空気の冷たさが徐々に和らぎ、春の訪れを感じる季節となった。三月の真ん中、既に卒業式を終えた日比野が、瑞希と弥生二人きりの教室に遊びに来た。三人は自動販売機でジュースを買い、教室でささやかに乾杯した。
「来年は、新入生入るといいなあ」
「入るといいなじゃないですよ。何とかして入れないと」
 瑞希の前の席で弥生が唇を突き出すが、右横の日比野は呑気に笑っている。
「じゃないと、私たちの次で廃部だもんね」
「そうそう!」大袈裟に首を動かして頷く弥生。「先輩、わかってます? この状況」
「わかってるわかってる。俺の後輩は優秀だから、どうにかしてくれるってのもわかってる」
「もー、卒業してもОBなんだから、他人事じゃないんですよ!」
 今日は二人で、四月に新入部員を勧誘するための策を練っていたところだった。新年度の部活紹介で登壇する際、なんとしても一年生の心を射止めなければならない。瑞希は手元のノートを広げる。
「スピーチの原稿ができるまで、先輩も帰っちゃ駄目ですから。文芸部らしいフレーズ残していってください」
「はいはい。荷が重いけど、いっちょ頑張りますか」
 あーでもないこーでもないと議論を交わし、これまでの案に修正を加えていく。冗談を交え、笑い合いながらも、息の合った三人だ。原稿は次第に形を成していく。
 これが完成しなければいいのに。瑞希はそう思い、他の二人も同じように考えていることを察していた。この一年間、三人きりの文芸部は、いつもこんな感じだった。いつまでも続くように思っていた時間は、もう終わりの時を迎えようとしている。日比野は県外の大学に進学し、瑞希と弥生は進級する。この三人で教室に集まることは二度とない。
 やがて出来上がった原稿を三人で読み終わった時、ちょうどチャイムが鳴った。
「あーあ、終わっちゃったな」
「また来てくださいよ。ていうか今度、三人で遊ぼうよ。先輩に添削してほしいし」
「オッケー。でもBLばっか読まされんのもなあ」
 苦笑する日比野に、弥生はわざとらしく頬を膨らませる。
「違うのも書けますから!」
「じゃあ、私の作品も読んで感想教えてください」
 瑞希が乗っかると、「そんじゃ、俺のも読んでよ」と日比野は言う。
「なんか、それっていつもの部活ですね」
「確かに」瑞希の台詞に、二人が笑った。
 日の暮れかけた教室の窓を手分けして閉め、いざ出ようと各々鞄を手に取る。
「小倉さん、頑張ってくれよ。文芸部がなくなるとか、滅茶苦茶寂しいし」
 日比野は弥生に言うと、次に瑞希の方を向く。
「人数少なくても部長は部長だから。茜さんなら出来るって、信じてるよ」
 不意打ちに、思わず目が潤みそうになる。この人の後を継げて、本当によかった。「はい」弥生と共に頷く。
「ありがとうございました!」
 一年は、もうすぐ終わる。