「伊月くんってさ、背の高い女の子って好き?」

 一ヶ月ぶりぐらいに入る、伊月くんの部屋。
 伊月くんはいつもみたいに床に座ってベッドにもたれて、スマホゲームをしている。

「別に。好きでも嫌いでもない」

 楓さんは伊月くんよりも背が高かったし、背が低いのがコンプレックスそうな割にはそういうのは気にしないんだな。

「ショートヘアーの子は?」

「別に~」

「同い年の子は?」

「なんだよ、さっきから」

 僕の質問攻めに、スマホから顔を上げて僕を不審そうに見てくる。

「まあ、かわいいに越したことねえけど、女を見た目で好きになるのは男じゃねえだろ。男なら、好きになった女が好きな見た目の女だ!」

 そう言っていつものように笑うけど、僕の気持ちは晴れない。

 胸のなかがドロドロしている。自分はさっさと彼女作ったくせに、伊月くんに恋人が出来るって思うとこんなにも心がかき乱される。

 僕には話さなかった楓さんへの失恋みたいな、秘密のことを恋人にだけ話したりするようになるんだろうか。
 僕だけが知ってる伊月くんの秘密とかも、恋人には話してしまうんだろうか。

 生まれた時からずっと一緒で、血のつながりはないけれど双子の兄弟みたいに思ってた。
 かけがえのない、僕の片割れ。

 そんな兄弟が、僕の元を離れて遠くへ行ってしまう。
 そんな焦燥感に、もうどうしたらいいかわからない。

 最初に離れていったのは僕の方なのに、なんてワガママなんだろう。

 それでも僕には、伊月くんでしか埋まらない穴がある。
 依織さんでも誰でも埋まらない。

 伊月くんじゃなきゃダメなんだ。

「依織さんの友達が伊月くんのこと好きなんだって。紹介したいから、水族館でダブルデートしないかって話してるんだけど……」

 興味ないって、断ってほしかった。

「へえ」

 でも、伊月くんはまんざらでも無さそうな顔で笑った。


 ――嫌だ!


「イテッ」

 衝動的に、伊月くんの後頭部を左手でつかんでいた。
 ブリーチしたばかりの、傷んだ太い髪。
 右手で肩を押さえて、僕は――――


 伊月くんの首筋に思いっきり噛みついた。


「いってえ! なにしやがんだ」

 突き飛ばされて、尻もちをつく。

 伊月くんの首筋には僕の歯形がくっきり残っていたけど、血は出ていなかった。

 血を飲めば、本当に血を分けた兄弟になれたかな?

「俺にそういう趣味はねえ!」

「僕にもないよ」

 脱力して、大の字に寝転がる。

 なにやってんだ、僕。

「おまえは吸血鬼じゃねえんだから、噛みついたっておもんねえだろ。なんか言いたいことあんなら、はっきり言え!」

 馬乗りになって、伊月くんが僕の上に覆いかぶさってくる。

 うかつなこと言ったら、殴られるかな。

「スッゲー、くらだないことだよ。伊月くんに恋人が出来るのが嫌だ」

 伊月くんの顔が見れなくて、腕で顔を覆う。
 こんな情けない顔も、伊月くんに見られたくなかった。

「ただでさえ伊月くんの方がみんなに慕われて友達も多いのに、恋人まで出来たら、もう僕のこと見向きもしなくなるんじゃないかって」

 しゃべってくうちに、声が震えてくる。

「僕のこと、いらなくなるんじゃないかって……不安なんだ」

 伊月くんは別に守りたい相手じゃない。
 でも、伊月くんが転ぶのを見て手を差し伸べたい。

 ずっと側にいたい。

 側にいさせて欲しい。

 男のくせに女々しいこと言うなって、伊月くんに殴られるかな。
 そう思っても、吐き出さずにはいられなかった。

「僕の方が依織さん優先させて遊ばなくなったのに、ごめん。ワガママでごめん」

 僕には伊月くんが必要だ。
 依織さんとの仲がどんなに深くなったって、それは変わらない。
 自分のことだから、自分でよくわかってる。
 でも、伊月くんは?

 双子の兄弟みたいに深い仲だって思ってるのは、きっと僕だけだ。

「なんだ、そんなこと気にしてたのか」

 泣いているのを見られたくなくて隠していたのに、伊月くんが僕の手を払いのけて床に押さえつける。

 伊月くんは僕のことをバカにしたり怒ったりしないで、いつもみたいに笑っていた。

「バカだな。おまえに女が出来ようが、俺に女ができようが……」

 伊月くんの顔が迫る。
 僕は目を閉じる。

 耳元でささやかれる、伊月くんの甘い言葉。

 依織さんに告白された時とどっちが嬉しかったなんて……

 伊月くんが、僕の首筋に噛みついた。

 床に血が滴る。


 この痛みがこんなにも愛おしいなんて、きっと僕はどうかしている。


 「おまえは一生、俺の特別だよ」


 伊月くんも、きっとどうかしている。






『伊月くんと僕は、どうかしている』完