そのとき、こちらへぱたぱたと駆け寄ってくる足音がした。声の主とは別の者らしい。

『どちらでも好きなほうを選ぶといい。ちなみに、核だけがない場合も死ぬのは一緒だけれど、その後の扱いは少し変わるかな。またその辺はおいおい——おや、お客さんだ。では決断を待ってるよ』

 声がふつりと途切れる。
 やがて代わりに聞こえてきたのは、あどけない少女の声だった。

「わたしの声、聞こえる? お返事して!」
「……ッ」

 返事をしようとしたが、とたんに骨の(きし)むような激痛が走り、幻夜は声にならずうめいた。

「聞こえてる!? 生きてる! 目を開けて、しっかりして!」

 幻夜はそろそろとまぶたを持ち上げる。
 白の上衣に緋袴の巫女装束を着た、利発そうなおかっぱ頭の娘が、幻夜を見下ろしていた。

「よかった……生きてた! えっと、お水を汲んできましたよ。どうぞ」

 小さな手で、木の(わん)に汲んだ水を幻夜の口に寄せる。それが唇を濡らしたとき、幻夜の意識ははっきりした。

 少女の頭越しに、鬱蒼(うっそう)とした緑がさわさわと風に揺れていた。やわらかな陽の光が、その隙間をちらちらとよぎる。
 さっき、何者とも知れない声と会話をしていた場所とは別の場所らしかった。

「ここは……?」
「霧谷の村の、鎮守様がおられる社です。わたしが来たときには、あなた様は倒れておられました」
「そうか……」
「目が覚めて、よかったです」
「覚めて……」

 頭の中には、さきほどの契約が残っている。
 今、このまま死ぬか。
 終わりの見えない生を生きるか。

「……よかったと思うか?」

 かすれた声で問いかけた幻夜に、少女は一瞬なんのことかわからない風だったが、すぐに大きく首を縦に振った。

「よかったです! あなた様が生きて、目が覚めて……ほんとうによかった」

 吸いこまれるような目の輝きを目にしたそのとき、幻夜は心を決めた。

 この少女がいるなら、生きよう。終わりが見えなくても。