「美麗の言っていた、「白い化け物」とは、君の事なのか?」

「ええ。あの方がつけたあだ名です。別に好きに呼べばいいんです。気にしてませんから」

 館に戻る道すがら、不機嫌そうな藍に雪鈴は笑顔で答える。

「大体、君はもう罪人ではないだろう。何故青菜の余りを貰いに行く必要がある? それに住まいは、宮に戻ったのではないのか?」

「藍様は私が嘘つきでないと信じてくださいましたけど、女官長からなんの沙汰もないので身分は罪人のままです」

 取り繕うことでもないので、雪鈴は現状をそのまま伝える。
 すると藍が、うーんと唸って考え込む。

「あやつらには、伝えたのだがな」

「私が盗んでいないと証言してくださったのですか? ありがとうございます」

 恐らく女官長か、あるいはそれに近い官吏に雪鈴の無実を伝えてくれたのだろう。
 石の言葉云々はともかく、美麗の簪を盗もうとした濡れ衣が誤りだと証言してくれたのは有り難い。

「そもそも状況からして、君が美麗の簪を盗み偽物と取り替えるなどできるはずがない」

 冷静に考えれば、美麗や女官達の証言も二転三転しており、不審な点が多いと藍が続ける。

「――今日は昨日仰っていたお仕事のことでいらしたのですよね? こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい」

「いや、仕事もそうだが……君が元の宮に戻ったか確認するために来た。それと、美麗の簪に関して気になることが分かったので、それも伝えようと思ってね」

 こんな素敵な姫がわざわざ自分を気にかけてくれるなんて、雪鈴からすれば夢のようだ。

「あれから個人的に調べてみたんだ」

「調べたって……どうやって?」

「それは秘密だ」

 にやりと笑う藍だが、目は笑っていない。問い詰めたところで真実は話してくれないだろうと思い、雪鈴は藍の話を聞くことにする。

「町の質屋に美麗が持っていた簪と、そっくな品が預けられているそうだ」

「え?」

「恐らく、質屋の簪が本物だろう」

 確か美麗は、貴族の中でも位の高い一族の出身だ。

 そんな彼女の持ち物が質に入れられているという事も驚きだが、それ以上にどうしてそんな事まで調べることができたのか雪鈴にはさっぱり分からない。

 後宮に入れば、自由などないに等しい。当然町になど出られるはずもないし、一日程度で簪が質に入れられている事まで調べてくるなんて不可能だ。

 怪訝そうな雪鈴に気付いているのかいないのか、藍が言葉を続ける。

「美麗は良い家柄の娘だが、最近あの家は良くない噂が多い。噂話で判断するのはどうかと思っていたが、先程の件で考えを改めた」

 藍が真剣な面持ちで、雪鈴に忠告する。

「私の部下をそれとなく周囲に潜ませ護衛させるが、できるだけ美麗と接触はしないように気をつけなさい」

「分かりました」

 おそらくは嫌がらせ以上の事が起こりうると、藍は警戒しているのだ。ただいくら美麗が貴族の娘でも、ここは皇帝の後宮。
 流石にもう迂闊な真似はしないだろう。

(でも美麗様に簪の事を指摘したとき、態度がおかしかったし……藍様の仰るとおり、関わらないようにしよう)

 嘘だと思うなら笑い飛ばせばいいのに、美麗は雪鈴を怒鳴りつけて否定した。

(それにしても護衛って……藍様って何者?)