(からす)は檻の中から、空を見上げていた。
 手を伸ばせば届きそうで、いつだってそこに行けると感じるのに、触れるのはいつだって硬くて冷たい格子で、大人しく手を降ろす。
 周りを見渡せば、たくさんの檻があって、みんな大人しく差し出された餌をついばむから、真似して腹を満たした。使いもしない黒羽を繕い、身体を丸めて眠る。
 ここにいれば餌も、安全も、未来も全部保障されるのに、どうしてか青空への憧れは止まらなくて、檻の中で羽ばたいてみたら、周りがその死んだ眼で不審な視線を投げかけてきた。

 いつしか、煩わしいと感じていた檻が当たり前になって、翼の(うず)きは無くなっていた。みんなが同じような声で鳴くから、目立たないように声を重ねる。
 興味のないことばかり学ばされて、自分が何を求めていたのかわからなくなっていることに気が付く。
 これが当たり前。そう自分に言い聞かせて、考えるのをやめた。

 ある日、白い烏が檻の外を飛び回っていた。
 烏が白いなんておかしい。そう思った。だって、黒いのが当たり前で、檻の中には黒い烏しかいない。
 よく見ると、その烏は白いペンキを被っていた。
 周りはやっぱり猜疑心(さいぎしん)に満ちた目を向ける。うんざりする光景に、目をそらした。
 しかし、白い烏は周りの目なんて気にもかけず、白鳥のような大きくて美しい翼で大空を自由に飛び回る。その優美な姿に烏は見惚れていた。
 白い烏は空を時間の限り飛び回った後、羽を休めるように目の前に降り立つ。

「いいなぁ……」

 烏は首を傾げる。

「そっちの方が、自由で楽しそう」

「なら、出ればいいのに。鍵、開いてるよ」

 白い烏が指をさす。いつもは気が付かなくて――本当は気が付いていたけど、見て見ぬふりをしていた檻に錠はかかっていない。

「無理だよ。みんな見てる」

 檻の中から見える青空は、外に出てしまえばすぐに灰色にくすんでしまいそうで、勇気が出ない。それに、もう飛び方も忘れてしまった。

「また、来るよ。何度でも」

 白い烏はまた飛び立った。こっちにおいでよと見せつけるように空を駆ける姿に、目が離せなかった。

「いいなぁ……」

 烏は無意識につぶやいていた。