葬儀は小さな斎場で執り行われた。三十人程が集まり、そのほとんどが学生だった。サークルのメンバーと、瑞希も学校で見かけたことのある佑のクラスメイト。そして担任教師。彼の家族は、両親だけだった。瑞希はそこで初めて、彼には大学生になる義理の兄がいることを知ったが、その姿はなかった。父親も母親も泣いてはいなかった。父親は実の息子ではないからだろうか。しかし母親は時折目元にハンカチを当てるが、子どもを亡くした母の姿とは思えないほどに落ち着いていた。
 むしろ悲しみに浸っているのは、彼ら以外の人間だった。クラスの友人は多くが男子だったが、誰もが涙を拭い、肩を震わせている。しゃくり上げている者もいる。サークルの面々も目を真っ赤に泣き腫らし、女の子たちは抱き合って泣いていた。
 棺は最後まで開けられなかった。小窓も開かれず、果たして本当に結城佑が中にいるのか、瑞希は疑問にさえ思った。遺体の損傷が大きかったせいだと聞いたが、この期に及んでなにかの冗談だと、もしかしたら彼が壮大なドッキリを自分に対して仕掛けているのではと想像した。今にも背後の扉を開けて彼が現れ、「びっくりした?」なんて笑うのではと思い、何度も後ろを振り返った。
 だが、結城佑は現れなかった。
 読経も焼香も終わり、いよいよという段階で、ようやくこれが現実である実感に至った。
 途端に、津波のような後悔に襲われた。
 素直に感謝の言葉を口にするべきだった。好きだと伝えておくべきだった。一度だけでも、名前を呼べばよかった。
 もう二度と、佑には会えない。
 天真爛漫で、どこか憂いのあるあの笑顔を向けてくれることは、永遠にない。
 今までありがとう、素直になれなくてごめんね、本当は好きなんだよ、佑とこれからも一緒にいたいんだ。
 全ての言葉は、もう届かない。
 月子に呼ばれ、瑞希は控室に向かう集団からふらふらと外れた。廊下の隅には、富士見の姿もあった。彼の頬にも涙の筋が出来ていて、目は真っ赤に充血していた。
「ずっきーには、ゆうゆうのこと、教えるね。ご両親から聞いたこと。知っておいた方がいいと思うから」
 濡れたハンカチを両手で握りしめる月子の声は震えている。
「あの日、お母さんと地元に帰ってたんだって。それで江雲に戻る時、途中で別れたんだって。ゆうゆうが散歩したいって言って。それが八時頃で、二時間後に、橋から飛び降りたって……」
「じゃあ、一昨日の十時には、もう」
「その時間がわかったの、なんでだと思う」
 月子の質問に言葉が詰まる。検死や解剖という単語を口にできなかった。
 だが彼女は、自分の手首を指先でなぞった。
「時計が、水に濡れて止まってたんだ。それが、十時」
 とけい、と繰り返す瑞希の声がかすれる。月子の顔がくしゃりと歪んだ。
「クリスマスに、ずっきーがあげた時計。ゆうゆう、それをつけてたんだって」
 シンプルな文字盤に、ほんのり淡いブルーのバンドの腕時計。偶然とはいえ、佑に渡った瑞希からのプレゼント。
 胸の奥が熱くなる。知らない間に嗚咽が漏れる。
「あのプレゼント交換、本当はつっこさんだけの思い付きじゃないんだ」
 月子に代わり、富士見が説明する。
「あいつが、俺たちに相談したんだ。先輩にプレゼントを渡したいんだけど、なにかきっかけはないかって」
「普通に渡しても、きっと受け取ってもらえないからって。だからあたし、クリスマス会を提案したの」月子がしゃくり上げる。「プレゼント交換なら、きっとずっきーも受け取ってくれるって思って」
「じゃあ、あれは……偶然じゃなくって」
 二人が頷く。
「俺らが、座る位置もあらかじめ決めて、曲の止まるタイミングも、二人のプレゼントが行き交うところを狙って調整してたんだ」
 富士見の唇の端がわなわなと震える。瑞希は思わず両手で口元を覆った。零れる嗚咽が止まらず、ぼろぼろと流れる涙の熱を感じる。
「ずっきーは、プロットを手書きで書くって聞いたから、どうしても渡したいんだって。ゆうゆうは、自分のプレゼントが渡ればいいって言ってた。でもそれじゃ可哀想だから、二人が送り合うようにあたしたちが決めたの。だからゆうゆうは、時計を貰ってあんなに喜んでたんだ」
 もう堪えられない。
「あの子はね、君のことが、本当に大好きだったんだよ」
 それを聞いて、瑞希の中で何かがふつりと切れた。そこの曲がり角から、佑がひょっこり顔を出す。そんなあり得ない希望が切れた瞬間だった。
 声をあげて瑞希は泣いた。その場に膝をつき、わんわんと子どものように泣き声を上げた。どうして、あの言葉を本気にしなかったんだろう。彼の傷を知りながら、なぜ大丈夫だと信じていたんだろう。こんなにも愛してくれていたのに。大切に想ってくれていたのに。
 助けなければ。月子に抱きしめられて泣きながら、決意する。何が何でも、次は必ず彼を助ける。そう心に誓った。