「そこから先は、想像に任せるよ」

 常田は語り終えてから、煙草を吸った。

「それは有り触れた悲劇にすぎない。当人にとっては辛いが、それ以外の奴が聞いたところで大した感情は抱かないからな」

 それから先の話を、彼は本当に話さなかった。つまり、噂通りの出来事が起きたのだろう。半年ほど前、人魚は人の手によって捕らえられた。

 もう言うことはないと思ったのか、彼は僕の肩を揺すって起こした。隣に眠る月野のことも同様にして起こす。

「あ、どうやらぐっすりと眠ってしまったようです」

 月野はわざとしらしく眠たそうに左目を擦ってから、伸びをした。僕も彼女を真似て素晴らしい演技をしたが、大根っぷりに磨きがかかっただけだ。

 ふわぁ、とあくびをしてから、月野は言った。

「一つ、夢を見ていました。そこで改めて思ったことがあります。やっぱり、この世界は終わってます。ユートピアを謳うくらいなら、もっと完璧で全員が幸せになれる理想郷を作れって思います」

 彼女の言葉に、常田は笑った。

「そうだな。その通りだと思う」

「ええ、その通りですよ。人魚を水族館に幽閉している世界が、正しいわけがない」

 僕達はそんな風にこの世界に対する悪口を言い合いながら、喫煙者から出た。

 常田は煙草の箱を胸ポケットにしまいながら呟く。

「人魚が水槽の中に閉じ込められてるっていうのに、この世界の連中は何にも疑問を抱いていない」

 彼はギュッと右の拳を握り締める。

「せめて、誰か一人でもいい。一人でもいいから、あの人魚を救――――」

 そこまで言いかけた時だ。僕達の後方から、声が聞こえてきた。

「あの人魚さん。可哀想だったな」

 それは小さな男の子の声だった。彼は友達と二人並んで、指を咥えながら人魚エリアから歩いてきた。

「いつか、助け出してあげたいね」

 そんな彼らの姿を常田は黙って見ていた。彼の背中は、なんだか少し、震えている。僕は彼の隣まで歩いていって、口を開いた。

「もしかするとだ。本当に、もしかしたらの話だ」

 そう前置きして、僕は続けた。

「この世界は何らかの理由で僕達にだけ冷たいのかもしれない」

 僕は月野と常田を交互に見た。この世界の住人で僕は彼ら以外に理不尽な目にあった人を知らないからだ。

「そうなると、だ。人魚はいずれ誰かが救い出してくれるんじゃないか?」

 そう言って、僕は先ほどの少年達を見た。

「人魚を救いたいと願ってる人がいる限りさ」

「ああ、確かにそうかもな」

 常田は震える声で続けた。

「ここはユートピア・ワンダーワールドだ。奇跡の一つや二つくらいないとつまらないもんな」

 彼はどこかの誰かが言っていたような言葉を吐いた。