、恨んでないんだろ?」
 恨んでいるはずがない。あれは僕が悪いんだから。急に全校生徒の前で話を振られた山吹さんは、唯の被害者でしかない。これで僕が恨むのは、逆恨みでしかないよ。唯、気まずいだけ。
「ん……。分かった。男物の服は全然持って無いけど……行くよ」
「普通、逆だからな?……まぁ、俺が言うのもなんだけどよ」
 ご尤もです。
 テスト期間の最終日、その放課後に――僕たちはテーマパークへ行くことになった。
 幸いにして、チケットはまだもう1組分残っている。
 僕が優勝した分のチケットを使い、先日伶桜と一緒に行ったテーマパークへとまた行く。
 今度は、山吹さんと一緒に――。

 そして当日。
 程々の出来であろうテストを終え、僕たちは現地で集合した。思わず、最寄り駅のトイレに入って着替えようとしてしまったのだから、慣れとは怖い。
 今日はメイクこそしているものの、いつも通り地味な服装にコンタクト、そしてマスクという出で立ちだ。これが山吹さんの希望なんだから、仕方ない。……普通の服装なはずなのに、凄く居心地が悪いのは、なんでだろう?
 テーマパーク現地の駅、集合時間の5分前――。
「――あ、蓮田くん!」
「山吹さん、お疲れ様」
 可愛らしく、薄手の生地にフリルがふんだんに使用された服装で山吹さんは来た。へぇ……。前に伶桜が教えてくれた地雷系とちょっと似てる? いや、肩を出していたりと共通点は多いけど……。ちょっと違う気もする。
 地雷系が病みを意識しているなら、山吹さんの服装はフリルやリボン、レースをふんだんに使用していて、兎に角可愛さが全面に出ている気がする。
 とは言え、僕如きが学園のアイドルのファッションを品評して褒めるとか、偉そうな事が出来る訳もなく――。
「――じゃ、じゃあ行こうか」
「うん。楽しみだなぁ~」
 僕たちはゆっくりと歩き始める。
 隣を歩くのが伶桜じゃないのは、凄く違和感だ。一歩の歩幅が小さくて、歩くペースも全然違う。
 いざ中に入ってみても――。
「――うわぁ、可愛いね!」
 魚をゆったり、本当にゆったり見て回っている。
 1つの水槽の前に凄く長く居たり、写真を撮る角度に拘っていたり……。僕との価値観の違いが鮮明になっていく。
 それは水族館から出ても同じだった。
「すご~い。このウッドデッキから海を見るの、なんかエモいね!……日焼け止めは塗り直したいけど」
「あ……。化粧室、あそこにあるよ?」
「本当だ! ちょっと行って来るね!」
「うん」
 凄く穏やかで、ゆったりとした時間が流れている。
 良い時間のはずなんだけど……。どうしても比較してしまう。同じ場所だからかな? 伶桜と来た時は――もっと刺激的で、思わず笑顔になっちゃう面白さがあったはずなんだ。
 いや、これは……僕が自分に自信を持てない格好だからかもしれない。
 周囲の目線は、可愛い山吹さんへ向いている。それに対して僕は、居心地が悪くて息苦しい。
 メイクはしているけど、マスクと地味な服装で……。可愛い山吹さんとは、釣り合わないと思ってしまうからかな?……凄く、場違いな世界に居る気がするんだ。
「お待たせ!」
「ううん、大丈夫だよ」
「じゃあ、次に行こっか?」
「次は……アトラクションとか行く?」
「アトラクション? どんなのがあるの?」
「えっと……こういうの」
 僕がテーマパークのホームページに載っているアトラクションを見せると、山吹さんは自分の興味がある乗り物を指差した。
「濡れるのは嫌だから、コレとか良いな!」
「うん、オッケー。じゃあ、それ回ろうか」
 選ばれたのは、ゆったりと回るクルーズ船や大迷宮など。
 退屈なんかじゃないけど、やっぱり前と違う。ゆったり楽しむ。上級者感が強かった。
 比較してしまうのは失礼だけど、僕みたいに遊びの初心者には、楽しさを味わうのが難しかったのかもしれない――。
「――ね、公園に寄ってこうよ。夕暮れで綺麗だし」
 帰り道。
 テーマパークの最寄り駅前に広がる樹木散歩道には、森林と海が広がっており、非常に美しい光景となっている。
「うん、本当に綺麗で……落ち着くね」
 心からの本音だった。
 この自然を見ていると、自分を取り繕わなくて良いから落ち着く。
 実の所、今日1日――僕はリードしなければとか、彼女を退屈と思わせないようにしなければと、凄く不自然な自分だった。
 その気疲れは、以前に伶桜と来た時とは全く違う疲労で……失礼ながら、同じ場所でも来る人次第で、こうも感じ方が変わるものかと思ってしまった。
 よく何処に行くかじゃない、誰と行くかだという言葉を聞くけど……本当だなと感じる。
 別に楽しくない訳じゃなく、感じ方の違いでしかない。
 でも、どちらが自然な僕として心地良く居られたかと言えば――服装も含め、伶桜と居る時だった。
「――夕陽に染まる海、綺麗だね」
「うん……。本当に」
 タポタポッと、徐々に満ちて来る潮騒を聞きながら、ベンチでゆったりと座る。
 しばらく沈黙しながら景色を見ていると――。
「――この間は……文化祭の時は、本当にゴメンね。私、動揺しちゃって」
 夕焼けに赤く染められた顔で、山吹さんは口を開いた。
「……ううん。何度も言っているけど、あれは僕が悪かったよ」
「……違うの。違うんだよ」
「……山吹さん?」
 両手の指を絡ませ、ギュッと握る山吹さんから――いつもの完璧な可愛さとは全く違う、何か勇気を振り絞るような雰囲気を感じた。
「重い話になるかもしれないんだけど……私の事情、聞いてくれる? 凄く傷つけちゃったのに助けてくれた蓮田くんには、話しておきたくて」
「僕なんかで良ければ……」
 助けを求めているような今の山吹さんが、話す事で救われるなら、いくらでも聞きたい。でも、返って傷つくようなら……遮ってでも止めよう。
「ありがとう」
 そうして山吹さんは俯く。1つ1つ間違えないよう、言葉を整理しながら言葉を紡ぐように、ゆっくり――。
「――私はね、ずっと1番になれって言われながら育って来たの」
 彼女は過去を語り始めた。
「親はね、私の事を凄く愛して――期待してくれてて……1番になれる。1番になれって、期待してくれるんだ」
「そっか……。それは嬉しいけど、きっとプレッシャーなんだろうね」
 僕には分からない。何1つとして、1番になれないで……。劣等感に苛まれ生きて来た僕には分からない世界で、彼女は生きているんだな。
「本当に、そう……。蛍雪高校って進学校だけど……県内随一って程ではないじゃん?」
「そうだね。ギリギリ県内で10位以内に入るか、入らないか?」
「うん。偏差値で言えば、トップとは5以上も違う。……本当はね、私はギリギリだけど、県内随一の進学校に合格してたんだ。私学だけどね」
「そうだったんだ、山吹さんは凄いね。頭まで凄く良いなんて。……頑張って来たんだろうなぁ」
 本当に凄い。僕は――せめて勉強だけは劣りたくないと、必死に努力して蛍雪高校へ進学したのに。
 うちの県内トップの進学校と言えば、東京大学に進学している生徒も多数いる超進学校だ。天才、秀才の集まる学校と言われている――皆が憧れる進学先。
「でも私は……その学校には進学せず、蛍雪高校を選んだ。……なんでか分かる?」
「……ごめん」
「蛍雪高校なら、1番になれるからだよ」
「…………」
「超進学校で平均以下の順位にしかなれずに屈折するよりも、少し偏差値を落とした所で1位になる方が、自分を保てると思ったの。親の期待を裏切らないで、テストの度に褒めてもらえるし……。最終学歴が同じなら、過程は1番が取れる所に行きたかった。……落ちこぼれて、親に見捨てられるのが怖かったの」
「成る程……」
 僕には分からない……。――いや、少しだけ分かるかもしれない。僕の場合は身長だったり、クラス内でのカーストがそれだった。努力して追い抜くのは楽しいけど、努力しても追い抜かれて行くのは――腐る。
 どうにもならない、努力だけでは追い抜けない物は――存在する。その辛さに勝てなくて、人は段々と自信を失い、自我を保てなくなる。僕は心に沁みる程、その苦しみを知っている。
「私が高校の偏差値を落とす事で、両親も喧嘩しちゃったんだ。……でも落とし所として、私が大学は絶対に日本一の国立か海外の名門校に進学するって言ったら、やっと許してもらえた。1番大切なのは最終学歴だからってね」
「親の喧嘩か……。子供からすると、期待は嬉しくもあるけど……怖いんだろうね」
「うん。……両親が怒鳴り合いの喧嘩にならないよう、いつもニコニコしてね、中和剤の役目でいなきゃって……。外見も、学力と同じだったの」
 ああ……少しずつ話が見えて来た。
 山吹さんが文化祭で尋常じゃ無い様子で僕の誘いを拒絶した理由が。……山吹さんが先輩に追い詰められた一件を話した時、伶桜はもう山吹さんが抱える闇に少し気が付いている様子だった。
 これを全て察していたのだとしたら、やっぱり伶桜は凄い。
「だからね、ミスコンで蓮田くんが可愛いって周囲が言ってたり、私自身もそう感じた時……もの凄く怖くなった。これだけ可愛くなろうと毎日努力してるのに、抜かれたらどうしよう。両親の期待を裏切ったらどうしようって、半狂乱になっちゃったの。……負けるのが怖い。失望されるのが恐ろしいの」
「そっか……」
 可愛い山吹さんに、そこまで認めてもらえる可愛さなのは。喜ぶべき事なのかもしれない。
 伶桜がコーディネートしてくれたからであって、僕だけの実力ではないけど。
 それに山吹さんが可愛さで負けたと感じた相手の性別が男だったのも、戸惑う一因になってたんだと思う。
 事情を知れば知るほど、僕が文化祭でやった事が――逆効果だったんだって分かる。
 最初から空回りをしていたんだな、僕は……。
「だから、自信を失いたくなくて、今日も男の姿で来てねって言ったんだけど……。それも、私の我が儘。本当にゴメンね」
「ううん、良いんだよ。僕こそ事情を知らなかったとは言え、文化祭であんな……。本当に、ごめん」
「違うの。本当は、ここで伝えたいのは……こんな悲しい気持ちだけじゃないの」
「……ん? どういう、こと?」
 ここまでの話から――過去にこういう事があったから、お互いに傷つけ合う結果になっちゃった。ゴメンねって言い合う流れだと思ってたけど……。
「私――始めて、恋を知っちゃったの。……地味で格好良くて、それでいて可愛い蓮田くんに」
「……はい?」
 度肝を抜かれる言葉に、間の抜けた声が漏れ出てしまう。恋を知った……。僕に? 頭がついていけないよ? 可愛いと格好良いって、両立するの? そんな突っ込みすら、出来る空気じゃない。
「私、誰からも嫌われるのが怖いせいで……。この間の先輩みたいに、好意があるって勘違いをさせちゃうことが良くあるんだ」
「良くあるんだ」
 良くあるのは、良くないなぁ。せめて頻度は下がった方が、平和で良いと思う。
「うん。……蓮田くんも同じで、勘違いさせて傷つけたから、嫌われただろうなぁって避けてたんだけど……。でも蓮田くんは、私が思わず本音を叫んで拒絶して、傷つけたのに……。それなのに、身を挺して私を助けてくれた」
「あれは、格好付けというか……。自分がそう在りたかっただけだよ?」
「それでも良いの。……性格の悪い私でも、蓮田くんは受け入れてくれる。蓮田くんだけは、認めてくれる。そう思ったら……ドキドキしちゃってね。掛け替えのない、凄く大切な人なんじゃないかってさ。――そ、それで気が付いたら、デートに誘っちゃってたの」
「な、成る程……」
 今日のお出かけ――デートだったんだ。知らなかった。……すいません。
 デートとデートじゃない遊びの違いから説明してくださると、僕みたいな対人関係が不足している者には優しいです。
 デートだと気が付かず、普通に憧れの女の子と遊びに行くだけと思ってたよ……。
「こんな気持ち初めてでね……。正直、戸惑ってるんだ。それで、ね。良ければ私と――付き合ってくれないかなって」
 これが、あの伝説の……告白か。
 おとぎ話か物語の世界――伶桜や山吹さんの周りに起きるだけの話だと思っていた。
 まさか僕みたいな男が告白される日が来るなんて……思っても見なかった。
 入学式初日、僕が1人浮いている中でも、山吹さんだけは話しかけてくれた。その後も、ずっと……。山吹さんに対する特別感がなんの感情か確かめたくて、ミスコンにまで出場して、2人で出かける機会を得ようとした。……でも、なんでかな? 今、僕の心には――2人の大切な人が居る。
 山吹さんと――伶桜。
 何が愛情で、何が友情と呼ぶ感情なのかは……分からない。
 でも……交際したら、どちらかとは距離を置くべきだろう。
 そう考えた時――何故か、伶桜とまた距離を置くと考えた方が、辛くなってしまう。
 揶揄されるのが嫌で、中学時代に僕から離れ――疎遠になっていた幼馴染み。
 最近までは全く意識をしていなかった伶桜に――僕は、何度も救われた。
 自信を失い、心が折れていた時。格好良い服装が着られずに腐っていた時。
 そして……まだ悔しいけど、可愛いという新たな楽しみを教えてくれた時。
 何より、ステージ上で地獄の苦しみを味わっていた時。
 そんな伶桜と離れなければならないと考えたら――心が軋む程に、嫌だと感じてしまう。
「あっ! ごめんね! 私、都合が良すぎるよね! あんな酷い仕打ちをしておいて……。その、でも本気だから……。今は返事とか良いから! だから、いつか返事をくれると嬉しいな!……蓮田くんの中で1番が決まった時に教えてくれれば良いから!」
 ワタワタとしながら、そう笑顔を浮かべる山吹さんは――もう、いつものように百点の笑顔を浮かべていた。何も知る前なら、その笑顔を純粋に可愛いと思えたんだろうけど……。
 今の僕は――この笑顔が人に見放されず失望させない為に作り出した、身を守る優しく悲しい手段だと知ってしまった。
 それを含めて、彼女と今後、僕はどうなりたいのか。
 僕が山吹さんを――そして伶桜をどう思っているのか。
 真摯かつ慎重に考えなければ――。

 自宅へと帰り荷物を部屋に置き着替えをしていると、伶桜が自宅へと上がり込んで来た。
 母さんが中へ通したらしい。
「よう。今日はどうだった? 楽しかったか?」
「ん~……どうだろ?」
 楽しかったかと聞かれれば、楽しかった。伶桜と遊びに行った時とはベクトルが違う楽しさではあったけど。
 でも……伶桜と居た時の方が、素の自分で居られたような気がする。ここで口には出来ないけど、素直に答えるとそうなってしまう。
「……は? 一応は入学時から恋してたかもしれない相手だろ? デートして、何も感じなかったのか?」
「……なんかね、告白された」
 嘘は吐きたくない。だから、あった事をちゃんと報告する。伶桜は僕をずっと支えてくれたんだし、その報告で嘘を吐くのは、裏切りだと思うから。
「告白?……そうか、美園も判断が早いな。――それで、なんて答えたんだ?」
「――何も答えられなかった」
「……は?」
 唖然とした表情で目を剥いている伶桜を見るのが辛い。
「情報量が多く大切な話を打ち明けられた直後で、自分の気持ちも頭がゴチャゴチャして分からなくてさ……。勿論、山吹さんの抱える事情を聞いて、色々と納得もしたけど……。でも付き合うとか好きって、なんだろう。愛情と友情の違いってなんだろう、とか……。結局、僕が抱えてた気持ちは友人としての感謝なのか、好きなのかって、頭がグルグルとさ……。真摯に慎重に答えなければとか考えてて……。そのまま気が付いたら、解散してた」
 目を剥いて驚愕していた伶桜の表情が、みるみる剣呑なものに変わっていく。
「…………」
「……伶桜? 怒ってる?」
「……薫。お前は最低だよ。俺が一番嫌いなタイプだ」
「……え? 伶桜!? ちょっと! どこ行くの!?」
「……俺に話かけんじゃねぇ」
 幼い頃に喧嘩をした時の比じゃないぐらい怒っている様子だ。内にマグマのような怒りを溜め、押し留めているように……伶桜は去って行く。
 僕は――止められなかった。なんで伶桜が怒っているのか、その理由も分からないのに止める事なんて、無責任だと思ったから。
「伶桜に拒絶されるのって……滅茶苦茶、シンドイなぁ……。ステージで山吹さんに振られた時と同じか、それ以上にキツいや……」
 本当は今すぐ追いかけて伶桜に弁明をするべきなんだろうとは思う。
 でも一度、僕は自分の中でしっかりと感情を整理するべきだと感じたんだ。
 なんで伶桜が怒っているのか。僕がどういう感情を今、伶桜や山吹さんに抱いているのか。 
 しっかり説明も出来ないのに謝るのは――無責任で、違うなと思うから。
 
 その夜……いや、深夜。
 僕はカラカラとベランダへの戸を開け、柵へと寄りかかった。
 それから数分程して、隣からもカラカラと戸が開く音がする。蹴破り戸の向こうに、慣れ親しんだ人の気配がする。
「伶桜……。伶桜に話しかけるなって言われて、僕は凄く辛いんだ。……なんでかな?」
「……知らねぇよ。俺に話しかけんなって言っただろ」
 ああ、やっぱり伶桜だ。
 顔を見て話す事を今は許してもらえなくても……。こうしてベランダで、戸を隔ててならば言い訳を聞いてくれるらしい。……伶桜は優しいなぁ。
「……俺がなんで怒ったか、分かってるか?」
 まるで囁くように、静まりかえった夜でなければ聞こえないような声音で伶桜は言う。
「……一生懸命考えたんだけどさ、怒らない?」
「……薫が本気で考えたんなら、怒らない」
「じゃあ……嫉妬、とか?」
「あ、無理。もうマジでキレたわ」
「ゴメンって! お願い、教えて!」
 身を乗りだし、隣を覗き込もうとすると「危ねぇだろ」と伶桜に押し戻される。ハァ~と、秋口の涼しい夜空に吸いこまれるような、深く長い溜息が聞こえた。
 その溜息は僕にとって心地良いものでは無く、まるで真夏の炎天下に置かれているかのように汗が流れ出て来る。
「……最悪、今みたいに巫山戯た答えでも良かったんだよ」
「……え?」
「美園への答えだよ。……突然の告白で頭が混乱したのは分かる。真っ白になったのもな。でもよ、それでも……。何も自分の答えを口にしないまま帰したって事実が許せなかったんだよ。せめて今は混乱しているから、考える時間が欲しいって自発的に答えろ。相手に全部、任せてんじゃねぇよ。……そう思って怒ったんだよ」
「そっか……。前も、本音で語ってないから山吹さんの事が気に入らないみたいに言ってたもんね。だから心の内を口にしなかった僕は、伶桜を怒らせちゃったんだね」
「そうだ。……多分な。この胸のイライラは、そういうことだ。だから、違う……。俺は別に……」
「伶桜?」
「あ? なんだよ、優柔普段野郎」
「ゴメンって」
「……俺が前に美園の事を、その……。悪く言った事があっただろ?」
 悪く? ああ、文化祭の前に本心を覆い隠して八方美人な所が気に入らないって、言ってたなぁ。
「薫は優柔不断だから、俺のその言葉を気にして美園の気持ちを受け入れなかったんじゃないかって。……そこにもイラついてたんだよ」
「そっか。――でも、それは違うよ」
「……違う?」
「うん。伶桜がどう言おうと、僕は僕の見た限りで決めるから。人の意見に流されたりはしないよ? そんな事を言ってたら、伶桜とは一緒に居られないよ。本当は憂鬱な感情を持て余してただけなのに、人を寄せ付けないクールイケメンだ~って有名な伶桜とはね?」
「チッ……。俺はそんな事で有名じゃない。……でもな、今みたいな薫は――俺は嫌いじゃない」
「……え? どういう事?」
「今の薫は、ちゃんと自分の考えを口にしているだろ。俺はそういう人間は好きなんだ」
「そっか。……じゃあさ、もう僕を避けないでよ。喧嘩しても良いから、本音をぶつけ合おう?」
「……分かった」
 数秒ほど時間を置いてから、少しふて腐れた様な声が返って来た。良かった。昔は僕から避けておいて、どの口が言うんだって感じだけど……。好意がある人に避けられるのは、本当に辛いからね。
「じゃあ、早速だけど僕からね」
「は? いきなりか?」
「うん。これは今、1番の悩みなんだけど……。伶桜と同じテーマパークに行ってから、山吹さんに告白された時……。伶桜の顔が浮かんだんだ。伶桜と一緒の時間の方が、なんか楽しくて……息苦しくなかったなぁって」
「――は!? な、何を、言ってるんだ!?」
「これって、僕が女装を本気で居心地良く思っているのか、それとも……別の気持ちがあるのか。なんで伶桜と一緒の方が居心地良かったんだろうね?」
「それは……」
 伶桜は焦ったように言葉を詰まらせてから、大きく数回呼吸をした。
「それは……長年の付き合いだから、かもな。幼馴染みで、兄妹同然だから……。気を遣わない的な」
 そして、いつも通りのクールな声音で、そう返して来る。
「そっか。……そっかぁ」
 その言葉に僕は一応、納得はしたけど……。
 ストンと腑に落ちるような、爽快感は得られなかった――。