死ぬ数日前、祖母は「巫女の証」として、この石を雪鈴に託してくれた。

――お前は特別な巫女なのに、息子達はこんな仕打ちをして……庇ってやれなかった私を、どうか許しておくれ。

――気になさらないで、お祖母様。

――私はもう長くはないよ。……私が死んだら書棚の一番下にある引き出しを開けなさい。麻の袋に代々の巫女に受け継がれる特別な宝石が入っている。水晶に似ているけれど、もっと魔力の強い特別な石なんだよ……お前が受け継ぎなさい、雪鈴……。

――そんな弱気なことは言わないで、お祖母様……お祖母様!

 それきり祖母の意識は途切れ、数日後に亡くなってしまったのだ。
 一族は祖母の死に悲しんだ様子もなく、むしろ働けない老人が死んだことを喜んでいる者さえいる始末。

(お祖母様、私はもう故郷へは帰りません。どうか見守ってください)

 掌に収まる程の楕円形の石を見つめていると白露が語りかけてくる。

『じっと、うごかずに。そのまま』

 石の言葉は、端的であったり理解するのに時間がかかることも多い。
 特に白露は、濁したような物言いをする。

「動かずに、そのまま。……ああ、今は何もせず待った方がいいのね」

「何か仰いましたか?」

「なんでもないわ。そろそろ夕餉にしましょう。厨房から、なにか貰ってきてちょうだい」

「かしこまりました」

 笑顔で駆けていく京を見送り、雪鈴は白露を帯の間にしまった。

*****

 数日後、雪鈴の元に一人の姫が訪れた。
 後宮には女性しかいないので、別におかしな事ではない。しかし「罪人」として、寵姫候補から外された雪鈴の元にやってくる姫などいるのだろうか。

(珍しいから、見に来たのかしら?)

 変な方向に好奇心旺盛な者もいるので、その可能性を考慮しつつ雪鈴はあくまで冷静にその姫を迎えた。

「こんな所まで、ご足労くださり……」

 思わず基本の口上が途切れたのには、理由がある。

(背、高っ! それに美人……こんな美女、いたかしら?)

 西方の出身者は、女性でも男の軍人と変わらない背格好の者もいると聞いていた。
 だがここまで目立つ容姿の女性は、見かけたことがない。噂好きの女官達なら彼女の素情を知っているかもしれないが、こんな寂れた館に教えてくれる親切な女官は訪れない。

「えっと、あの。……罪人の私などに……その……」

「堅苦しい挨拶はよい。入ってもいいか?」

「はい、どうぞ!」

 拒む理由はなかったので、雪鈴は姫を招き入れた。
 背後の控えている京に至っては、美女に圧倒されて完全に怯えきっている。

「京、お茶を淹れてちょうだい。お茶菓子も、おやつに取って置いたナツメの砂糖漬けがあるよね。勿体ないけど、それをお出しして」

「は、はい」

 身なりからして、正妃候補の姫である事に間違いないはずだ。
 彼女に見合った礼は尽くせないが、精一杯のもてなしをしなくては無礼となる。

「おやつはよい。ナツメはとっておきなさい。二人で食べたかったのだろう?」

 笑いをかみ殺しながら、姫が告げる。

「……申し訳ございません」

 小声で話していた内容をしっかりと聞かれていたと気付いて、雪鈴は真っ赤になって俯く。

「先触れも寄越さず、突然訪問したこちらが悪い。そうだな、茶の一杯でももらえれば十分だ」

 そんな遣り取りがあったと気付いていない京がお茶を持って部屋に戻ってきた。

「失礼します」

 与えられた館には、お客を迎えられるような部屋はない。
 仕方がないので、雪鈴は姫に自分が普段使う椅子を勧める。

「ガタガタしない椅子は、これしかなくて。あ、でもお茶は自信があります」

「異国の茶葉なのか?」

「いえ、厨房から頂いた茶葉を何種類か混ぜて作ったお茶です。故郷でも調合は褒められていたから、味には自信があります」

 困惑気味に碗を手にした姫だが、一口飲むと表情が変わった。

「これは、なかなかのものだ」

 満足げに頷く姫に、雪鈴はほっと胸をなで下ろす。