アルバイトの休憩中、僕はバックヤードでタバコを吸っていた。オンボロの換気扇が肉と野菜を混ぜ合わせたような嫌な匂いを吐き出している。僕はバックヤードの端まで歩き、腐りかけのベンチに腰掛けた。座った瞬間、歩き疲れた足と腰が安堵の声を上げる。

 たかだかファミリーレストランの仕事だが、何時間も立って歩いていたら疲れる。でも、やることは単純だ。客が来たら案内して、注文を聞いて、料理ができたら運んでいく。その繰り返し。

 まるで僕の人生みたいだな、と思う。

 朝起きて、飯食って、大学行って、バイトして寝る。永遠に、無限に、それが続いていく。代わり映えのしない日々だ。これからきっと、僕の人生はこんな風に続いていくのだろう。いく場所が職場に変わって、同じような毎日を過ごしていくのだ。

 そう思うと、嫌になる。うんざりする。

 振り返ってみても、僕の人生は空っぽだった。親に言われた通りの高校に行き、彼らが望む部活動に入部した。大学も、両親が期待したところに進学した。

 このアルバイトだって、社会経験を積んだ方がいいという両親の助言に従って初めたものだ。別に、遊ぶ金が欲しいわけじゃない。言われるがままに、僕はこれまでの人生を歩んできた。

 僕のような人間を空っぽな人間と呼ぶのだろう。友達もいなけりゃ恋人もいない。信念もない。ただ息を吸って吐いているだけの、カスみたいな存在。

 そんな生き方をしていたからかもしれない。僕は自分と同じ匂いをした人間のことが分かるようになっていた。

 タバコの煙を吐き出しながら、僕はスマホを開く。YouTubeのアイコンをタップして、画面をスクロールしていく。

 退屈な毎日に、少しでも刺激が欲しかった。そしてその動画は、僕の目に刺激的に映った。そこには小学校高学年くらいの少女が映っている。彼女は作り物めいた笑顔を顔に張り付けて、電動シャボン玉セットの商品紹介をしていた。

 その女の子の右目は、宝石のように青く美しい。

 どうしてこんな動画が刺激的に見えるのかって、そりゃあ――――

 その時、僕は完全に油断していた。彼女は今バイトの真っ最中なのだから、バックヤードに来ることはないだろうと思っていたからだ。

「何を、見ているんですか?」

 上から降ってきた声に顔をあげると、そこには彼女がいた。

「あ」と思わず声を出してしまう。

 彼女はどうやら、バックヤードに足りなくなった食材を取りに来たらしい。そこで、僕が動画を見ているのを見つけてしまった。

 彼女の名前は、月野ユキ。年齢は確か僕の一個下で、今は高校三年生だったはず。特徴的な髪型の女の子だ。長い前髪を右側に流して、右目を隠している。

 僕は一度視線を落とし、画面の中の女の子と月野とを見比べてみる。

 やっぱり、似ている。というより、動画の女の子は月野ユキそのものだ。多少の違いはあるが、それは動画の女の子が幼いためにそう思うだけだ。

 動画の女の子と違って、今の月野は眉間に深い谷を作っているけれど。

 月野ユキが出演しているチャンネルは、一言で言えば売れていた。登録者数は百五十万人を突破しており、かなりの収入があったのだろう。だが、そのチャンネルは数年前に更新がパタリと止まったまま、動く気配がない。

「それ、どこで見つけたんですか?」

 彼女の反応からして、やはりこの動画の女の子は月野ユキで間違いないのだろう。

「たまたまだよ」

 その言葉に嘘は無かった。一週間ほど前。本当に偶然、YouTubeのおすすめ動画に出てきたのだ。

「それで? この動画を見て何をする気だったんですか? まさか、弱みでも握ったつもりですか? 悪いですけど、お金なら有りませんよ」

 マシンガンのように話す彼女に「違う違う」と両手をあげて弁明する。

「凄いな、と思っただけだよ」

 これは真っ赤な嘘だ。別に、彼女のことを凄いなどと思っているわけじゃない。でも、この場ではそう言っておくのがベストだと思った。

 正直に言えば、月野ユキが僕と同じ匂いをしていたから、というのが正解だ。彼女は僕と同じで、持たざる者の香りを纏っていた。それは、動画の中の彼女も同じだった。

 ほんのりと垣間見える月野ユキの闇の部分が、僕の好奇心をくすぐった。それが僕に刺激的に映った。

 僕の嘘を、月野は目を細めて悲しそうに聞いている。

「ああ、そんなくだらないことを思っていたんですね」

 はあ、とため息をついてから彼女は続けた。

「でもそれは、大きな間違いですよ」

 全てを諦めたように「ふっ」と笑う彼女の横顔は、とても美しく見える。なんだかその横顔が、僕の目に焼き付いて離れてくれなかった。

「じゃ、私は行きますから」

 彼女はそう言葉を残して、キッチンの中へ消えていった。彼女はもう一度、スマホに視線を落とす。画面の中の月野は、辛そうに笑っていた。笑うことを強要されたような、仮面のような笑みだ。

 その笑顔を見てやっぱり僕と同じだな、と思った。