(西方の方って、女性も堂々と振る舞うのね)

 立ち振る舞いは、まるで男性のようだ。
 しかし彼女の所作には気品があり、雪鈴(しゅえりん)は見惚れてしまう。

(私が寵姫の宮から追い出されてから、後宮に入った方かしら? ……正妃候補で入ったのなら、確実にこの方が一番ね)

 艶やかな黒髪はまだ伸ばしている途中なのか、襟足を花簪で飾り長さを誤魔化している。髪の長さは寵妃として重要な審査対象だが、そんなことは気にならないほど彼女は美しかった。

「私の顔に何かついているかな?」

「いいえ、余りに美しかったので見とれてただけです」

「そうか! この化粧も似合っているか?」

「はい! 唇につけた薄桃色の紅が素敵です。でも貴女程の美姫でしたら、化粧なんてしなくても素敵ですよ!」

 正直に答えると、彼女は大声で笑い出す。

「うん。君はなかなかに面白い。気に入った」

 なにが気に入ったのか雪鈴にはさっぱり分からない。

「ところで、話は変わるが」

 不意に真顔になった姫が、声を潜める。

「君は美麗(めいりー)の髪飾りを偽物とすり替えた犯人だと聞いたが。本当か?」
「えっ?」

 話が間違って伝わっている事に驚いた雪鈴は言葉を詰まらせた。

「真実を申してみよ」

 鋭い眼差しに一瞬怯むも、真っ直ぐに姫の黒い瞳を見返す。

「違います! 私はあの髪飾りについている宝石が、本物ではないとお伝えしただけです」

「何故本物でないと分かった?」

「石が教えてくれるので……」

 言ってから、はっとして雪鈴は口元を押さえた。

(こんなこと言ったら、気味悪がられるわ)

 けれど彼女は顔色一つ変えず、懐から二つの紫水晶を取り出して卓の上に置く。

「この二つの石は、どちらかが偽物だ。分かるか?」

 形も色も、全く同じに見える。
 まるで双子のようだと思いながら、雪鈴は石の声に耳を澄ませた。

『私が偽物。紫水晶ではないわ』

『そんなこと関係ない。私達は、ずっと一緒にいたいわ』

『本当の双子ではないけれど、とても仲良しなの』

(そうなのね。分かったわ)

 雪鈴は頷くと、右の石を指さした。

「右が偽物です」

「正解だ」

「え、信じてくれるんですか?」

「真実なのだから、当然だ。偽物の方には、私にだけ分かるように術が仕掛けてある。君はその術を破らずに即答した」

 術などさっぱり分からない雪鈴は、ぽかんとして彼女を見つめる。

(術士を雇っているなんて、やっぱり高位の貴族なんだわ。でもどうしてそんな方が来たのかしら?)

「疑ったことを謝罪する」

「いいんですよ! 頭なんて下げないでください!」

「君は寛大だな」

「私が石の声が聞こえることを信じてくれたのは、お祖母様だけでしたから。それとお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「この二つの紫水晶を、引き離さないであげてください。双子石という名で売られていた時間が長くて、すごく仲良くなったんですって」

「分かった。約束しよう」

 彼女は紫水晶を懐にしまい、改めて雪鈴に向き合う。

「君の力を見込んで、仕事を頼みたい。報酬は払う」

「私で良ければ、なんなりとお申し付けください」

「ではまた明日改めて伺うとしよう」

 そう言うと、彼女が席を立つ。

 ここで雪鈴は、まだ彼女の名前を聞いていなかったことに気が付いた。

「あの、お名前を教えてもらえますか?」

「そうか、名が必要だったな」

 少し考えると、美しい姫が告げる。

(らん)

「ではこれからは藍姫、とお呼びしますね」

 するとどうしてか、藍が眉間に皺を寄せた。

「姫は止めてくれ」

「では藍様でよろしいでしょうか?」

「かまわぬ」

(男の人みたい)

 背丈だけでなく、態度も声もまるで男性だ。

 しかし後宮は男子禁制だし、入れば問答無用で死刑となる。
 唯一許されるのは、皇帝ただ一人だ。

(私みたいな者も住まわせるんだから、多少変わった姫がいたっておかしくないか)

 去って行く藍を見送ってから、雪鈴はみすぼらしい館に戻った。