弐幕 在りし日の約束


 ──軍都〝月華〟。

 そこは、その名の通り、灯翆国軍事の要都市である。
 冷泉州に在りながら王家の属領地であり、灯翆月華軍の者以外にも民間の妖魔狩りや祓魔師が多く集う場所だ。
 外れの方では一般庶民も居を構えているため、軍都といえど軍の拠点が多く置かれているだけではないところが月華最大の特徴だろう。

 とりわけ栄えているのは、中央を十字に切る大通りだ。
 ここには食事処や茶屋、酒屋をはじめ、呉服屋(ごふくや)や古書店、変わり種では骨董品屋(こっとうひんや)などの店が豊富に並ぶ。
 全体的に照り屋根が二重三重と幾重にもなる豪奢(ごうしゃ)高楼(こうろう)が多いうえ、建物同士の隙間もほぼない。亀甲(きっこう)模様が続く石畳の歩道も決して幅があるわけではないので、要所はそれなりに繁栄しながらも雑然とした印象を受ける街並みと言える。

(……ふむ、いつもより人が少ないか?)

 士琉はゆっくりと馬を走らせながら、数日ぶりに都の街並みを注視する。
 無事に月代州を抜けてから、計三日と半日。
 ようやく到着した月華は相も変わらず栄えていたが、どこか空気が重い。街を行き交う人々の顔にもときおり不安が見え隠れしていて、士琉はひとり思案する。
 後ろに続く二台の駕籠を振り返ると、駕籠舁に(いそ)しんでくれている士琉の部下たちも同様のことを感じていたのか、それぞれ神妙な面持ちで頷いた。

(俺が留守にしているあいだに、またなにかあったか……あるいは例の件か。なんにせよ早いうちに手を回せねば、せっかくの軍都の空気が落ちてしまうな)

 街行く民は誰もが怪訝に二台の姫駕籠を眺めるが、先頭にいるのが士琉だと気がつくと慌ててその場で頭を垂れる。
 そこまでせずともいい、と士琉が思っていても、冷泉の跡取りかつ灯翆月華軍総司令官、及び継叉特務隊隊長という肩書がある以上は致し方ないのだろう。
 なににおいても、五大名家の名は影響してくるのだ。
 そういう世ゆえ呑み込まねばならぬことはあるものの、本来はその資格すら持たない自分が誰より恩恵を受けてしまっている状況は、なんとも度し難いものがある。
 結局のところ、その重荷に潰されぬよう日々研鑽(けんさん)を積むしかないのだが。

「多少道は狭いが、ここから中道を通って小通りへ抜けるぞ」

 ようやく外へ繋がる裏道まで辿り着き、士琉は振り返りながら告げる。
 幾重(いくえ)にも連なる緋色(ひいろ)灯篭(とうろう)に導かれるように、一本脇へ外れた通り。東西南北の四方向を囲む中通りは、主要な店が集う大通りと比べると、空気が一変する。

 中通りはおもに専門街だ。
 東中は紅灯(こうとう)(ちまた)──遊女や芸者が夜を賑わす花街である一方、南中は庶民向けの店が多様に立ち並ぶ。
 対する西中は下宿屋通りで、外から来た客人が寝泊まりする他、民間の妖魔狩りなどが仮拠点を置いていたりもする。
 なかでも特殊なのは、北中だろうか。
 北中は、庶民が立ち入りを禁じられている灯翆月華軍の活動拠点だ。