内心首を傾げつつ雪鈴(しゅえりん)(らん)と連れだって、住まいである寂れた館へと戻る。

 すると、二人の姿を見つけた(きょう)が慌てて中から出てきた。

「雪鈴様! 藍様……」

「どうしたの京?」

「洗濯をすると言って、美麗様付の女官達に着物を全て持って行かれました!」

 そこまでするのかと、雪鈴は呆れた。

「……! そのお姿は一体何があったのですか?」

「水をかけられただけよ」

「どうしましょう、換えの着物は一枚も残っていなくて……」

 青ざめて立ち尽くす京を、雪鈴は安心させるように微笑んでみせる。

「別にいいわ。替えの着物なら、奥の部屋にあるでしょ」

「あれは下女の着る麻の着物ですよ!」

「着られるなら問題ないわ。大丈夫よ京。怪我をしたわけでもないし、厨房から青菜も分けて貰ったわ。ご飯を食べてから、これからのことをゆっくり考えましょう」

 冷静な雪鈴の指示に、取り乱していた京もいくらか落ち着きを取り戻す。

「麻の着物を持って来てくれる?」

「はい」

 頷いて奥の部屋へと駆けていく京を見て、雪鈴は胸をなで下ろす。

「あの子はこういった嫌がらせが心の傷になっているから、主人である私が気を配らないと」

「君はどうなんだ?」

「私……ですか?」

 藍に問われて思い出すのは、親族から虐げられた記憶ばかりだ。

 娘の異形を嫌った両親は、雪鈴を使用人として扱った。暴力こそなかったけれど、家事は勿論、水くみや馬小屋の掃除も雪鈴の仕事だった。
 お陰で使用人達とは打ち解けられ、平民の暮らしぶりを知ることができたのは良かったと今でも思っている。

「――故郷では貴族とは名ばかりで、使用人として働いてましたし。一族からは気味の悪い娘だと、罵倒もされてました。だから慣れています」

「慣れているからといって、傷つかないわけではないだろう」

 はっとして藍を見上げると、彼女が羽織っていた着物を一枚脱いで雪鈴に渡す。

「これを着るといい」

 そして館に入り室内を見回して、深くため息をつく。

「このような事になるとは、予想外であった。あとで使いの者を寄越すから必要なものを伝えてくれ」

「そんな、お気遣いは無用です。それより、これ以上私に関わったら、藍様も美麗様から嫌がらせをされてしまいますよ」

「自分の事よりも他人を気遣えるなんて、君は本当に強いな」

 藍がびしょ濡れの雪鈴を抱き寄せる。

「藍様! お召し物が、濡れてしまいます」

「かまわないよ」

 腕から抜け出そうとしても藍の力は女性とは思えないほど強く、びくとも動かない。

「藍様……?」

 違和感に気付いた雪鈴は、思わず着物越しに藍の胸に触れた。

(胸……固い……?)

 怪訝そうにしている雪鈴の様子から悟ったのか、藍が何故か笑い出す。

「しまった。雪鈴が可愛らしくてつい……気持ちを抑えられなかった」

「え?」

「この通り、私は男だ」

 あまりにあっけらかんとした告白に、内容の重大さが頭に入ってこない。

 なんと答えればよいのか迷っていると、藍が雪鈴に顔を近づける。

 異性とこんな距離感で会話するのは初めてなので、雪鈴の頬は一瞬にして真っ赤に染まった。

「誰にも話してはならん。約束してくれるな?」

「もちろんです」

「君は本当に愛らしい。しかし、これ以上欲を出すと問題だからな。今のところは、我慢しよう」

 火照った頬を擽るみたいに、藍が優しく撫でる。

「雪鈴様、着物をお持ちしました」

「それでは今日のところは失礼するよ。また後日、伺おう」

 京に会釈をして、藍が館を出て行く。

「相変わらず、素敵な姫君ですね。……雪鈴様、いかがしましたか?」

「ううん。なんでもないの」

 まだ心臓がドキドキして、頬も熱い。

「裏の井戸で、体と青菜を洗ってくるわ」

(私、どうしちゃったのかしら?)