「早瀬君、再生するよ」
この生活の集大成、私の曲に彼の紡いだ言葉が重なる瞬間。
互いの作品を兄の遺した合成ソフトに落とし込み、合作にする。
「僕達の形が、ついに完成したんだね」
緊張感に息を呑む、真っ新な関係から始まった私達の想いが、今形になろうとしている。
交わるはずのなかったふたりの未来は、等しくこの曲に委ねられている。
「高嶺さん」
「ん……?」
「諦めないでくれて、投げ出さないでくれて、本当にありがとう」
彼からの言葉に数ヶ月前の景色を思い出す。
全てに失望し、未来など見えなかった私の世界。フェンス越しに背中に当たる風が諦めることを促すように感じたあの感覚。
彼に繋ぎ止められた言い表せない感覚の全てが、今の私を創っている。
「こちらこそ、手を離さないでくれてありがとう」
彼と出逢わない私の人生を、想像することができない。彼がいなければきっと、私は今も兄を恨み、本当から目を背けたまま全てを終わらせていた。
それ程特別で、掛け替えのない存在。
「早瀬君」
「ん……?」
「私を生かしてくれて、ここに連れてきてくれて、本当にありがとう」
何度言っても足りない、そんな言葉を必死に並べていく。
「こちらこそだよ、高嶺さん」
沈黙が走る、幸せな沈黙。言葉を噛み締めるふたりだけの静寂。
「準備ができたみたいだね、改めて再生するね」
再生ボタンを押す。少しの間の後、静寂を切り裂くように曲が響く。
「このイントロ……」
再生から数秒、彼の口が開いた。
「高嶺さんのお兄さんの曲と近いものを感じる……」
このイントロは兄が最期に遺した楽曲に、兄のアコースティックギターの音の記憶を辿り創られた小節。彼は一度聴いた兄の曲を覚え、一瞬にして私と重ねた。
きっとその鋭い感性に惹かれている私がいる。
「そう感じてくれてありがとう……」
『遮ってごめんね』と口を噤んだ彼と曲の続きを聴く。
彼の声を加工してはめ込んだ歌詞と、真っ直ぐに届く言葉が心地よかった。三分十四秒、私達の形は静寂に響き、そして止まった。
「もしかしてラスサビってお兄さんの曲と『無音』の初投稿のマッシュアップ……?」
彼が初めて私を見つけた曲と、私が初めて兄の本当を見つけた曲。
その二つを併せ、音を生かす不協和音を創る。
『不協和音』二者の音が調和しない状態にあること。数ヶ月前、お互いを無意識に隔てていた私達を描くように、そしてその不一致が織りなす音で互いを生かす姿を形作るように、普段は使うことのない音を当てはめた。
「そうだよ……気づいてくれたんだね」
頷き、愛でるように私の頭を撫でる。
曖昧だった感情が今、確信に変わる。恋ではない、友情でもないこの感情は確かな愛だった。命を懸けて届けたいと思うこの気持ちは嘘のない愛。
「……早瀬君のこの歌詞」
「……うん」
「私との最初の会話だよね、そして『無音』だと知る前の私のことだよね」
目を潤ませながら、頷く彼が目に映る。
『出逢ってくれてありがとう』と声を震わせながら発する彼に躊躇う隙もなく手を差し伸べた。
「ねぇ早瀬君」
「どうしたの……?」
「私はこの曲を最期にしたくない」
これが私の出した答え。
『最期の旅』として幕を開けた私達の生活の中で、この世界の見方が変わった。
私が思っているよりも遥かに可能性に満ちていて、愛で溢れている、底知れぬ魅力で染め上げられている。そんな世界で出逢えた彼と、やっと見つけた私自身を生きていきたい。
ー*ー*ー*ー*ー
「高嶺さん、おはよう」
「早瀬君、おはよ」
数ヶ月ぶりに肌に触れる制服は違和感と妙な安心感があった。
あの日、曲を聴いた彼女は僕に夢を語った。『生きていたい』そう強く言葉にする彼女の手を取った。
曲が完成して一週間、ふたりの未来について考えた。学校のこと、作曲、作詞のこと。考えられる可能性とリスクを挙げていく中でふたりだけの未来に辿り着いた。
「今日から放課後補習だって、私は生徒手帳の再発行を済ませてから向かうから先に教室に行っててほしい」
「生徒手帳……あの日ライターで燃やしたんだっけ?高嶺さん意外と尖ってるところあるよね」
『退学』という当時の選択肢に『休学』という名称を後付けした。
奇跡的に欠席日数が留年範囲に入らなかったこともあり、今は週に三日の補習を一緒に受けている。まずは卒業できるように、一つずつ未来へ進んでいる。
「あっ高嶺さん!今週中には新曲投稿できそうだよ」
「了解、間に合うように編集してファイル送っておくね」
共同生活を終えた僕達はオンラインで毎晩、作詞作曲の作業をする時間を設けることにした。
不定期に僕の部屋に招き、新曲を同じ空間で聴く。ふたりの曲とは別に、彼女自身は『無音』として今も絶えることなく活動を続けている。
「『アイノヨゾラ』として最初の曲だね」
『アイノヨゾラ』ふたりの名前から取った『ヨゾラ』そして僕達の未来を見守ってくれているであろう藍斗さんの空。僕のきっかけである彼女の心を動かした存在を残したいという思いから、そう名付けた。
「そうだね……本当に感慨深いね」
あの日、途絶えていたはずの未来が今ここに広がっているという奇跡。
この世界で彼女と出逢えた奇跡を僕は生涯背負って生きていきたい。この感情に名前をつけることを僕はまだできずにいるけれど、名前に囚われることすら忘れてしまうほどに愛おしい。
未完成でいい、今後数十年続いていく人生の一部をこれほどまでに色濃く紡げた貴女が大切だということさえわかっていられれば、僕はそれだけで幸せだと思う。
僕らはずっと未完成を生きていく。
咲きたい場所で咲けるように、描きたいものを描けるように。
そんな僕達が初めて紡いだ曲の名は、
『ただ青く咲く』
この生活の集大成、私の曲に彼の紡いだ言葉が重なる瞬間。
互いの作品を兄の遺した合成ソフトに落とし込み、合作にする。
「僕達の形が、ついに完成したんだね」
緊張感に息を呑む、真っ新な関係から始まった私達の想いが、今形になろうとしている。
交わるはずのなかったふたりの未来は、等しくこの曲に委ねられている。
「高嶺さん」
「ん……?」
「諦めないでくれて、投げ出さないでくれて、本当にありがとう」
彼からの言葉に数ヶ月前の景色を思い出す。
全てに失望し、未来など見えなかった私の世界。フェンス越しに背中に当たる風が諦めることを促すように感じたあの感覚。
彼に繋ぎ止められた言い表せない感覚の全てが、今の私を創っている。
「こちらこそ、手を離さないでくれてありがとう」
彼と出逢わない私の人生を、想像することができない。彼がいなければきっと、私は今も兄を恨み、本当から目を背けたまま全てを終わらせていた。
それ程特別で、掛け替えのない存在。
「早瀬君」
「ん……?」
「私を生かしてくれて、ここに連れてきてくれて、本当にありがとう」
何度言っても足りない、そんな言葉を必死に並べていく。
「こちらこそだよ、高嶺さん」
沈黙が走る、幸せな沈黙。言葉を噛み締めるふたりだけの静寂。
「準備ができたみたいだね、改めて再生するね」
再生ボタンを押す。少しの間の後、静寂を切り裂くように曲が響く。
「このイントロ……」
再生から数秒、彼の口が開いた。
「高嶺さんのお兄さんの曲と近いものを感じる……」
このイントロは兄が最期に遺した楽曲に、兄のアコースティックギターの音の記憶を辿り創られた小節。彼は一度聴いた兄の曲を覚え、一瞬にして私と重ねた。
きっとその鋭い感性に惹かれている私がいる。
「そう感じてくれてありがとう……」
『遮ってごめんね』と口を噤んだ彼と曲の続きを聴く。
彼の声を加工してはめ込んだ歌詞と、真っ直ぐに届く言葉が心地よかった。三分十四秒、私達の形は静寂に響き、そして止まった。
「もしかしてラスサビってお兄さんの曲と『無音』の初投稿のマッシュアップ……?」
彼が初めて私を見つけた曲と、私が初めて兄の本当を見つけた曲。
その二つを併せ、音を生かす不協和音を創る。
『不協和音』二者の音が調和しない状態にあること。数ヶ月前、お互いを無意識に隔てていた私達を描くように、そしてその不一致が織りなす音で互いを生かす姿を形作るように、普段は使うことのない音を当てはめた。
「そうだよ……気づいてくれたんだね」
頷き、愛でるように私の頭を撫でる。
曖昧だった感情が今、確信に変わる。恋ではない、友情でもないこの感情は確かな愛だった。命を懸けて届けたいと思うこの気持ちは嘘のない愛。
「……早瀬君のこの歌詞」
「……うん」
「私との最初の会話だよね、そして『無音』だと知る前の私のことだよね」
目を潤ませながら、頷く彼が目に映る。
『出逢ってくれてありがとう』と声を震わせながら発する彼に躊躇う隙もなく手を差し伸べた。
「ねぇ早瀬君」
「どうしたの……?」
「私はこの曲を最期にしたくない」
これが私の出した答え。
『最期の旅』として幕を開けた私達の生活の中で、この世界の見方が変わった。
私が思っているよりも遥かに可能性に満ちていて、愛で溢れている、底知れぬ魅力で染め上げられている。そんな世界で出逢えた彼と、やっと見つけた私自身を生きていきたい。
ー*ー*ー*ー*ー
「高嶺さん、おはよう」
「早瀬君、おはよ」
数ヶ月ぶりに肌に触れる制服は違和感と妙な安心感があった。
あの日、曲を聴いた彼女は僕に夢を語った。『生きていたい』そう強く言葉にする彼女の手を取った。
曲が完成して一週間、ふたりの未来について考えた。学校のこと、作曲、作詞のこと。考えられる可能性とリスクを挙げていく中でふたりだけの未来に辿り着いた。
「今日から放課後補習だって、私は生徒手帳の再発行を済ませてから向かうから先に教室に行っててほしい」
「生徒手帳……あの日ライターで燃やしたんだっけ?高嶺さん意外と尖ってるところあるよね」
『退学』という当時の選択肢に『休学』という名称を後付けした。
奇跡的に欠席日数が留年範囲に入らなかったこともあり、今は週に三日の補習を一緒に受けている。まずは卒業できるように、一つずつ未来へ進んでいる。
「あっ高嶺さん!今週中には新曲投稿できそうだよ」
「了解、間に合うように編集してファイル送っておくね」
共同生活を終えた僕達はオンラインで毎晩、作詞作曲の作業をする時間を設けることにした。
不定期に僕の部屋に招き、新曲を同じ空間で聴く。ふたりの曲とは別に、彼女自身は『無音』として今も絶えることなく活動を続けている。
「『アイノヨゾラ』として最初の曲だね」
『アイノヨゾラ』ふたりの名前から取った『ヨゾラ』そして僕達の未来を見守ってくれているであろう藍斗さんの空。僕のきっかけである彼女の心を動かした存在を残したいという思いから、そう名付けた。
「そうだね……本当に感慨深いね」
あの日、途絶えていたはずの未来が今ここに広がっているという奇跡。
この世界で彼女と出逢えた奇跡を僕は生涯背負って生きていきたい。この感情に名前をつけることを僕はまだできずにいるけれど、名前に囚われることすら忘れてしまうほどに愛おしい。
未完成でいい、今後数十年続いていく人生の一部をこれほどまでに色濃く紡げた貴女が大切だということさえわかっていられれば、僕はそれだけで幸せだと思う。
僕らはずっと未完成を生きていく。
咲きたい場所で咲けるように、描きたいものを描けるように。
そんな僕達が初めて紡いだ曲の名は、
『ただ青く咲く』