「後宮は私のものだが、手続きもせず立ち入れば騒ぎになるからな」

 皇帝とはいえ、正式に婚礼を迎えていない今は後宮への立ち入りが制限されるのだと、天藍が面倒くさそうに肩をすくめる。

「だから女装したのだ。なかなかのものだっただろう?」

 楽しげな天藍とは反対に、控えている女官や大臣らしき老人達は青ざめて項垂れている。

「どうした、雪鈴」

「いえ……」

「さあ、こんなところで跪く必要はない。君の座る部場所はあちらだ」

 満面の笑顔で天藍が指さすのは、正面の数段高くなっている場所。つまり玉座だった。
 ただ本来の玉座と少し違い、二人がけの長椅子が置かれている。それも金の台座に緋毛氈をふんだんにあしらった、豪華な長椅子だ。

 天藍は雪鈴の手を取ると、玉座代わりの長椅子に向かって歩き出す。

「さあ雪鈴、隣に座ってくれ。京は雪鈴の側に控えてくれ」

 先に腰掛けた天藍が雪鈴を隣に座るよう促し、京には雪鈴の側に控えるよう長椅子の斜め後ろを指さす。
 いくら私的な部屋だとしても、これは流石に無作法ではないかと女官に視線を送るが、彼女は諦めた様子で首を横に振る。

「陛下の言うとおりにしてやってください。正式な場ではこんな馬鹿な真似はしないので、大目に見ていたのですが……」

「女官長殿、あなたの責任ではない。陛下を甘やかした私どもが悪い」

「喧嘩なら外でやってくれ。ほら雪鈴、早くおいで」

 目頭を押さえる大臣や女官達に構わず、天藍が長椅子を叩く。

(見聞きしたことは他言無用って……こういう事なのね)

 雪鈴はため息をつくと、青ざめて動けずにいる京を手招く。

「京いらっしゃい。叱られたりしないわ」

「顔色が悪いな。京、お前にも椅子を用意させよう」

「いえ、大丈夫です! 私、とても元気ですから!」

 引きつった笑顔で固辞した京が、慌てて駆け寄り雪鈴の少し後ろに立つ。そこは、主人が一番信頼を置く側仕えの立ち位置だ。

(京、大丈夫かしら。後で甘いものを出してやれないか、女官の方に聞いてみよう。とはいえ、私も気をしっかり持たなくちゃ)

 真っ青になって震えている京を気遣いたいが、雪鈴とてこの状況に理解が追いつかない。

(それにしても、藍様が皇帝だったなんて……私とても、失礼な事言ってなかったっけ?)

 訳ありの人だとは思っていたが、まさか皇帝本人とは考えたこともなかった。
 そもそも皇帝であれば、正式に廊下を通って渡ってくれば良い。身分を隠し、女装までして罪人に会いに来るなど、誰が予想しただろう。

「不安にさせてすまなかったね。今日まで隠しておかなくてはならない理由があったんだ」

 考え込んでいる雪鈴に、天藍が声を落とした。

「実は宝物庫から盗難が相次いでいてね。犯人を捕らえる為に偽物を見分けなくてはならなかったのだが、思いのほか手間取ってしまった。困り果てていた時、後宮に忍ばせていた手のものが君の話を聞きつけて伝えてくれたんだよ」

「噂って、美麗様の簪をまがい物と指摘した件でしょうか?」

 頷く天藍が、苦い顔になる。