マサトーーー井上雅人は、俺の幼なじみだった。
家が近所で、親同士も仲が良くて、そしたらいつの間にか仲良くなっていた。
保育園でも俺はマサトとばかり一緒に遊んでいたと思う。
保育園ではみんなおにごっことか、サッカーとか、かくれんぼとか。
外で遊ぶことが多くて、室内にいる友だちはほとんどいなかった。
だけど俺はみんなが外にいる時でも、塗り絵とか、折り紙とか、お絵描きとか、そういった室内で遊ぶことのほうが好きだった。
どちらかといえば女の子が好みそうな遊びをするのが好きで、男の子とわいわいするのは苦手だったんだと思う。
それでも寂しいとか、悲しいとか、他に誰か一緒に遊ぶ人が欲しいなって思わなかったのは、毎日マサトが俺のそばにいてくれたから。
マサトはいつも俺に「ユウヤくん一緒にあそぼう」って言いながら、両手をあげて駆け寄ってきてくれていた。
だからふたりでアンパンマンの塗り絵をしたり、車の絵を描いたりしながらずっと一緒に時間を過ごした。
マサトが室内で俺と遊ぶことが好きだったのかは、正直わからない。
だってマサトは地域の少年サッカーグループにも所属していて、土日はいつもグラウンドで練習をしていたから。
もしかしたら走り回ることの方が好きだったのかもしれないし、本当は俺ともサッカーをしたかったのかもしれない。
だけど俺が外で遊ぶことがあまり好きではないことを、マサトなりに感じ取っていたのか、1度も「外で遊ぼうよ」っては誘われなかった。
きっとマサトは俺に合わせてくれていたのかもしれないって今になって思う。
その時の俺はマサトの気遣いには気が付かなかったけれど、だけど「マサトくんとこれからもずっと一緒にいたい」ってそう幼心に強く思った。
それからだと思うーーー。
マサトが俺の中で他の人とはちがう、何か特別な存在になっていったのは・・・・・・。
保育園を卒業してからも、俺とマサトはそのまま同じ小学校と中学校に進学した。
クラスが一緒になることはなかったけれど近所ということもあり、今までどおりふたりで家に帰ったりもしたし、お互いの家で勉強することもあった。
まさか高校も同じになるって知った時はかなり驚いたけれど、正直高校に合格した嬉しさより、マサトと同じ高校に通えるっていうことの方が何倍も嬉しかった。
だけど・・・・・・。
俺は今、その嬉しかったはずのマサトと同じ高校に通えていない。
どうにかしないとって考えるほどに頭の中はぐちゃぐちゃになり、さらに腹がいたくなってきてしまう。
みんなに会えないことよりも、マサトと一緒に学校に行ったり、受験勉強ができないことの方が何倍も悔しい。
それに、俺がこうやって学校に行っていない間にマサトが他のやつと俺以上に仲良くなって、俺のことを忘れてしまうのではないかって考えだしてしまうと、いてもたってもいられなくなる。
それにこんなにマサトのことを想っていてもそんなの一方的な感情かもしれないし、マサトの気持ちなんて正直わからない。
だけど、この前母さんとマサトの母さんが道端で話しているのが2階の窓から聞こえてくる時があった。
「うちのマサト、東山国際大学を受験する予定なんです」
「あら、そうなんですか。そこすごく偏差値高いでしょう? でもマサトくん努力家だから頑張って勉強するでしょうね。うちのユウヤは本当これからどうするのかしら・・・・・・」
その時俺は思った。
絶対にマサトと同じ大学に合格してやるって。
もちろんそんなの俺の勝手な都合だし、マサトにとっては俺が同じ大学を受験するなんてどうでもいいことかもしれない。
だけど、俺が今まで寂しい思いをしないで過ごせてきたのは絶対にマサトの存在があったからだと思うし、これから先マサトがいない生活だなんて考えられない。
だから、今は不登校かもしれないけれど、勉強だけは死ぬ気でするんだって、そうあの時心に誓った。
家が近所で、親同士も仲が良くて、そしたらいつの間にか仲良くなっていた。
保育園でも俺はマサトとばかり一緒に遊んでいたと思う。
保育園ではみんなおにごっことか、サッカーとか、かくれんぼとか。
外で遊ぶことが多くて、室内にいる友だちはほとんどいなかった。
だけど俺はみんなが外にいる時でも、塗り絵とか、折り紙とか、お絵描きとか、そういった室内で遊ぶことのほうが好きだった。
どちらかといえば女の子が好みそうな遊びをするのが好きで、男の子とわいわいするのは苦手だったんだと思う。
それでも寂しいとか、悲しいとか、他に誰か一緒に遊ぶ人が欲しいなって思わなかったのは、毎日マサトが俺のそばにいてくれたから。
マサトはいつも俺に「ユウヤくん一緒にあそぼう」って言いながら、両手をあげて駆け寄ってきてくれていた。
だからふたりでアンパンマンの塗り絵をしたり、車の絵を描いたりしながらずっと一緒に時間を過ごした。
マサトが室内で俺と遊ぶことが好きだったのかは、正直わからない。
だってマサトは地域の少年サッカーグループにも所属していて、土日はいつもグラウンドで練習をしていたから。
もしかしたら走り回ることの方が好きだったのかもしれないし、本当は俺ともサッカーをしたかったのかもしれない。
だけど俺が外で遊ぶことがあまり好きではないことを、マサトなりに感じ取っていたのか、1度も「外で遊ぼうよ」っては誘われなかった。
きっとマサトは俺に合わせてくれていたのかもしれないって今になって思う。
その時の俺はマサトの気遣いには気が付かなかったけれど、だけど「マサトくんとこれからもずっと一緒にいたい」ってそう幼心に強く思った。
それからだと思うーーー。
マサトが俺の中で他の人とはちがう、何か特別な存在になっていったのは・・・・・・。
保育園を卒業してからも、俺とマサトはそのまま同じ小学校と中学校に進学した。
クラスが一緒になることはなかったけれど近所ということもあり、今までどおりふたりで家に帰ったりもしたし、お互いの家で勉強することもあった。
まさか高校も同じになるって知った時はかなり驚いたけれど、正直高校に合格した嬉しさより、マサトと同じ高校に通えるっていうことの方が何倍も嬉しかった。
だけど・・・・・・。
俺は今、その嬉しかったはずのマサトと同じ高校に通えていない。
どうにかしないとって考えるほどに頭の中はぐちゃぐちゃになり、さらに腹がいたくなってきてしまう。
みんなに会えないことよりも、マサトと一緒に学校に行ったり、受験勉強ができないことの方が何倍も悔しい。
それに、俺がこうやって学校に行っていない間にマサトが他のやつと俺以上に仲良くなって、俺のことを忘れてしまうのではないかって考えだしてしまうと、いてもたってもいられなくなる。
それにこんなにマサトのことを想っていてもそんなの一方的な感情かもしれないし、マサトの気持ちなんて正直わからない。
だけど、この前母さんとマサトの母さんが道端で話しているのが2階の窓から聞こえてくる時があった。
「うちのマサト、東山国際大学を受験する予定なんです」
「あら、そうなんですか。そこすごく偏差値高いでしょう? でもマサトくん努力家だから頑張って勉強するでしょうね。うちのユウヤは本当これからどうするのかしら・・・・・・」
その時俺は思った。
絶対にマサトと同じ大学に合格してやるって。
もちろんそんなの俺の勝手な都合だし、マサトにとっては俺が同じ大学を受験するなんてどうでもいいことかもしれない。
だけど、俺が今まで寂しい思いをしないで過ごせてきたのは絶対にマサトの存在があったからだと思うし、これから先マサトがいない生活だなんて考えられない。
だから、今は不登校かもしれないけれど、勉強だけは死ぬ気でするんだって、そうあの時心に誓った。