家に帰るまでの間、僕達は無言だった。
あれから数分間、僕達は蝉の抜け殻みたいにあの場に崩れていた。だが、あの格好のままいつまでもいられないことは誰にでも分かる。
仕方なく立ち上がり、家に向かって歩き出した。頭の中は混乱している。混乱しすぎて、一周回ってクリアに感じてしまうくらいだ。
とにかく、家に着いた僕はソファに沈み込み、月野はベッドに倒れた。その頃にはもう、案外冷静になっていたのかもしれない。
「なあ月野」
最初に沈黙を破ったのは僕だった。
「なんですか?」
「あれは本当なのか?」
それからまたしばらく、月野は黙り込む。
「…………本当ですよ」
「そうか」
「ええ。私は明日、死にます」
感情を押し殺した機械のような声で月野は喋っている。それが余計僕の胸を締め付けた。
「良かったですね。これで貴方の願いはようやく叶うんです」
今度は、僕が黙る番だった。彼女のそのセリフに返す言葉が見つからない。
そっか。そうだよな。僕は元々、この世界を壊したくて月野と行動を共にするようになったんだ。
僕が言葉を探していると、月野が続けて喋り出した。
「その、嘘をついていてすみませんでした。あの、意味不明な命令のことです」
月野の説明によると、あの指令のページのてっぺんに記入されていた[ユートピア・ワンダーワールドの壊し方]という一文は、彼女が後から付け足したものだという。
つまりあれは、何の意味もない行動だったというわけだ。
「ああ、やっぱりそうだったのか。じゃあ、なんであんな行動をとったんだよ」
ずっと、気になっていたんだ。あの指令にはどんな意味があるのだろうって。
「それはもうサンタさんは分かってると思いますよ。サンタさん、初めて会った時に言い当てていましたから」
「初めて会った時?」
「ええ、そうです」
あの海辺での会話の時だろうか。あの時、僕は既に正解していたのか。なんだろうと記憶を探り、思い出した。
「あれか。『何だよそれ。人肌恋しいのか?』ってやつか」
月野が、僕に条件を突き付けてきた時のやり取りだ。彼女は僕に、自分を好きになれと命令してきた。それに対しての返答が、それだ。
「あー……正解です」
月野は恥ずかしそうにもぞもぞとベッドの上で動き、僕に背を向けた。
「あの時、私焦っちゃって。いきなりサンタさんのことノートで殴っちゃったんですよね」
今思えば馬鹿な話ですと、と月野はけらけらと笑う。確かに、いきなりノートの端で殴られた覚えがある。
あの頃の自分に会えるんなら言ってやりたい。この世界に絶望しきっていた僕に、教えてやりたい。
お前の未来は、案外悪くないぞって。
そんなことを思いながら、月野を見た。
彼女が明日にはいなくなってしまうなんて、言われていても信じられない。信じたくない。
月野は僕の中に、かけがえのない宝物を届けてくれた。これからきっと、その宝物は埃を被って古びていくんだろうけれど。
そのことが、どうしようもないくらい僕の胸を締め付ける。
「ちなみに、人肌恋しかった君がなんであんな命令を出したのか聞いていい?」
「あははっ。それまで言わせるんですか。恥ずかしいなあ」
彼女はもう一度寝返りを打った。そして、僕の方に顔を向ける。
こうして、僕達の答え合わせが始まった。
「まず、客観的な事実から説明しましょうか」
彼女は例のノートを取り出して、僕に渡した。
「その最後のページを開いてください」
言われた通りにすると、そこには[残り十八時間]という文字が刻まれていた。
「そのページの上の方を見てください。説明文が書いてあるでしょう?」
「ああ、そうだな」
そこにはこのノートの保有者の寿命と書かれている。その下に何やら長ったらしい説明文が書いてあるが、簡単にまとめるとこんな感じだ。
ここにはノートの保有者の残り寿命が刻まれている。その数字が尽きた時、この世界は壊れる。
「だから、私はあと十八時間とちょっとで本当に死にます」
「そっか……そうなのか」
「ええ、残念ながら」
「月野はさ、なんでこのノートを持ってるの? どうして、寿命がこの世界とリンクしているのか、君は分かってるの?」
僕の質問に、彼女は一度黙った。それから「簡単な話です」と続ける。
「恐らく、このノートの作者は私なんですよ。記憶はほとんど有りませんが、ノートに何かを書き殴っていたような覚えがあります。そして、恐らく願ったんでしょうね」
だから、後から書き足した文の筆跡も同じだったのだ。
「星の骸にってことかな?」
「ええ、ここら辺は憶測の域を出ませんが、間違いないでしょう。そうとしか考えられません」
つまり、彼女はこの世界を考えて、星の骸に願った張本人だということか。彼女が死ななければならない理由は、星の骸に願った寿命が尽きてしまうから。
確かに、そうとしか考えられない。
「そういえば私、嘘をかましてましたよね」と月野は再びクスクス笑う。
「ああ、あれだろ。窓ガラスを壊して回った夜」
「ええ、その日のことです」
あの時僕は既に月野がノートの作者なんじゃないかと疑っていた。その際に思いっきり僕は騙されていたのだ。
『私はこの世界を壊そうとしているんですよ? 五十年も寿命をかけてこの世界を作った人間が、そんなことをすると思いますか?』
だったか。
「初めから私は、この世界を壊そうなんて思ってなかったってことです。この世界を壊すために私が死ぬと説明していましたが、本当は逆です。私が死ぬからこの世界が滅びるんです。最低の後出しジャンケンですよね。ごめんなさい」
「そうなんだ。そういうことだったのか」
「ええ、そうなんです」
それから月野は「あー」と、恥ずかしそうなうめき声をあげる。
「それじゃあ、人肌恋しかった私が、どうして嘘をついたのか、お話しますね」
本当は悟って欲しかったんですけどね、お馬鹿さん。と、彼女のあの日のことを、僕と月野のが初めて会った日のことを話し始めた。
あれから数分間、僕達は蝉の抜け殻みたいにあの場に崩れていた。だが、あの格好のままいつまでもいられないことは誰にでも分かる。
仕方なく立ち上がり、家に向かって歩き出した。頭の中は混乱している。混乱しすぎて、一周回ってクリアに感じてしまうくらいだ。
とにかく、家に着いた僕はソファに沈み込み、月野はベッドに倒れた。その頃にはもう、案外冷静になっていたのかもしれない。
「なあ月野」
最初に沈黙を破ったのは僕だった。
「なんですか?」
「あれは本当なのか?」
それからまたしばらく、月野は黙り込む。
「…………本当ですよ」
「そうか」
「ええ。私は明日、死にます」
感情を押し殺した機械のような声で月野は喋っている。それが余計僕の胸を締め付けた。
「良かったですね。これで貴方の願いはようやく叶うんです」
今度は、僕が黙る番だった。彼女のそのセリフに返す言葉が見つからない。
そっか。そうだよな。僕は元々、この世界を壊したくて月野と行動を共にするようになったんだ。
僕が言葉を探していると、月野が続けて喋り出した。
「その、嘘をついていてすみませんでした。あの、意味不明な命令のことです」
月野の説明によると、あの指令のページのてっぺんに記入されていた[ユートピア・ワンダーワールドの壊し方]という一文は、彼女が後から付け足したものだという。
つまりあれは、何の意味もない行動だったというわけだ。
「ああ、やっぱりそうだったのか。じゃあ、なんであんな行動をとったんだよ」
ずっと、気になっていたんだ。あの指令にはどんな意味があるのだろうって。
「それはもうサンタさんは分かってると思いますよ。サンタさん、初めて会った時に言い当てていましたから」
「初めて会った時?」
「ええ、そうです」
あの海辺での会話の時だろうか。あの時、僕は既に正解していたのか。なんだろうと記憶を探り、思い出した。
「あれか。『何だよそれ。人肌恋しいのか?』ってやつか」
月野が、僕に条件を突き付けてきた時のやり取りだ。彼女は僕に、自分を好きになれと命令してきた。それに対しての返答が、それだ。
「あー……正解です」
月野は恥ずかしそうにもぞもぞとベッドの上で動き、僕に背を向けた。
「あの時、私焦っちゃって。いきなりサンタさんのことノートで殴っちゃったんですよね」
今思えば馬鹿な話ですと、と月野はけらけらと笑う。確かに、いきなりノートの端で殴られた覚えがある。
あの頃の自分に会えるんなら言ってやりたい。この世界に絶望しきっていた僕に、教えてやりたい。
お前の未来は、案外悪くないぞって。
そんなことを思いながら、月野を見た。
彼女が明日にはいなくなってしまうなんて、言われていても信じられない。信じたくない。
月野は僕の中に、かけがえのない宝物を届けてくれた。これからきっと、その宝物は埃を被って古びていくんだろうけれど。
そのことが、どうしようもないくらい僕の胸を締め付ける。
「ちなみに、人肌恋しかった君がなんであんな命令を出したのか聞いていい?」
「あははっ。それまで言わせるんですか。恥ずかしいなあ」
彼女はもう一度寝返りを打った。そして、僕の方に顔を向ける。
こうして、僕達の答え合わせが始まった。
「まず、客観的な事実から説明しましょうか」
彼女は例のノートを取り出して、僕に渡した。
「その最後のページを開いてください」
言われた通りにすると、そこには[残り十八時間]という文字が刻まれていた。
「そのページの上の方を見てください。説明文が書いてあるでしょう?」
「ああ、そうだな」
そこにはこのノートの保有者の寿命と書かれている。その下に何やら長ったらしい説明文が書いてあるが、簡単にまとめるとこんな感じだ。
ここにはノートの保有者の残り寿命が刻まれている。その数字が尽きた時、この世界は壊れる。
「だから、私はあと十八時間とちょっとで本当に死にます」
「そっか……そうなのか」
「ええ、残念ながら」
「月野はさ、なんでこのノートを持ってるの? どうして、寿命がこの世界とリンクしているのか、君は分かってるの?」
僕の質問に、彼女は一度黙った。それから「簡単な話です」と続ける。
「恐らく、このノートの作者は私なんですよ。記憶はほとんど有りませんが、ノートに何かを書き殴っていたような覚えがあります。そして、恐らく願ったんでしょうね」
だから、後から書き足した文の筆跡も同じだったのだ。
「星の骸にってことかな?」
「ええ、ここら辺は憶測の域を出ませんが、間違いないでしょう。そうとしか考えられません」
つまり、彼女はこの世界を考えて、星の骸に願った張本人だということか。彼女が死ななければならない理由は、星の骸に願った寿命が尽きてしまうから。
確かに、そうとしか考えられない。
「そういえば私、嘘をかましてましたよね」と月野は再びクスクス笑う。
「ああ、あれだろ。窓ガラスを壊して回った夜」
「ええ、その日のことです」
あの時僕は既に月野がノートの作者なんじゃないかと疑っていた。その際に思いっきり僕は騙されていたのだ。
『私はこの世界を壊そうとしているんですよ? 五十年も寿命をかけてこの世界を作った人間が、そんなことをすると思いますか?』
だったか。
「初めから私は、この世界を壊そうなんて思ってなかったってことです。この世界を壊すために私が死ぬと説明していましたが、本当は逆です。私が死ぬからこの世界が滅びるんです。最低の後出しジャンケンですよね。ごめんなさい」
「そうなんだ。そういうことだったのか」
「ええ、そうなんです」
それから月野は「あー」と、恥ずかしそうなうめき声をあげる。
「それじゃあ、人肌恋しかった私が、どうして嘘をついたのか、お話しますね」
本当は悟って欲しかったんですけどね、お馬鹿さん。と、彼女のあの日のことを、僕と月野のが初めて会った日のことを話し始めた。