「ごちそうさまでした」
僕が給食を食べ終わる頃には、伊月くんはまた教室から姿を消していた。
食器を片付けて依織さんの方を見ると、彼女はまだ友達とおしゃべりしながら給食を食べている最中だった。
「伊月くん、どこでサボってるんだろう」
僕は伊月くんを探しに行くことにした。
サボりといえば定番は屋上かなって見に行くけど、誰もいない。
授業以外は人気のない実習棟を回ってみてもいない。
伊月くんの友達がいる他のクラスにもいないし、職員室で説教中ってこともなかった。
校舎裏も校庭の隅っこにも、伊月くんはどこにもいなかった。
結局、学校内を一周して自分の教室に戻ってきてしまった。
教室を素通りして、廊下の突き当りの窓から外を見る。
隣の敷地にある小学校の壁が見えて、そこから悲鳴のような歓声が聞こえてくるだけだった。
「伊月くん、帰っちゃったのかなあ」
開いた窓枠にもたれ掛かって、手を外に垂らしながらぼやく。
「帰ってないぞ」
伊月くんの声がするのと同時に、窓の外の手に何かが触れた。
ここ、二階なんですけど!?
心霊現象かと思って肝が冷えたけど、思い直して窓の外に身を乗り出して下を見てみる。
庇の上でヤンキー座りをした伊月くんが僕の手をつかんでいた。
「こんなところにいたの!?」
「なかなかいい隠れ家だろ」
ニヤリと笑う、オンリーワンヘアーの伊月くん。
真上から見ると、ますます凄いカラーリングなことが分かってしまった。
伊月くんには黙っておいた方がいいだろうな。
背の高い人からはこの光景なわけだし、知らぬが仏だと思う。
「おまえも来いよ」
「うん……」
伊月くんに手を引かれて、窓枠に手をかけて乗り越える。
一階は窓じゃなくて出入り口だからか、平らな庇は十分な広さがあった。
「午前中もここにいたの?」
「ずっとゲームしてた。今、イベント中なんだよ」
僕の手を握っていたのとは逆の手には、スマホが握られていた。
マルチプレイ中みたい。
「一緒にやんねー?」
「ギガなくなるからいい」
それにスマホゲーは僕の趣味じゃない。
「伊月くんは凄いよね。僕は授業サボる勇気なんてないよ」
「そうか? 俺からしてみりゃ、ずっとあんな硬い椅子で座って話聞いてられる方が凄いよ」
スマホの画面を操作しながら、伊月くんは僕の方を見もしない。
足を投げ出すとここに隠れているのが一階からバレそうで、僕は膝を抱えて体育座りをする。
伊月くんはじっとしているのが苦手みたいで、小学校のころは椅子にゴム紐つけてそれを足で遊びながらなんとか椅子に座ってられるという感じだった。
中学に入ってからはヤンキーに目覚めたこともあって、こういう風に授業サボってウロウロしてたりするけど。
けど、僕に授業のノートねだったりしてこない割には成績は僕と変わらない。
きっと伊月くんは、僕なんかよりもずっと頭がいい。
同じ高校に行けるかなって思ったけど、伊月くんが本気になったらきっと無理。
「よっしゃ、アイテムいっぱい落ちた!」
ゲームが上手くクリア出来たみたいで、ガッツポーズを決める。
「SSR出た?」
スマホゲームはよく知らないけど、伊月くんがやってるゲームのことは話を聞いててなんとなく知ってる。
「無課金だとやっぱキツイ! アイテム集めても無理!」
スマホを操作していた、伊月くんの目がぐるんと僕をとらえた。
「なあ、一回代わりにガチャ引いてみろよ。無欲な人間の方が当たるっていうし」
スマホの画面を、僕の目の前に突き出してくる。
画面には虹色のボタンが表示されていた。
「これタッチしたらいいの?」
「そう!」
伊月くんが何のキャラクターのSSR欲しがってるのかわからないけど、無欲の方がいいなら聞かない方がいいのかな。
言われるがまま、そのボタンをタッチする。
キラキラとしたエフェクトと魔法陣が表れて、短いスカートをひるがえして太ももがあらわになった魔法使いっぽい女の子が出た。
SSRなのかはよくわからない。
イラストはすごく細かくてキレイだから、ザコではなさそう?
「あー!」
画面を覗き込んできた伊月くんが大声を上げるけど、嬉しい悲鳴なのかがっかりの悲鳴なのかよくわからなかった。
「どう?」
「SSR! でも、もう持ってるヤツだ~」
一番のお目当てではなかったみたいだけど、無欲効果はちょっとはあったのかもしれない。
「でもサンキュ。もう一体いたら周回が楽になるわ。よっしゃあ!」
僕の顔を見てニカッと笑う。
「そう、よかった……」
顔がちょっと熱くなる。
二体目なのに、こんなに喜んでもらえてよかった。
伊月くんがスマホゲームを再開しようとしたとき、校舎の中から怒号が聞こえた。
「伊月の声がしたぞ! どこだ伊月!!」
今朝、伊月くんを叱っていた教師の声だった。
「ヤッベ」
伊月くんはスマホをポケットに仕舞うと、ひらりと庇の上から飛び降りた。
「伊月くん!?」
庇の上とはいえ、地面からは二メートル以上ある。
安否を心配して身を乗り出して確認すると、伊月くんは華麗に着地してバランスを崩すことも足をくじく様子さえなかった。
「午後もサボるから、あとよろしくなー」
平然と僕を振り返って手を振ると、そのまま走って行ってしまった。
伊月くんの運動神経は、ホント人間離れしている。
嘘かホントか、体育の時には正体がばれないように手を抜いているんだとか言っていた。
でも、体質なのか伊月くんが憧れる筋肉マッチョにはなかなかなれないみたいだから、人生はままならない。
僕が給食を食べ終わる頃には、伊月くんはまた教室から姿を消していた。
食器を片付けて依織さんの方を見ると、彼女はまだ友達とおしゃべりしながら給食を食べている最中だった。
「伊月くん、どこでサボってるんだろう」
僕は伊月くんを探しに行くことにした。
サボりといえば定番は屋上かなって見に行くけど、誰もいない。
授業以外は人気のない実習棟を回ってみてもいない。
伊月くんの友達がいる他のクラスにもいないし、職員室で説教中ってこともなかった。
校舎裏も校庭の隅っこにも、伊月くんはどこにもいなかった。
結局、学校内を一周して自分の教室に戻ってきてしまった。
教室を素通りして、廊下の突き当りの窓から外を見る。
隣の敷地にある小学校の壁が見えて、そこから悲鳴のような歓声が聞こえてくるだけだった。
「伊月くん、帰っちゃったのかなあ」
開いた窓枠にもたれ掛かって、手を外に垂らしながらぼやく。
「帰ってないぞ」
伊月くんの声がするのと同時に、窓の外の手に何かが触れた。
ここ、二階なんですけど!?
心霊現象かと思って肝が冷えたけど、思い直して窓の外に身を乗り出して下を見てみる。
庇の上でヤンキー座りをした伊月くんが僕の手をつかんでいた。
「こんなところにいたの!?」
「なかなかいい隠れ家だろ」
ニヤリと笑う、オンリーワンヘアーの伊月くん。
真上から見ると、ますます凄いカラーリングなことが分かってしまった。
伊月くんには黙っておいた方がいいだろうな。
背の高い人からはこの光景なわけだし、知らぬが仏だと思う。
「おまえも来いよ」
「うん……」
伊月くんに手を引かれて、窓枠に手をかけて乗り越える。
一階は窓じゃなくて出入り口だからか、平らな庇は十分な広さがあった。
「午前中もここにいたの?」
「ずっとゲームしてた。今、イベント中なんだよ」
僕の手を握っていたのとは逆の手には、スマホが握られていた。
マルチプレイ中みたい。
「一緒にやんねー?」
「ギガなくなるからいい」
それにスマホゲーは僕の趣味じゃない。
「伊月くんは凄いよね。僕は授業サボる勇気なんてないよ」
「そうか? 俺からしてみりゃ、ずっとあんな硬い椅子で座って話聞いてられる方が凄いよ」
スマホの画面を操作しながら、伊月くんは僕の方を見もしない。
足を投げ出すとここに隠れているのが一階からバレそうで、僕は膝を抱えて体育座りをする。
伊月くんはじっとしているのが苦手みたいで、小学校のころは椅子にゴム紐つけてそれを足で遊びながらなんとか椅子に座ってられるという感じだった。
中学に入ってからはヤンキーに目覚めたこともあって、こういう風に授業サボってウロウロしてたりするけど。
けど、僕に授業のノートねだったりしてこない割には成績は僕と変わらない。
きっと伊月くんは、僕なんかよりもずっと頭がいい。
同じ高校に行けるかなって思ったけど、伊月くんが本気になったらきっと無理。
「よっしゃ、アイテムいっぱい落ちた!」
ゲームが上手くクリア出来たみたいで、ガッツポーズを決める。
「SSR出た?」
スマホゲームはよく知らないけど、伊月くんがやってるゲームのことは話を聞いててなんとなく知ってる。
「無課金だとやっぱキツイ! アイテム集めても無理!」
スマホを操作していた、伊月くんの目がぐるんと僕をとらえた。
「なあ、一回代わりにガチャ引いてみろよ。無欲な人間の方が当たるっていうし」
スマホの画面を、僕の目の前に突き出してくる。
画面には虹色のボタンが表示されていた。
「これタッチしたらいいの?」
「そう!」
伊月くんが何のキャラクターのSSR欲しがってるのかわからないけど、無欲の方がいいなら聞かない方がいいのかな。
言われるがまま、そのボタンをタッチする。
キラキラとしたエフェクトと魔法陣が表れて、短いスカートをひるがえして太ももがあらわになった魔法使いっぽい女の子が出た。
SSRなのかはよくわからない。
イラストはすごく細かくてキレイだから、ザコではなさそう?
「あー!」
画面を覗き込んできた伊月くんが大声を上げるけど、嬉しい悲鳴なのかがっかりの悲鳴なのかよくわからなかった。
「どう?」
「SSR! でも、もう持ってるヤツだ~」
一番のお目当てではなかったみたいだけど、無欲効果はちょっとはあったのかもしれない。
「でもサンキュ。もう一体いたら周回が楽になるわ。よっしゃあ!」
僕の顔を見てニカッと笑う。
「そう、よかった……」
顔がちょっと熱くなる。
二体目なのに、こんなに喜んでもらえてよかった。
伊月くんがスマホゲームを再開しようとしたとき、校舎の中から怒号が聞こえた。
「伊月の声がしたぞ! どこだ伊月!!」
今朝、伊月くんを叱っていた教師の声だった。
「ヤッベ」
伊月くんはスマホをポケットに仕舞うと、ひらりと庇の上から飛び降りた。
「伊月くん!?」
庇の上とはいえ、地面からは二メートル以上ある。
安否を心配して身を乗り出して確認すると、伊月くんは華麗に着地してバランスを崩すことも足をくじく様子さえなかった。
「午後もサボるから、あとよろしくなー」
平然と僕を振り返って手を振ると、そのまま走って行ってしまった。
伊月くんの運動神経は、ホント人間離れしている。
嘘かホントか、体育の時には正体がばれないように手を抜いているんだとか言っていた。
でも、体質なのか伊月くんが憧れる筋肉マッチョにはなかなかなれないみたいだから、人生はままならない。