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 昇平と俺が生まれ育ったこの島は本土からフェリーで五分ほどの微妙な距離にある。
 それくらいなら橋を架ければ良いと思うだろうけど、島に人口が多かった昭和の頃までは漁師はみな自分の船を持っていたせいか、地元選出の議員が国からお金を引っ張ってきたときもまったく関心を持たなかったんだそうだ。
 時代が変わって高齢化が進み、今はもうほとんどが引退して港には数隻の船しか停泊していない。
 そうなると今度は採算が合わずに計画が持ち上がることすらなくなったらしい。
 実際、島の産業と言えば衰退した漁業しかないし、観光地として旅行客を呼べそうな名所なんて一つもない。
 いちおう島の中央にそびえる山の上に、天女が舞い降りたという伝説が残る神社があって夏祭りでは賑わうけど、それだって年に一日だけだ。
 そんな何もない島だけど、俺たちの通う高校はしぶとく残っている。
 しかも、過疎化の進んだ島出身の生徒は俺と昇平他数名程度で、ほとんどの生徒は本土からフェリーで通ってきている。
 なんでわざわざこんな不便なところに来るかと言えば、フェリーだけでなく電車の定期代まで補助金で無料なのと、設備が良いからだ。
 地域産業の振興を目的とした県の特別予算がつくせいで水産科の施設は最先端だし、普通科の授業に必要な機材や、部活の器具なども最新の物がそろえられている。
 吹奏楽部には小規模ながら専用の音楽ホールなんてものまであって、この地域では珍しく定員割れすることのない人気校なのだ。
 それに、水産科の関係で屋外と屋内温水プールの両方があり、水泳部は伝統的に強豪として知られていて、全国大会も常連だ。
 美緒はわざわざ電車を乗り継いで片道一時間もかけて通ってきているらしい。
 島を出たことのない俺たちにとって、彼女こそが空から舞い降りてきた天女なのだ。
 昇平は毎朝俺の家まで迎えに来る。
 そして俺たちは港へまわって美緒が乗ったフェリーの到着を待つ。
 吐き出されるように桟橋に出てきた大勢の生徒の中でも彼女の姿はとても目立つ。
「よ、おはよ」と、偶然通りかかったような表情で昇平が声をかける。
「うん、おはよう」
 簡潔にあいさつを交わすと、彼女は水泳部の仲間たちと一緒に高校へ向かってしまう。
 俺と昇平はその後を一定の距離を保ちながらついていく。
 たったこれだけのために、こいつは毎朝早起きをしているのだ。
「アピールだよ、アピール」と、急遽出馬が決まった新人候補みたいにやつが拳を握りしめる。「顔を覚えてもらうのって大事だろ」
「たしかに、その坊主頭は目立つもんな」
 茶化すと、やつは俺の髪をかき混ぜようとする。
 すると、「朝っぱらから何イチャついてんだよ、おまえら」と、まわりの連中に笑われる。
 ここまでが毎朝のお約束だ。
 純情なのか、ヘタレなのか。
 一つだけ言えるのは、一人では声をかけることすらできない昇平のためにつきあわされる俺は授業中眠くてしょうがないってことだ。