既に桜の季節は終わり、校内の端っこで牡丹桜が未だに樹にしがみついている。まだ初夏には早いけれど、窓を全開にしてないとやっていけないような、なんとなく暑い日は続いている。
私が入学した高校は、大人の都合で何個もある高校を合併させた、旧校舎だけだと教室が足りずに新校舎を無理矢理建てて合体させた、なんだかよくわからないところだった。
中学時代のことでこりごりだった私は、校内イベント以外ではなるべく人のいない場所で生活し、特定のグループに入らず生活していた。そのおかげで、私はアプリのクラス内グループすら知らず、担任としかIDを交換しない体たらくで、ダラダラと過ごしていた。
しかし世の中、ひとりでいると大人が勝手に心配する。中学時代は私が途中からグループで行動しなくなったせいで、何度か担任に呼び出しを受け、一対一で圧迫面接を受けていた……そうは言っても、多分担任は受け持ち生徒がひとりでいるから形だけでも心配していただけで、圧迫面接している気はなかったんだと思う。
その点高校は、人員も無理矢理合併させたせいか、訳がわからなくなってしまい、教室も先生も多い代わりに連携が取れてない、そもそも教師がどこにどんな教室があるのか把握できてないみたいなことが連続で続き、生徒は放置されることが多かった。
だから私は、昼休みは旧校舎にある美術室で、自分のつくった偏った弁当を食べて生活をしていた。
基本的に美術室は油絵のにおいがずっと充満し、窓を開けていてもにおいが全く取れないものだから、こんなところで弁当を食べる物好きはいない。
大概、私の弁当は昨日の残り物か、ご飯に梅干しを載せただけの日の丸弁当だったがために、人に見せるのは嫌だったし、中途半端な同情はもっと嫌だった。
なによりも、姉の話をしたせいで、食事どころかお茶すらも喉に通らなくなるような気まずい思いをわざわざするのはごめんだった。
そりゃ可哀想だと勝手に言うのはいいよ。でも憐憫をかけられても、姉の病気は治らないし、お父さんとお母さんの具合の悪さも治らない。家事をしなくちゃいけなくて、万年金欠でもバイトができず、小学校の頃から変わらないお小遣いと、叔母さんのくれるお年玉でやりくりしなくては、どうしようもないのに。
「うん? 東上また来たのか」
「はい、こんにちはー」
「友達と食べなくっていいのか?」
「いませんし」
「そっか」
美術の先生は、他の先生たちと違って、偏屈な上に芸術志向が高く、うちの学校以外でも美術を教えているせいなのか、下手なことは言わなかった。
本当だったら選択科目も美術がよかったけれど、油絵の具を買う余裕がなくって、小学校中学校と使っているリコーダーと教科書さえ持っていれば事足りる音楽を選んでいた。音楽の先生は神経質で、音楽室で食事どころかペットボトルを傾けるのさえ嫌な人だから、あそこでお弁当を摂ったことは一度もない。
美術室でお弁当を食べていると、ときどき先生が美術教員室からペットボトルのお茶をもらった。
「まあ、寂しいお弁当だけだとあれだから」
「ありがとうございます」
先生がふるさと納税で買ったらしいとうもろこし茶は、ペットボトルのお茶にしてはやけに高級な味がした。日の丸ご飯だけの日でも、とうもろこし茶のおかげで、少しだけおいしく感じる。
授業をこなし、私は買い物へと出かける。
お小遣いのほとんどない私でも、お母さんからお金を渡されて買いに行くときがある。歯磨き粉、新しいタオル、新しい下着……。それらを買って、病院に向かった。
私が受付に「こんにちは」と顔を出し、入院患者のお見舞いに来たというと、大概は通してくれる。病院内は、アルコールに薬、あと複雑な死臭が入り交じり、車椅子で検査に運ばれていく患者さんがちらちらいる。
私が通っていったのは、個室だった。私はトントンと叩くと、向こうから「はい」と声がした。開けると、点滴を腕に刺した姉がいた。
姉は相変わらず短めに切った髪、真新しいパジャマ、青白いにもかかわらず目は輝いているせいで、ずっと入院しているにもかかわらず、浮世離れした雰囲気は消えなかった。
私が高校入学した際には、姉はもう病院から出られなくなっていた。あと一年で死ぬと言われてから、結構時間は経ったけれど。細かい数字を挙げればお母さんが泣くし、お父さんが打ちひしがれるため、自然と私も計算するのを放棄していた。
私は「はい、お姉ちゃん」と買ってきたものを差し出すと、姉は困った顔をする。
「私、自分でも結構できること増えたから、お金だけくれたら、下のコンビニで買ってくるのに」
院内の一階にはコンビニが入っていて、そこでは下着の替えも洗剤も買えるから、院内で使ってもいい洗濯機で洗濯もできたけれど、病院で干した洗濯物は大概薬のにおいが染み込むから、お母さんは嫌がって「家で洗うから、持って帰ってきて」と毎度私に頼んでお見舞いと着替えの交換をしていた。
私は肩を竦める。
「お母さんが嫌がるんだよ」
「そう……最近お母さん来ないけど、また仕事?」
「うん」
お母さんは、パートだけだと病院代を稼ぐのが困難だと判断し、お見舞いとパートの間で資格を取って、正社員に転職を決めていた。おかげで休みの日以外はほぼ私がお見舞いに行くという体たらくだ。
それを姉は嫌がった。
「お父さんもだけれど、お母さんも体壊さない?」
「うん……でもパートのままだと、お父さんの負担きついから」
実際問題、姉の治療代や入院費で、うちの家はボロボロになりつつあった。おばあちゃんたちの支援はあったものの、それだけだと親戚からも嫌な顔をされるため、どうしてもふたり揃って働かないといけなかった。
私も働こうと申し出たものの、お母さんに「お姉ちゃんの病院にお見舞いに行ってあげて」と言われて遠回しに断られてしまった。
姉は病院と家の往復をしていたせいなのか、その辺りの話を知らないんだ。私はどう答えるべきか考えあぐねていたら、私の買ってきた中で少女マンガに興味を示した。
私自身が少女マンガに興味がなく、入院の際、週刊少年誌ばかり渡していたものの、顔をしかめられてしまったんだ。
「なんというかね、戦ってばかりで好きじゃないし、途中からだとよくわからない」
結果、姉のマンガ趣向は専ら一冊で終わる少女マンガとなった。それをペラペラ捲りながら、姉は尋ねる。
「ねえ、学校はどう?」
「どうって言われても、普通だけれど」
「私、高校に通ってないから、どんな感じかわからないんだよぉ……ううん、高校もだけれど、中学も途中からほとんど通えなかったから、今の学校がどうなのかわからない。だから、蛍がどんな学校生活送ってるのか知りたいなあって」
どうして姉が少女マンガばかり、それも現代ものばかり読みたがるのか、やっとわかった。
姉は登校しても、ほぼほぼ保健室で授業を受け、ほとんど寝ていたために、まともな学校生活を送っていない。だから少女マンガを読むのは代替行為だったんだ。
そこまで考えて、私は頭に思い浮かべた。
まさか姉のことをねちっこく聞かれるのが嫌で、グループから外れてひとりで過ごしているなんて言ったら、姉が悲しんでしまう。だからなるべく面白くて、当たり障りのないことを言わないといけない。
「うちの学校、旧校舎と新校舎とあるの」
「えっ!? どう違うの!?」
「どう違うって言われても。校舎が当然違うよ。旧校舎は基本的ににおいが校舎内に染み込んでいる感じ。新校舎はなんだかものすごくよそよそしいにおいがする」
「よそよそしいにおい?」
「うーんと……レントゲン室みたいな」
姉のわかる言葉を探って答えないと、家と病院と学校以外のことをほぼ知らない姉には伝わらなかった。私の言葉に、姉は「あー……」と声を上げた。
「あそこね。うん、なんか無臭にしてはよそよそしいし、なんかヤなにおいするね」
「お姉ちゃんの言うヤなにおいって?」
「のけ者にされてる感じ」
私が姉の話に適当に相槌を打っていると「ところで」と少女マンガを読みながら姉に尋ねられた。
「はい?」
「蛍にはいい人っていないの?」
姉が好む少女マンガは、ひと昔前のものだった。話が単純で覚えやすい。だから今時は人の恋路に首を突っ込んではいけないというデリカシーが欠けていた。
そもそも私は、学校では親しい人もいないし、気になる人もいないため、どう答えるのが正解かがわからなかった。
「……よくしゃべる人はいるけど、せいぜい美術の先生くらいだよ」
「えー。年上。すごい」
「今時教師と先生の恋愛なんてファンタジーだし、うちの先生既婚者だよ。不倫なんてリスク高いことしたくない」
「そっかあ」
姉はとことん無邪気に笑った。
私はそんな姉から「またよろしくね」と言われて見送られて、病院を去って行った。
姉が自分の寿命が一年あるのかないのかを理解しているのか、私にはわからなかった。瀕死の人はもっと具合が悪くて寝たきりだと言うし、それにしては姉は病院では元気過ぎた。
姉の着替えをぶら下げて、家に帰る前に本屋にでも寄ろうかと考える。私が欲しい本というより、姉が欲しいマンガを見繕うためだ。姉はシリーズ物は読みたがらない。自分がシリーズの完結を見届けられるまで生きられるかわからないからだ。だからと言って短編集はあまり好きではないらしく、一・二巻で終わる話をなんとかして探し出さないといけなかった。
私が本屋でマンガコーナーを物色に行こうとしたとき、【ベストセラー!】の手書きPOPが目に留まった。
【余命特集 あなたは何回涙を流すのか】
内容は、余命幾ばくもない男女が、最後の時間をどうするのかという恋愛ものが主流のようだった。内容を読んだけれど、私にとって余命幾ばくもない若い人なんて姉以外知らず、読みながらどこかしらけきってしまい、最初の部分を読んだら、なにも言えずに本棚に片付けてしまっていた。
人のことで勝手に感動するなよ。勝手にネタにして消化するの止めろよ。残される身にもなってみろよ。
そんな虫唾が走ったという苛立ちと怒りと一緒に、姉に対する罪悪感が込み上げてきて、結局は見て見ぬふりをしてしまう。
結局少女マンガは、前にSNSで上がっていた一冊だけで充分内容のわかるマンガを選ぶことにした。これなら、続きが気になり過ぎてストレス溜まることも、短編ですぐ読み終わってしまう不満もないだろう。
私が入学した高校は、大人の都合で何個もある高校を合併させた、旧校舎だけだと教室が足りずに新校舎を無理矢理建てて合体させた、なんだかよくわからないところだった。
中学時代のことでこりごりだった私は、校内イベント以外ではなるべく人のいない場所で生活し、特定のグループに入らず生活していた。そのおかげで、私はアプリのクラス内グループすら知らず、担任としかIDを交換しない体たらくで、ダラダラと過ごしていた。
しかし世の中、ひとりでいると大人が勝手に心配する。中学時代は私が途中からグループで行動しなくなったせいで、何度か担任に呼び出しを受け、一対一で圧迫面接を受けていた……そうは言っても、多分担任は受け持ち生徒がひとりでいるから形だけでも心配していただけで、圧迫面接している気はなかったんだと思う。
その点高校は、人員も無理矢理合併させたせいか、訳がわからなくなってしまい、教室も先生も多い代わりに連携が取れてない、そもそも教師がどこにどんな教室があるのか把握できてないみたいなことが連続で続き、生徒は放置されることが多かった。
だから私は、昼休みは旧校舎にある美術室で、自分のつくった偏った弁当を食べて生活をしていた。
基本的に美術室は油絵のにおいがずっと充満し、窓を開けていてもにおいが全く取れないものだから、こんなところで弁当を食べる物好きはいない。
大概、私の弁当は昨日の残り物か、ご飯に梅干しを載せただけの日の丸弁当だったがために、人に見せるのは嫌だったし、中途半端な同情はもっと嫌だった。
なによりも、姉の話をしたせいで、食事どころかお茶すらも喉に通らなくなるような気まずい思いをわざわざするのはごめんだった。
そりゃ可哀想だと勝手に言うのはいいよ。でも憐憫をかけられても、姉の病気は治らないし、お父さんとお母さんの具合の悪さも治らない。家事をしなくちゃいけなくて、万年金欠でもバイトができず、小学校の頃から変わらないお小遣いと、叔母さんのくれるお年玉でやりくりしなくては、どうしようもないのに。
「うん? 東上また来たのか」
「はい、こんにちはー」
「友達と食べなくっていいのか?」
「いませんし」
「そっか」
美術の先生は、他の先生たちと違って、偏屈な上に芸術志向が高く、うちの学校以外でも美術を教えているせいなのか、下手なことは言わなかった。
本当だったら選択科目も美術がよかったけれど、油絵の具を買う余裕がなくって、小学校中学校と使っているリコーダーと教科書さえ持っていれば事足りる音楽を選んでいた。音楽の先生は神経質で、音楽室で食事どころかペットボトルを傾けるのさえ嫌な人だから、あそこでお弁当を摂ったことは一度もない。
美術室でお弁当を食べていると、ときどき先生が美術教員室からペットボトルのお茶をもらった。
「まあ、寂しいお弁当だけだとあれだから」
「ありがとうございます」
先生がふるさと納税で買ったらしいとうもろこし茶は、ペットボトルのお茶にしてはやけに高級な味がした。日の丸ご飯だけの日でも、とうもろこし茶のおかげで、少しだけおいしく感じる。
授業をこなし、私は買い物へと出かける。
お小遣いのほとんどない私でも、お母さんからお金を渡されて買いに行くときがある。歯磨き粉、新しいタオル、新しい下着……。それらを買って、病院に向かった。
私が受付に「こんにちは」と顔を出し、入院患者のお見舞いに来たというと、大概は通してくれる。病院内は、アルコールに薬、あと複雑な死臭が入り交じり、車椅子で検査に運ばれていく患者さんがちらちらいる。
私が通っていったのは、個室だった。私はトントンと叩くと、向こうから「はい」と声がした。開けると、点滴を腕に刺した姉がいた。
姉は相変わらず短めに切った髪、真新しいパジャマ、青白いにもかかわらず目は輝いているせいで、ずっと入院しているにもかかわらず、浮世離れした雰囲気は消えなかった。
私が高校入学した際には、姉はもう病院から出られなくなっていた。あと一年で死ぬと言われてから、結構時間は経ったけれど。細かい数字を挙げればお母さんが泣くし、お父さんが打ちひしがれるため、自然と私も計算するのを放棄していた。
私は「はい、お姉ちゃん」と買ってきたものを差し出すと、姉は困った顔をする。
「私、自分でも結構できること増えたから、お金だけくれたら、下のコンビニで買ってくるのに」
院内の一階にはコンビニが入っていて、そこでは下着の替えも洗剤も買えるから、院内で使ってもいい洗濯機で洗濯もできたけれど、病院で干した洗濯物は大概薬のにおいが染み込むから、お母さんは嫌がって「家で洗うから、持って帰ってきて」と毎度私に頼んでお見舞いと着替えの交換をしていた。
私は肩を竦める。
「お母さんが嫌がるんだよ」
「そう……最近お母さん来ないけど、また仕事?」
「うん」
お母さんは、パートだけだと病院代を稼ぐのが困難だと判断し、お見舞いとパートの間で資格を取って、正社員に転職を決めていた。おかげで休みの日以外はほぼ私がお見舞いに行くという体たらくだ。
それを姉は嫌がった。
「お父さんもだけれど、お母さんも体壊さない?」
「うん……でもパートのままだと、お父さんの負担きついから」
実際問題、姉の治療代や入院費で、うちの家はボロボロになりつつあった。おばあちゃんたちの支援はあったものの、それだけだと親戚からも嫌な顔をされるため、どうしてもふたり揃って働かないといけなかった。
私も働こうと申し出たものの、お母さんに「お姉ちゃんの病院にお見舞いに行ってあげて」と言われて遠回しに断られてしまった。
姉は病院と家の往復をしていたせいなのか、その辺りの話を知らないんだ。私はどう答えるべきか考えあぐねていたら、私の買ってきた中で少女マンガに興味を示した。
私自身が少女マンガに興味がなく、入院の際、週刊少年誌ばかり渡していたものの、顔をしかめられてしまったんだ。
「なんというかね、戦ってばかりで好きじゃないし、途中からだとよくわからない」
結果、姉のマンガ趣向は専ら一冊で終わる少女マンガとなった。それをペラペラ捲りながら、姉は尋ねる。
「ねえ、学校はどう?」
「どうって言われても、普通だけれど」
「私、高校に通ってないから、どんな感じかわからないんだよぉ……ううん、高校もだけれど、中学も途中からほとんど通えなかったから、今の学校がどうなのかわからない。だから、蛍がどんな学校生活送ってるのか知りたいなあって」
どうして姉が少女マンガばかり、それも現代ものばかり読みたがるのか、やっとわかった。
姉は登校しても、ほぼほぼ保健室で授業を受け、ほとんど寝ていたために、まともな学校生活を送っていない。だから少女マンガを読むのは代替行為だったんだ。
そこまで考えて、私は頭に思い浮かべた。
まさか姉のことをねちっこく聞かれるのが嫌で、グループから外れてひとりで過ごしているなんて言ったら、姉が悲しんでしまう。だからなるべく面白くて、当たり障りのないことを言わないといけない。
「うちの学校、旧校舎と新校舎とあるの」
「えっ!? どう違うの!?」
「どう違うって言われても。校舎が当然違うよ。旧校舎は基本的ににおいが校舎内に染み込んでいる感じ。新校舎はなんだかものすごくよそよそしいにおいがする」
「よそよそしいにおい?」
「うーんと……レントゲン室みたいな」
姉のわかる言葉を探って答えないと、家と病院と学校以外のことをほぼ知らない姉には伝わらなかった。私の言葉に、姉は「あー……」と声を上げた。
「あそこね。うん、なんか無臭にしてはよそよそしいし、なんかヤなにおいするね」
「お姉ちゃんの言うヤなにおいって?」
「のけ者にされてる感じ」
私が姉の話に適当に相槌を打っていると「ところで」と少女マンガを読みながら姉に尋ねられた。
「はい?」
「蛍にはいい人っていないの?」
姉が好む少女マンガは、ひと昔前のものだった。話が単純で覚えやすい。だから今時は人の恋路に首を突っ込んではいけないというデリカシーが欠けていた。
そもそも私は、学校では親しい人もいないし、気になる人もいないため、どう答えるのが正解かがわからなかった。
「……よくしゃべる人はいるけど、せいぜい美術の先生くらいだよ」
「えー。年上。すごい」
「今時教師と先生の恋愛なんてファンタジーだし、うちの先生既婚者だよ。不倫なんてリスク高いことしたくない」
「そっかあ」
姉はとことん無邪気に笑った。
私はそんな姉から「またよろしくね」と言われて見送られて、病院を去って行った。
姉が自分の寿命が一年あるのかないのかを理解しているのか、私にはわからなかった。瀕死の人はもっと具合が悪くて寝たきりだと言うし、それにしては姉は病院では元気過ぎた。
姉の着替えをぶら下げて、家に帰る前に本屋にでも寄ろうかと考える。私が欲しい本というより、姉が欲しいマンガを見繕うためだ。姉はシリーズ物は読みたがらない。自分がシリーズの完結を見届けられるまで生きられるかわからないからだ。だからと言って短編集はあまり好きではないらしく、一・二巻で終わる話をなんとかして探し出さないといけなかった。
私が本屋でマンガコーナーを物色に行こうとしたとき、【ベストセラー!】の手書きPOPが目に留まった。
【余命特集 あなたは何回涙を流すのか】
内容は、余命幾ばくもない男女が、最後の時間をどうするのかという恋愛ものが主流のようだった。内容を読んだけれど、私にとって余命幾ばくもない若い人なんて姉以外知らず、読みながらどこかしらけきってしまい、最初の部分を読んだら、なにも言えずに本棚に片付けてしまっていた。
人のことで勝手に感動するなよ。勝手にネタにして消化するの止めろよ。残される身にもなってみろよ。
そんな虫唾が走ったという苛立ちと怒りと一緒に、姉に対する罪悪感が込み上げてきて、結局は見て見ぬふりをしてしまう。
結局少女マンガは、前にSNSで上がっていた一冊だけで充分内容のわかるマンガを選ぶことにした。これなら、続きが気になり過ぎてストレス溜まることも、短編ですぐ読み終わってしまう不満もないだろう。