祈祷を続けても沙和の体に鎮守の神は降りなかった。
 長いあいだ、沙和はそれを自分の無能ゆえだと思ってきた。

 だが祈祷の際に感じたのは、鎮守の神とはなにか別の気配だったのだ。

「なっ……! 言うに事欠いて、そんな嘘をついて言い逃れ? 性根がここまで腐ってるとはね!」

 芯からの怒りに燃えた目で、叔母がふたたび沙和の腕をつかむ。沙和はたちまち、人力車の停まるほうへと引きずられた。

「離して! 痛っ、離してください!」 

 訴えても、ますますきつく腕をつかまれるだけ。沙和はとっさに美綾を見たけれど、返ってきたのはなんの感情もない視線だけだった。

 叔母の手の爪が手首に食いこむ。沙和は振りほどくこともできずに身を縮めた。
 ところが、そのときだった。

「ぎゃあぁっ……!」

 叔母がやにわに呻き声を上げ、額を押さえて地面にうずくまった。

「お母様っ」

 倒れた叔母に駆け寄った美綾が、おろおろと沙和を見やる。叔母の額からは血が筋を作って流れていた。そのそばには小石が転がっている。叔母の額に当たったのは、それらしかった。

 沙和は呆然として、足音のしたほうへ目を向けた。

「幻夜さま!」

 いつのまに帰ってきたのか、幻夜が沙和に向かって歩いてくるところだった。沙和は弾かれたように、幻夜に駆け寄った。

「間に合ったな。物に触れられれば、俺にもやれることはある。だろう?」
「はい……!」

 幻夜がやわらかな笑みで、沙和に手を差し伸べる。
 その手に伸ばした手が触れることはないものの、沙和は幻夜の隣に収まった。

 肩の力がふっと抜けていく。
 幻夜は沙和が隣に立つのをたしかめると、一転して表情を険しくした。