(いよいよね)

 覚悟を決めて迎えた翌朝。雪鈴はいつも通り京と共に朝食を取り、恥ずかしくないように身支度を調える。
 後宮を出るまでは、まだ身分は下級貴族の姫となっている。

「京、短い間だったけれどありがとう。あなたのことは、藍様に頼んであるから大丈夫よ」

「雪鈴様。私もご一緒させてください!」

「何を馬鹿な事を言っているの」

 互いに手を取りあい別れを惜しんでいると、扉が開き数名の女官達が入ってきた。

「お迎えに上がりました」

 やってきたのは後宮を統括する女官長ではなく、藍の側仕えをしている見知った女官だった。

「お着物はこちらで用意しましたので、お着替えを」

「着替え?」

 女官達が捧げ持っているのは、どう見ても奴隷の着るような粗末な服ではない。

 というか、まるで皇后が纏うような立派な着物だ。桃色の地に金糸銀糸をふんだんに使って、鳳凰が刺繍されている。

「何かの間違いじゃないですか? 私は……身分を剥奪されて、売られるのだと……」

「いいえ。さあ、早くお着替えを」

 にこにこしている女官達に、雪鈴も京も呆気に取られて動けない。

「京、あなたもですよ」

「わ、私もですか?」

 何がなにやら分からないまま、二人は女官達に取り囲まれる。そして恥ずかしいと思う間もなく服を剥ぎ取られ、上着どころか下着から靴まで全てを新しいものに着替えさせられた。

「雪鈴様……私が着ているこれ、正殿で仕事をする女官の着物なんですが……」

「私もこんな豪華な着物、初めて着たわ」

「藍様がお待ちでございます」

 女官の案内で、二人は有無を言わせず連れ出されてしまう。
 正妃候補達の住む宮を通るが、みな忙しくしているようでこちら見向きもしない。

「えっと、あの。勝手に出てもよろしいのですか?」

 後宮と正殿を繋ぐ扉の前まで来て、流石に雪鈴も戸惑いを隠せない。美麗の言葉通りなら、ここで自分は罪状を告げられ奴隷として出る手続きを行うのだ。
 けれど女官達は微笑むばかりで、雪鈴を急かす。

「よく分かりませんけど、言うとおりにした方がいいんじゃないでしょうか? 私達、こんな立派な服を着せて貰ったんですから、それなりの扱いをしてもらえると思います」

「そうね」

 京に励まされて、雪鈴も頷く。
 そして二人は、皇帝の住まいである正殿へと足を踏み入れた。後宮とはまた趣の違う立派な廊下を通り、中心に近いと思われる部屋の前に通される。

 龍の描かれた扉の前で案内してきた女官が振り返り、厳しい表情で二人に釘を刺す。

「こちらは陛下の私的な謁見の間になります。見聞きしたことは、他言無用でお願い致します」

(やっぱり、厳しい沙汰が下るんだわ)

 わざわざ着替えさせたのは、皇帝の前に出るには二人の着物が余りにみすぼらしいと判断したからだろう。
 左右に控えた女官が扉を開け、雪鈴と京は中へと入る。

「雪鈴と、側仕えの京でございます」

 頭を下げ数歩進んでから、雪鈴と京は床に額ずく。

「初めてお目にかかります……」

「初めてではないのだかな。そんな堅苦しい挨拶は止めてくれ。君達と私の仲じゃないか」

「え?」

「二人とも顔を上げて」

 衣擦れと足音が近づき、誰かが雪鈴の手を取って顔を上げるよう促した。

「……藍様!」

「正しい名は天藍(てんらん)だ。隠していてすまなかった」

 目の前にいるのは、紛れもない藍その人だった。
 しかし雪鈴の知る女装姿ではなく、男性の正装を纏っている。

 正確には、皇帝の装いだとすぐに雪鈴は気が付いた。