「雪鈴は石の言葉が分かるのだったな。私も聞いてみたいものだ」

 紅玉の耳飾りを手にした藍に、雪鈴は声を聞くコツを伝える。

「石に耳を近づけて、意識を集中させるんです。呼吸は深く、ゆっくりと。そうです」

「微かに金属を弾くような音がするだけだ」

 首を傾げる藍に、雪鈴は笑顔になる。

「それです! 慣れれば次第に、音に言葉が混ざり始めて聞き取ることができますよ」

「ほう」

「前々から感じていたのですけど、藍様は素質があります!」

 雪鈴からすれば、自分以外に石の言葉を理解する人が現れたというのはとても嬉しいことなのだ。

「しかし、この石の言葉を理解する能力というのは、術とは違うのか?」

 王や貴族は魔術師を抱える者も少なくない。魔術師の仕事は、主に病の治癒や天候を占うなど生活に密着したものが多い。

「はい。私は宝玉の神の声を聞く、巫女なのだそうです」

「巫女?」

「亡くなった祖母が教えてくれました」

 雪鈴は自分の出自をかいつまんで話す。

「そうだったんですね。そんな高貴なご身分とは知らず、私とても失礼な態度を取ってしまって。もうしわけございません」

「気にしなくていいのよ。それにこっちこそ黙っててごめんね、京。私、あなたときさくにお喋りできて嬉しいの。これからも今まで通りに接してね」

「ありがとうございます雪鈴様。ですが、そういう大切な事は、無闇に話したらいけません。特に後宮では命取りになります」

 大真面目に忠告する京に、雪鈴は肩をすくめる。

「私はもう寵姫になれる身分ではないわよ」

「関係ありません。この間の泥水をかけられた時もそうですけど、雪鈴様はもっと警戒すべきですよ」

 言うと京は何かを警戒するように、周囲を見回して声を潜めた。

「全ての姫君は後宮に住んでるってだけで、十分標的にされます」

「命取りとは、随分と物騒だね。京、詳しく教えてくれるかな?」

 藍が興味深げに、京に問う。

「お話ししてあげて。私もくわしく知りたいわ」

 危機感を持ったからというより、明らかに好奇心が前面に出ている二人を前にして京が大きなため息をつく。

「雪鈴様も藍様も、呑気が過ぎますよ。みな陛下の寵愛を得ようと必死で、殺気立ってるじゃないですか」

「まだ渡りもないのに?」

「渡りの前が重要なんですよ。正妃候補達の足の引っ張り合いの内容を陛下が知ったら、絶対に結婚しようだなんて思いませんよ」

「そんなに凄まじいのかい? それにしても、京は詳しいのだね」

「京は元々、正妃候補の姫の元で働いていた女官なんです」

「実家は着物を扱っていたので、その経験を買われてお仕えしたのですが……」

 両親も京自身も、あくまで位の高いお客に対しての作法を学ぶために仕えただけだった。しかし運がいいのか悪いのか、主人である姫に気に入られ後宮にまでお供することになってしまったのだと続ける。

「他の女官の方々からは、出しゃばるなと叱られて。庭で鞭打ちをされそうになったところを、雪鈴に助けていただいたのです」

「酷い事をする」

「皆さま、必死なんですよ。後宮の女性は身分を問わず陛下の目に留まりさえすれば、夜伽の権利を得られますし……一度きりの奇跡に人生賭けてる女官なんて、腐るほどいますよ」

 仕える主人に気に入られ、できるだけ側にいれば陛下と接触する機会は増える。だから京のような商家出身の娘は、下級貴族から女官になった者からすれば目障りこの上ない。
 女官達でさえこうなのだから、正妃候補達の争いはとんでもなく恐ろしいのだと京は何かを思い出したのか身震いする。