二日後の木曜日、佑は放課後に三十枚の原稿用紙を持ってきた。早い方がいいと思って、と彼は戸口で言った。
 取りあえず教室に入れ、日比野がめくる原稿用紙を、弥生と瑞希が覗き込む。佑は少し離れたところで、物珍しそうに教室内をきょろきょろ見回していた。
「すげえ、三十枚丁度だ」
 ざっと目を通し問題がないことを確認すると、日比野が感心して言った。佑の作品は三十枚目の真ん中で終わっている。数枚の増減は誤差の範囲と伝えていたが、まさかここまできっちり枚数を守るとは三人とも思わなかった。
「結城くん、ほんとに文芸部入る気ない?」
 しかし期待を込めた日比野の台詞に、「いやあ」と佑は曖昧に笑う。「学外で入ってるから、まあいいかなって」
「もったいないなあ」
 部長は心底残念そうな顔をし、「二日で仕上げるとは思わなかった」と素直に心情を吐露した。
「紙じゃなくて、原稿データってある?」
 原稿は、パソコンに打ち込み印刷したものだ。佑は頷く。
「アドレスとか教えてくれたら、あとで送ります……。これ、なんですか」
 近くの机に積まれた小道具を指さすのに、「こら、触るな」と瑞希は叱咤した。「それは演劇部のやつ」佑は慌てて手を引っ込めた。
「大したもんじゃないけど、ジュースでも奢るよ」
「え、ほんとですか?」
 日比野の言葉に、佑が目を輝かせる。
 あっという間に仲良くなった二人は、教室を出ていった。
 瑞希は改めて、机に残された原稿用紙の束をめくる。隣で弥生も同じように文字を目で追っている。ある日突然、触れたものを消す力を得た主人公のSF作品で、よくこの枚数でまとめられたなと、瑞希はうっかり感心してしまった。それも声を掛けられてから二日で持ってくるなんて、ちょっと信じられない。だが、完成品は現にこの手の中にある。
「……なんだかなあ」
 読み終わると、弥生がため息をついて近くの席に腰を落とした。「馬鹿馬鹿しくなっちゃうね」彼女の気持ちは、瑞希も痛いほどよくわかる。
 悔しいのだ。部長が彼を易々と受け入れたことも、圧倒的な実力差を見せつけられたことも、佑が全く偉ぶっていないことも。自分たちだけの部誌というフィールドを蹂躙された気がして、だけど彼の協力を仰ぐ必要があるという事実が納得できないのだ。
「こんな実力差見せつけられたらさ」
「……私も予想外だったけど」
 サークル内では、佑はあまり積極的に活動する方ではない。ふざけたショートショートや川柳を書いて、富士見たちに笑われているのが常だ。イベント時の時代小説が、思いの外まともだった、という感想しかなかった。
「部長もあんな褒めちゃって。あーあ、部活辞めよっかなあ」
「本気で言ってんの?」
「じょーだんだよ、冗談。でもなんだかなあ、しんどいわあ」
 どんなに頑張っても、自分たちは二日でこれほどの作品を仕上げることはできない。早ければ良いというものでもないが、彼の作品は確かな質を伴っている。どんなに頑張っても追いつけない実力を目にした時は、自信を失くしてしまうものだ。弥生の言うように、しんどくなるのだ。
 誰も責めるわけにはいかない。けれど、気分が沈んでしまうのは、どうしても止められなかった。