ずっと、待ち続けている人がいる。

 顔も名前も、声も体温も、笑い方も、何もかもを忘れてしまった女の子のことだ。でも、彼女の存在を忘れたことは一度もない。

 よく、向こうの世界にいた時の夢を見る。

 真っ白な部屋で、彼女は一心不乱に何かを書き綴っていた。彼女の顔が見たい。彼女の笑顔も泣き顔も、怒った顔だって、全てをこの目に焼き付けたい。でも、どれだけ記憶を振り絞っても、彼女の顔には濃い靄がかかってしまい、その表情を確認することは出来なかった。

 彼女は間違いなく、僕にとって大切な人だった。決して手放してはいけない存在だった。いつから僕と彼女は離れ離れになってしまったのだろう。

 この世界に来る前の出来事が、どうしても思い出せない。何か決定的な事件が僕と彼女の間に起こった。そのことだけは覚えている。その事件が、僕と彼女を引き裂いてしまったのだ。

 いつから僕はこの場所にいるのだろう。どれだけの間、僕はこの世界に迷い込んでいるのだろう。

 この理想的で不思議な、最低の世界に。