「あの、どちらへ?」
「もう少し先だよ」
しんと静まりかえった廊下を、雪鈴は天藍に抱えられたまま進む。
(あれ? ここは……)
覚えがある場所に、雪鈴は天藍を見遣る。
「気が付いたようだね」
「はい。後宮へ入る際に、女官長の面接を受ける場所ですよね」
正確には、その部屋へ向かう専用の門が少し先に立っている。雪鈴は天藍の腕から降りると、大きな窓から外を眺めた。
門の先には後宮へ入る際に姫が身支度を調える部屋があり、更にその先の門をくぐると後宮となる。そして入った女は、貴族でも下働きでも二度と出られない。
「君が後宮へ入る日、偶然私も通りかかったんだ」
雪鈴は見られているとは知らず、天藍は名前も分からないまま二人は出会っていた。
「元々の後宮は、ここまでの規模ではなかったと聞いている――」
天藍の先祖がこの国を築き各地の乱を平定すると、地方の貴族から貢ぎ物や娘が送られてくるようになった。
それがいつの間にか、皇帝が代替わりすると美しい娘を献上するのが習わしのように広まり、今の後宮の形になったらしい。
「私はどうでもよかったのだが、情けない先帝だと分かっているが亡き父の愛した後宮だ。残すべきか悩んだが、やはり手に余る」
苦笑する天藍に、雪鈴は疑問を投げかける。
「天藍様になら、皆様喜んでお仕えすると思いますけど」
きっと天藍ならば、くせ者揃いの寵姫達を上手く公平に愛することができるはずだ。
しかし天藍は首を横に振る。
「私は君がいればいい」
どう答えればいいのか迷っていると、天藍に抱きしめられる。あっという間に唇を奪われ、雪鈴は耳まで真っ赤になった。
「いけません。このような場所で、はしたないです」
「では今日はこのまま、閨へ行こうか」
「お疲れなのですか? まだ夕方にもなっていませんよ」
「雪鈴がほしいんだ」
「?」
小首をかしげる雪鈴を再び天藍が抱き上げようとしたその時、金属を叩いたような音が廊下に響き渡る。
「あら?」
「今のは、石の声か?」
「白露が天藍様に、お伝えしたいことがあるそうです」
慌てて帯から白露を出して、天藍の耳元に近づけた。
『雪鈴を泣かせたら、神罰が下るからな! 皇帝であっても、容赦はしないぞ!』
ここまで大声で喋る白露は見たことがなかったし、天藍もまさか怒鳴られると思っていなかったらしく、こめかみを押さえている。
「泣かせたりしないよ。約束します。白露様」
少し涙目になりながらも、天藍が白露に向かい丁寧におじぎをする。
「納得してくれたかな?」
「多分、大丈夫だと思います」
透明な宝玉に戻った白露を胸に抱き、雪鈴は微笑む。
(こんなことになるなんて、故郷を出たときは思いもしなかったわ)
親からも気味悪がられ、家族の一員として扱われなかった自分の隣には、深い愛をくれる人が立っている。
「愛してるよ、雪鈴」
「はい。私も天藍様を愛しています」
二人は手を取りあい、いつまでも互いを見つめていた。