カーテンの隙間から柔らかな陽光が差し込み、僕の頬を撫でた。

 朝だ。この陽気だと、どうやら今日は冬日ではないらしい。

「あー、あっぢぃ」

 かけていた羽毛布団を払い除け、のそのそとベットから這い出る。

 一人暮らしの部屋に、枕が二つ。僕はその誰の物かも分からない枕を横目で見て、窓を開いた。

 ふわりと、温かな風が部屋の空気をかき混ぜる。カーテンが踊るように波打っていた。

 今日は春日だ。部屋の中が、春の香りで満たされていく。

 僕は汗で湿った厚めの寝巻きを脱ぎ、洗濯カゴの中に投げ入れた。

 四季がめちゃくちゃになっているというのが、この世界のやっかいな所だ。そのせいか、この世界には暦がない。ただ、朝と夜を繰り返しているだけだ。

 前日の夜が凍えるような冬日だったかと思えば、次の日には燃えるような夏日だったなんてことが、この世界ではよく起こる。

 どういうわけかこの世界では昼と夜で四季が変わるのだ。お陰で、長い時間外にいる日には服を複数用意しておく必要がある。

 これらの現象には特に深い意味などなく、星の骸の趣味なのかもしれない。そう思うと、なんだか少しだけ腹が立つ。

 シャワーで汗を洗い流し、洗面台で体を拭く。その時に、嫌でも視界に入ってしまう。洗面台に二人分のコップが置かれていた。僕がいつも使っている青色のコップと、誰の物か分からない白いコップだ。それ以外にも、この部屋には身に覚えのない物が沢山ある。ベッドにある二つの枕。コップとセットになっている歯ブラシ。使ったことのない化粧棚にコスメ。タンスの中には女物の服まである。

 友人をこの部屋に招こう物なら、僕はとんでもない勘違いをされてしまうかもしれない。女装が趣味だと言われても弁明できない。

 そのくらいこの部屋には何者かの痕跡があった。かつて僕が誰かと一緒に暮らしていたという、確かな痕跡が残っている。

 捨てようと思えばいくらでも捨てることが出来た。特に女性用の物なんて使う機会がない。それに得体の知れない何かが部屋にあるなんて気味悪いと思うのが普通だろう。だが、どうしても捨てられなかった。それが記憶の奥底にある彼女の物であると本能的に分かっているからだ。

 これらの家具一つ一つに、きっとそれぞれの物語があったのだ。僕はもう、全てを忘れてしまっているけれど。

 心地良い風に運ばれて、桜の花びらが窓から入ってくる。僕のものではない枕に落ちたその桜を眺めて、どうしようもない孤独を感じた。

 今日も一人この部屋で暮らしていく。彼女が残していった物を見るたびに、胸が締め付けられた。