烏は空を見上げていた。
 青すぎる世界に、どうしようもなく焦がれる。
 そんなことが許されるはずないのに。
 大空を我が物顔で飛び回る白い烏は、いつの間にか飛ぶのをやめて同じ檻の中で眠っていた。
 満足した。寝顔がそう語っているみたいだった。
 代わりに別の烏が空を駆けていた。
 真っ黒で、自分と何ら変わりないのに大きな翼で、自由に。
 多分、隣の檻にいた烏だ。
 どうして、檻の外へ出ようと思ったのだろう。
 違う。
 どうして自分たちは檻の中へ入ったのだろう。
 元々、みんな空を駆けていたじゃないか。今でも、空を見ると羽が疼くというのに。
 黒い烏は毎日、目の前まで来た。
 そして、毎回言うのだ。

「こっちに来て、一緒に飛ばないかい?」

 無理だ。そんなことは許されない。
 烏も毎回同じことを言った。

「空からの景色は最高だからさ。もったいないよ」
 
 知っている。

「傷つけたくない……」

 何度も願った思いが、口から零れる。

「誰も傷つかないよ」

 背後から声がした。
 振り向くと、やっぱり白い烏は眠っている。けれど、絶対に白い烏が言っていた。
 胸が痛い。
 いっそのこと張り裂けて、無くなってしまえばいい。
 そうすれば、この檻は白い烏のものになるのに。
 でも、白い烏はつまらないよって言うはずだ。
 だって、自分がこんなにもつまらないと思っているんだから。

 錠のかかっていない扉が、軋んだ音を立てる。
 惹かれた。
 どうしようもないほど高鳴る鼓動が、自分のものか、白い烏のものかわからなかった。
 いつか、檻の外へ出れる日が来るのだろうか。
 もう一度仰いだ空は、鮮烈に輝いていた。