「縁談先である鬼頭家には、実に千年に一度ともいえる純血の血を宿すご子息が産まれたそうだ。名を鬼頭白夜(びゃくや)様という。くれぐれも粗相のないようにするのだ。いいな?」
「…はい」
父からの問いかけに力なく答える。
「なら支度にかかれ。一つだけ言っておくがこれでお前は嫁入りする身となったのだ。今後一切、何があってもこの久野家の仕切りを跨ぐことは許さん」
「…分かりました。今までお世話になりました」
私は父の言葉に席を立ち一礼をすれば部屋を後にした。
藤吉はその様子を見届けると満足そうに頷き一華へと向き直る。
「一華、これでお前が隠世に出向く心配も忌まわしい妖共に嫁ぐ必要も無くなった。これからは安心してこの久野家の良い貢献者となりなさい」
「ええ勿論そのつもりよ。私にはどうしてもお慕いしている殿方がいるの。結婚するなら絶対その人だって決めてるんだから」
ふんっと時雨の出ていった扉を見つめて満足そうに笑う一華。
そんな一華を由紀江は微笑ましそうに横から見つめる。
「貴方が決めた相手ならきっと素晴らしく素敵な方なのね」
「ええ、一目惚れした方なの。あんなにも綺麗な殿方に会えたのは生まれて初めてよ。絶対に運命的な出会いだって信じてるの。私の人生を醜い化け物なんかに邪魔されてたまるもんですか!」
「いずれあの子に久野家の異能が無いと分かっても、喰えばそれならに妖力を保つだけの余力保持にはなるだろう。一族は期待通り娘を差し出したのだ。これで我が家も安泰だ」


準備が整った私は自室の布団の中で考え事をしていた。
外を見ると雪が降っている。
あの頃と同じ。
母が死んだ日も同じく雪が降っていた。
「私が鬼の元へ嫁ぐ…」
チラリと視界に見えた着物掛けへ目を向ける。
黒色の生地に水色から青色の色が綺麗にグラデーションされた上に薔薇やカーネーション、マリーゴールドといった形をした白や紫を主色にした花が散りばめられた一着の着物。
あんな高級な着物、普段自分が着ているものとは比較できない程に一級品であることなど聞かなくても分かる。父は普段の私の様子から嫁入りに着ていく着物の一着も持っていないことを知ってこの日の為にわざと用意したのだ。
極限まで惨めでどん底な領域に私を叩き落としておく。
そして最後には救世主の如く救い出したかのように振る舞う。
全ては久野家の繁栄のため。
妖に気に入られれば術家には強い妖力とご利益が吹き込まれる。
父は何としても例のご子息様から膨大な妖力の魂を貰い受けたいのだろう。
私も遂に捨てられた。
「母上、申し訳ありません」
自然と悲しくはなく涙は出てこなかった。
でもずっと謝りたかった。
ポツリと溢れたその言葉は冷たい部屋に跡形もなく消えていく。
外には乾いた雪がパラパラと降り積もるだけとなった。