目覚めるとそこは、あの遊園地だった。

 僕はあのクレープ屋の前に立って、ヴァイキングをぼんやりと眺めていた。

 ヴァイキングは安全に稼働している。大きな船が、空を泳ぐようにして揺れていた。

 僕はこの最後の一日を、月野と幸せに過ごす。その、はずだった。でも、ヴァイキングの真下。月野がいたはずのその場所に、彼女の姿は無かった。車椅子もない。

 なんで? どうして?

 僕は命の全てを使って、星の骸に願ったんだ。あの事故を無くしてくれって。なのに、月野がいない。

 気付いた時には、ボロボロと泣いていた。

 僕は最後に、彼女を抱きしめられなかったんだ。約束したのに、最後まで月野と一緒にいられなかった。

 そのことが、悔しかった。悲しかった。

 目頭を覆って泣きじゃくっていると、背後からとんとん、と肩を叩かれた。

 こんな時に誰だよ。

 そう思う間もなく、そいつは僕の口にクレープを突っ込んだ。

「何泣いてるんですか」

「あははっ」と笑いながら彼女は僕の前に立っていた。

 その笑い声を、忘れるわけがない。その笑顔を、見間違えるわけがない。月野が、クレープを持って僕の前にいる。

「どうして」

 月野が生きている。そのことが信じられないくらい嬉しい。

 でも、疑問が一つだけあった。

 どうして、月野は車椅子に乗っていないのだろう。

 なんで彼女は、健康そのもので、にまにまと楽しそうに笑っているのだろう。

 月野の病気は、いったいどうなったんだ。

「私も、星の骸に願ったんですよ。病気を治してくださいって」

「でも、君には願うだけの寿命がないじゃないか」

 言いながら、僕は自分の勘違いに気付いた。

「いや、違うのか」

「はい。そうですよ。サンタさんが、私を生き返らせてくれたからです」

 ユートピア・ワンダーワールドが消えた後、月野はヴァイキングの前で意識を取り戻した。自分が生きている事実に気付いて、僕が命を使ったことを悟ったという。

 そんな彼女の前に、星の骸が立っていた。
 
「そうしたら私にだって、願いを一つ叶えるだけの寿命は残っています」

 月野はその寿命を使って、星の骸に願ったのだ。病気を治してください、と。

 僕と一緒に夢を叶えるために、彼女は命の全てを使って病気を無くしたんだ。

「言ったじゃないですか。今日が人生で一番幸せな日になると思うって」

 僕は思わず、彼女を抱きしめてしまった。

「ああ、確かに、僕は今が人生で一番幸せだよ」 

「奇遇ですね。私も、今この瞬間が一番幸せです」

 月野は右手に持ったクレープを美味しそうに頬張った。

「約束、守ってくれましたね」

「約束?」

「最後の瞬間まで、一緒にいてくれるってやつです」

 ああ、確かにそうだ。

 僕達は、今から二十四時間後に仲良く消える。その時が僕達の命の終わりだ。

 でも、それで幸せだ。

 それから月野は、僕の手を引いてヴァイキングの前まで連れて行った。

「さあ、最後の夢を叶えましょう」

「うん。そうしようか」

 そうして僕達はヴァイキングのゲートを潜った。