南浜高校に、瑞希は徒歩で通っていた。時間がない日は自転車を使うが、四季折々の空気を感じながら歩く時間も良いものだ。
江雲市には、浮月川という大きな川が流れている。水面に美しく月が浮かぶ景色は、貴重な観光資源だ。上流にある浮月橋は特に有名で、数年前に映画のロケ地に使われたこともあり、観光名所と化している。
瑞希が学校に向かうために渡る木造の下浮月橋は、全長五十メートルもあり、およそ十メートル下を浮月川が流れている。大人のへその高さほどの欄干からは、穏やかな水面が見て取れる。
今日も約三十分をかけて気分良く辿り着いた学校で、瑞希はぶすっとむくれていた。
原因は結城佑だ。偶然にも同じ高校に入学した彼は、しつこく昼食に誘ってくる。スマートフォンのメッセージを無視している内に、教室にまで乗り込んできそうになったため、仕方なく外のベンチで一緒に弁当を広げることにしたのだ。教室で共に昼休みを過ごす友人の小倉弥生まで、「付き合ってあげなよ」などと余計な口を挟むのには閉口した。
青々と葉の茂るイチョウの木の下にあるベンチで、黙々と弁当を食べる。隣では購買のパンを食べながら、やたら楽しそうに佑が喋り続けている。入学早々、先輩とつき合っているなんて噂を立てられてもこいつは平気なのか。迷惑極まりないと、瑞希はウィンナーを噛みしめた。
「……は?」
無視できない台詞に、思わず変な声が漏れた。彼は何の気ない表情でくり返す。
「一緒に帰りましょーよ」
「いや」
なんで、と笑う顔をうっかり叩きたくなる。
「私、今日部活だし」
「あー、そっかあ。じゃあ待ってる」
「待たなくていい。友だちと帰るし」
そう言われると佑はあっさり引き下がった。流石に、先輩と友人の邪魔をするつもりはないらしい。
「それなら、部活がない日ならいいってこと?」
「誰がそんなこと言ったのよ」
「だって、そういう意味じゃないですか。部活があるから一緒に帰れないんでしょ」
わざとなのか天然なのか。頭が痛くなりそうだ。
「あのね、私はあんたと一緒に帰るつもりがないの」
「毎日なんて言いませんから。たまには一緒に帰りましょうよ」
「なんでそんなに私にこだわるのよ」
「えー、だって」
佑が続ける言葉に、瑞希はうっかりブロッコリーの破片を吹き出しそうになった。
「先輩が好きだから」
彼の瞳には何の迷いもない。愛の告白に対する恥じらいがないのか、そもそも俗に言う告白だと捉えていないのか。
少なからず動転し、一瞬だが頭が真っ白になった瑞希は、きまり悪く視線を逸らす。そして彼は後者だと当てをつけた。
「好きなんだから、一緒にいたいじゃないですかー」
佑の「好きな人」には、恐らく月子や富士見といった人たちも含まれるだろう。サークルのメンバーもクラスの仲良しも、彼は一緒くたに「好き」と表現するに違いない。彼の告白の言葉は、一般の高校生が口にするにはあまりに幼い意味しか持たない。一緒にいたいというだけで、好きだと言い表すのだ。
そうして自分を納得させる瑞希は「小学生か」と小声でぼやいた。「何が?」と興味津々の顔をする佑は無視して、食べ終わった弁当箱を閉じた。
瑞希は佑を待たない。そして、佑は教室に乗り込まない。一方的な約束を取り付けても、彼は二つ返事で了承した。
彼の向こうに校舎から出てくるクラスメイトの姿を見つけ、瑞希は慌てて空の弁当箱を鞄にしまって立ち上がる。いくら事実が違っていても、勘違いされる状況を周囲に見られたくはない。
「そんな急がなくてもいいのに」
のんびりと焼きそばパンを食む彼を残し、瑞希は足早に教室へと向かった。
江雲市には、浮月川という大きな川が流れている。水面に美しく月が浮かぶ景色は、貴重な観光資源だ。上流にある浮月橋は特に有名で、数年前に映画のロケ地に使われたこともあり、観光名所と化している。
瑞希が学校に向かうために渡る木造の下浮月橋は、全長五十メートルもあり、およそ十メートル下を浮月川が流れている。大人のへその高さほどの欄干からは、穏やかな水面が見て取れる。
今日も約三十分をかけて気分良く辿り着いた学校で、瑞希はぶすっとむくれていた。
原因は結城佑だ。偶然にも同じ高校に入学した彼は、しつこく昼食に誘ってくる。スマートフォンのメッセージを無視している内に、教室にまで乗り込んできそうになったため、仕方なく外のベンチで一緒に弁当を広げることにしたのだ。教室で共に昼休みを過ごす友人の小倉弥生まで、「付き合ってあげなよ」などと余計な口を挟むのには閉口した。
青々と葉の茂るイチョウの木の下にあるベンチで、黙々と弁当を食べる。隣では購買のパンを食べながら、やたら楽しそうに佑が喋り続けている。入学早々、先輩とつき合っているなんて噂を立てられてもこいつは平気なのか。迷惑極まりないと、瑞希はウィンナーを噛みしめた。
「……は?」
無視できない台詞に、思わず変な声が漏れた。彼は何の気ない表情でくり返す。
「一緒に帰りましょーよ」
「いや」
なんで、と笑う顔をうっかり叩きたくなる。
「私、今日部活だし」
「あー、そっかあ。じゃあ待ってる」
「待たなくていい。友だちと帰るし」
そう言われると佑はあっさり引き下がった。流石に、先輩と友人の邪魔をするつもりはないらしい。
「それなら、部活がない日ならいいってこと?」
「誰がそんなこと言ったのよ」
「だって、そういう意味じゃないですか。部活があるから一緒に帰れないんでしょ」
わざとなのか天然なのか。頭が痛くなりそうだ。
「あのね、私はあんたと一緒に帰るつもりがないの」
「毎日なんて言いませんから。たまには一緒に帰りましょうよ」
「なんでそんなに私にこだわるのよ」
「えー、だって」
佑が続ける言葉に、瑞希はうっかりブロッコリーの破片を吹き出しそうになった。
「先輩が好きだから」
彼の瞳には何の迷いもない。愛の告白に対する恥じらいがないのか、そもそも俗に言う告白だと捉えていないのか。
少なからず動転し、一瞬だが頭が真っ白になった瑞希は、きまり悪く視線を逸らす。そして彼は後者だと当てをつけた。
「好きなんだから、一緒にいたいじゃないですかー」
佑の「好きな人」には、恐らく月子や富士見といった人たちも含まれるだろう。サークルのメンバーもクラスの仲良しも、彼は一緒くたに「好き」と表現するに違いない。彼の告白の言葉は、一般の高校生が口にするにはあまりに幼い意味しか持たない。一緒にいたいというだけで、好きだと言い表すのだ。
そうして自分を納得させる瑞希は「小学生か」と小声でぼやいた。「何が?」と興味津々の顔をする佑は無視して、食べ終わった弁当箱を閉じた。
瑞希は佑を待たない。そして、佑は教室に乗り込まない。一方的な約束を取り付けても、彼は二つ返事で了承した。
彼の向こうに校舎から出てくるクラスメイトの姿を見つけ、瑞希は慌てて空の弁当箱を鞄にしまって立ち上がる。いくら事実が違っていても、勘違いされる状況を周囲に見られたくはない。
「そんな急がなくてもいいのに」
のんびりと焼きそばパンを食む彼を残し、瑞希は足早に教室へと向かった。