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「——魂のすべてを取られたわけじゃないらしい。それに、なぜ鎮守の社で倒れていたのかも不明だけどな」

 幻夜は話し終えると清々しそうに空を仰いだ。


「冥府の番人をやってるのは、そういう成り行きだ。そのせいで……っていうのはただの言い訳だな。これまで沙和になにもしてやれなくてすまなかった」
「とんでもない! たくさんしてくださいましたって、前にも言ったじゃないですか。あ、でも……」

 沙和が口をつぐむと、幻夜に顔を覗きこまれた。

「でも。なんだ?」
「幻夜さまの魂の核の行方は……?」

 幻夜が笑ってかぶりを振り、沙和の胸がきゅっとした。
 けれど、ただ胸を痛めるだけじゃなにも変わらない。沙和は両手を強く握り合わせる。

「わかりました。では、わたしも一緒に探します」
「あ?」
「きっとお役に立てると思います。神降ろしの祈祷もできます……たぶん」
「いや、しかし巫女は結婚できないだろう」
「結婚してませんよ? なんの問題もないじゃないですか」

 沙和は笑ったが、幻夜は微妙な表情で見返してくる。

「あの、いけませんでしたか……?」
「ああ、ダメだ。それだけはダメだ」

 沙和は困惑し、はっと口を覆った。

「違うんです、幻夜さまに死んでほしいなんて、まったく思いませんから!」

 核を取り戻したら死ぬという、契約の話を思い出して沙和は青ざめた。決してそんなことは望まない。

「ただ、自分のものを取り戻したら死ぬだなんて、おかしいです。おかしいって、契約者に訴えましょう? それにもしかしたら、核が戻れば幻夜さまに触れられるかもしれませんし……わたしは、一緒にお探ししたいです。それでもダメですか?」
「うっ……」

 ちらっと沙和を向いた幻夜は、また顔を逸らしてしまう。沙和は途方に暮れた。
 幻夜はしばらくなにも言わなかったが、やがて観念したように吐息を漏らした。

「……わかった、これから……頼む」
「はい! 精いっぱい頑張りますね!」
「頑張らなくてもいいから、ずっとそばにいろ。俺は沙和がいてくれればそれでいい」
「はい、わたしは幻夜さまを選びましたから。いつまでもおそばで、お役に立たせてください」
「沙和はいささか、鈍感だな」
「え?」

 足を止めた幻夜が、指を伸ばす。沙和も思わず立ち止まった。
 幻夜の指が自分の頬に近づく気配に、息をつめる。
 なぜか、鼓動がとくとくと騒ぎだす。
 沙和はふたたび、きゅっと両手を握り合わせた。見入られたように、真剣な顔をした幻夜から視線を外せない。
 どこか、切なそうで。

(どうして……?)

 自分の反応にうろたえたとき、今にも触れそうだった指が離れていく。
 ふ、と幻夜が吐息だけで笑った。

「もう少ししてから、言うか」
「な、なにを……ですか?」
「覚悟しておけばいい。そのときこそ、俺のだ」

 吸いこまれそうな深いまなざしに射貫かれたようになり、沙和は暴れる心臓に胸を当てる。

(今のは、どういう……?)

「沙和、帰るか。そろそろ冷える。辰野が待ってるだろう」

 先に歩みを再開した幻夜が、沙和をふり向く。手が差し伸べられる。触れられない、でもきっと誰の手よりもあたたかな手。
 沙和の、あたたかな居場所。

「——はい!」

 沙和は明るい声を弾けさせて小走りで幻夜に追いつくと、触れられない手に導かれるようにしてその隣に収まった。