扉が開くと、それまで騒ぎ立てていたのが嘘のように、正妃候補の姫達が静かに入ってきた。

 女官に促され、さっきまで雪鈴が跪いた位置に同じように五人が並んで頭を下げる。
 正妃の地位に最も近いとされる美麗が中央、その隣には京の元主人が跪いていた。

「顔を上げよ」

 天藍ではなく大臣が告げると、彼女たちは一斉に顔を上げた。そして一番美しく見えるよう練習した笑顔を天藍に向ける。
 だがすぐに隣に座る雪鈴に気付き目を丸くする。

 一体何が起こったのか理解できず、彼女たちはぽかんとしていたが、美麗が一番最初に我に返ったようだ。
 雪鈴を睨み付けると、雪鈴を指さして怒鳴った。

「何故罪人がこのような場にいるのですか? 陛下の御側に侍らせるなど、危険でございます。早く追いはらってください!」

「陛下の前であるぞ。口を慎め」

 大臣に窘められ、美麗が唇を噛む。
 並んで跪く姫達は当然だが、雪鈴に対しても膝をつかなくてはならない。
 美麗のように口には出さないけれど、苛立ちは伝わってくる。

「さて、詳しい話をする前に幾つか確認したい事がある」

 やけにのんびりとした調子で、天藍が左端に座る姫を見遣る。

「雪鈴、あの姫君の髪飾りはなんという石か教えてくれないか?」

「海岸で採れる丸石で、珍しいものではありません。磨くと光沢が出るので、宝玉と勘違いされる方もいます」

「ふざけないで! これは宝典山から採れる特別な宝玉なのよ!」

 指摘された姫が頭から簪を引き抜いて、雪鈴に突きつける。

「大変申し訳ないのですが、美麗様の側仕えの方が偽物とすり替えたそうです。本物は質に入れられたみたいですね」

 大きな翡翠に似たそれは、雪鈴にだけ聞こえる声で訴えてくる。声の聞こえる雪鈴にしてみれば、石も宝玉もそれぞれ自尊心を持っているので、間違えられるのは嫌なのだ。

 だから石達は持ち主に『真実を知ってほしい』と訴えるのだと、できるだけ丁寧に説明をする。

「と言うわけだ。他にもすり替えられたり、売られた石があれば教えてくれるか?」

「はい――」

 雪鈴は天藍に乞われるまま、彼女たちの身につけている宝飾品の半分ほどが、まがい物だと指摘する。
 商人に騙されて買ってしまった品もあったが、殆どは美麗がすり替えた偽物だった。

 最初は雪鈴を睨んでいた姫達も、次第にその視線を美麗へと変える。

「みなさん、こんな気味の悪い女の戯れ言を信じるの? 私は大貴族の娘よ。すり替えるだなんて、泥棒のような真似はしないわ」

「では、共犯者を呼ぼう」

 天藍が手を叩くと、縄で縛られた官吏と、美麗の側仕えをしている女官が数人連れて来られた。

 縄を持つ兵士の隣で、秋官と思われる男が問う。

「お前達、何か言うべきことはあるか?」

「私は美麗様に言われて、仕方なく盗みをさせられたのです」

「質に入れるよう指示したのは、美麗様です。俺は悪くありません」

 官吏と女官の裏切りにも関わらず、美麗は平然としている。

「全てこの者達の妄言でございます。第一、何故私が宝物庫から盗んだ品を、質に入れなくてはならないのでしょうか?」

「宝物庫と言ったな。姫達から盗んだのではないのか?」

 指摘にはっとした様子で、美麗が口元を抑えたがもう遅い。
 言い訳を考えてる美麗に、雪鈴はおずおずと告げる。

「美麗様、こんな時に大変申し訳ないのですが。胸元に飾られているその青い石は、偽物ですよ。宝物庫を管理する方が見れば、すぐに分かります」

「宝物庫の奥で保管されている、皇妃だけが身につける首飾りと似ているな」

 真っ青になって震えている美麗に女官が近づき、その首飾りを外す。そして控えていた宝物庫の役人に渡した。

「確かに、これは宝玉ではありますが。宝物庫に入れる程の価値はございません。首飾りの形も、宝物とは細部が違っております」

「本物は商人に買い取らせたようですね。旅の商人らしいので、早く追いかけた方が良いと思います」

 雪鈴の言葉を聞いて、扉の近くにいた官吏の一人が慌てて部屋を出て行く。恐らく買い取った商人を探しに行ったのだろう。

「あなた! 私まで騙したのね!」

 それまで震えていた美麗が急に顔を上げ、縄で縛られた官吏の男を怒鳴りつけた。

「君が金が欲しいと騒いだから用立てただけだ。宝物庫の宝石も金も両方欲しいなんて、無理に決まってる。どうせ偽物と見分けがつかなかったんだから、別にいいだろう!」

「私は本物だと思って、身につけたのよ! 酷いわ! 陛下、私は騙されたのです……」

 鬼のような顔で叫んだかと思えば、縋るように天藍を涙目で見つめる美麗に、その場に居る全員が呆れ返っていた。
 だが本人だけは、悲劇に見舞われた姫という立場を疑ってはいないらしい。

「ちょっとした出来心なんです。私は陛下の妻となる身なのですから、皇妃の首飾りを身につけてもおかしくはありませんよね?」

「正気で言っているのか?」

「え……? だって私は、大貴族の娘で……」

 美麗は天藍から慰めの言葉をもらえると、本気で思っていたらしい。
 冷たい声と周囲から向けられる侮蔑の視線に、やっと自分の置かれた状況を理解し始めたようだ。