これはまだ、ジンとカーズがまた現実世界にいた頃からの話……。

某高校、体育、剣道の時間。

「いくぞ、和(かず)」

「来いよ、仁(じん)」

二人の竹刀が素早く動く。

面、胴、小手、互いに攻めては防ぎ防いでは攻める。

「あいつらすげえよな……」

「ああ……いつも勝負つかねえしな」

周りの生徒も二人の試合を、じっくりと眺めている。

「そ、そこまで!」

このままでは勝負がつかないと感じた教師が止めに入る。

二人はすぐに静止すると、距離を取り礼をする。そして面を取る。

「さすがだな、和」

「お前もな、仁」

二人は近づきなおし握手をする。

それを見て拍手が起こる。が、一部の生徒はつまらなそうに眺めていた。



授業。

「では、仁。この問題を答えなさい」

「はい」

仁は黒板の前に立つと、ささっと問題を解く。

「うん。さすがだ」

先生は笑顔で返す。が――。

「では次の問題は……和」

和は無言で立ち上がると、同じく問題を解く。

「うむ……正解だ」

仁の時とは違い、あからさまに残念そうな表情をする教師。

「ちっ……」

それに気づきこちらもあからさまに舌打ちをする和。

仁はそれを悲しそうに見ていた。



とある日の昼休み。

仁と和は屋上で話し合っていた。

「和……。お前なあ。もう少し態度をどうにかしたほうがいいぞ」

「仁。その話はするなとこの前言ったぞ」

「だが――」

言う前に、和が仁の胸倉をつかむ。

「俺が全て悪いのか? あからさまに態度を変える教師。他のクズ生徒。奴らは悪くないと?」

「そうは言っていない!」

仁が和を引きはがす。その衝撃で和は金網にぶつかった。

「あ、悪い……」

「ふん……」

和は気にせずにその場を去っていく。

仁はただそれを見ていることしかできなかった。



その日の放課後。

「和?」

昼のことを改めて謝ろうとした仁だったが、既に席に和の姿はない。

(もう帰ったのか?)

仕方なく自分も帰ろうとした時だった。

「仁、和なら昼にお前がいないときに絡まれてたぜ。今頃、体育館裏にでもいるんじゃないか?」

「っ!? 何故止めない!」

「いや、だって――」

聞く前に仁は走り出していた。



体育館裏にたどり着くとそこは大変な状況だった。

倒れ伏す不良たち。その中央で今まさに、和が不良のリーダーに拳を叩きいれた。

「がはっ……」

倒れ崩れる不良リーダー。

和は傷だらけながらも、そこに立つ。

「和!」

仁は慌てて駆け寄ろうとする。だがそれを和の睨みが止めた。

「なあ、仁。今回も俺が悪いと言うつもりか?」

「っ……」

「ああ。俺も悪いだろうさ。だがどうすればいい、俺は! こいつらにただやられろと言うのか!?」

和が仁の胸倉を掴み上げる。

「俺はやられて終わるつもりはない……。たとえ俺が悪いと言われようともな!」

和は仁を壁に押しのけるとそのまま去っていく。

「和……」

昼休みと同じく、仁はその背を見送ることしかできなかった。



―病院―

とある病室のドアを開け、和は入っていく。

そのドアの音に反応して、少女がベッドから起き上がった。

「お兄様!」

少女は微かにせき込みながら、兄である和を呼ぶ。

「ああ。雫、無理はするな」

和は学校では見せない笑顔で妹『雫(しずく)』に声を掛ける。

「だって、久しぶりですもの。お兄様に会うのは。ただ……」

雫は顔を曇らせる。

「お兄様。ケンカはダメですよ?」

「っ……。ああ」

妹に注意されるとさすがに和も言い返せない。

「わかってる。次から気を付ける」

そう言った和を雫は心配そうに見つめる。

だが兄が言う以上、それ以上は言うのをやめた。

二人はそれから他愛のない話を続ける。喧嘩で荒んだ和の心もその時だけは落ち着きを取り戻していた。



それから数日、一時の平穏が訪れた。

先生による咎めはあったものの、和、不良たちともにその時はそれで済んでいた。

(これで収まってくれれば……)

仁は様子を見ながらそう思った。

だが事件は数日後に起こった――。



「お兄様とこうして外に出るのは久しぶりです」

「ああ、そうだな」

その日、和は雫の車いすを押しながら散歩に出ていた。

雫の体調が良かったこと、気候もよく、雫自身が外に出たがったためだ。

だがその途中だった。

「……ん、電話か。雫、ちょっと待っててくれ」

「わかりましたわ」

車いすにブレーキを掛けると、和は少し離れ通話を始める。

その時だった。

「きゃっ!?」

何者かが車いすを勝手に押し進み始める。

何者かは近くの公園に入る。そこには……。

「ほ~う。こんな可愛い子があの和の妹とはねえ」

「あ、あなたたちは……?」

そこにいたのは和にやられた不良たち。

「あんたには悪いが、和の野郎をぶちのめすため。おとなしくしててもらうぜ」

「あなたたち……。お兄様とケンカした人たちね?」

兄が好きな故か、それとも性格か。雫は不良たちを必死に睨みつけた。

「お兄様になんの恨みがあってケンカしているのかは知りませんが、わたしを人質に取るつもりですか。恥を知りなさい!」

雫の発言に不良の数人が怒り始める。

不良リーダーはそれを制止しようとして――。

「嬢ちゃん。俺らを前にそこまで言う度胸は褒めてやる。だがな……」

不良リーダーは制止をやめた。

制止をやめた不良たちが雫に近づき始める。

「や、やめなさい。近づかないで――」


きゃああっ!


「雫!?」

電話がちょうど終わった和のもとに聞こえる妹の悲鳴。

和はすぐに聞こえた方向へ走り出す。

(あの電話……)

和の電話の相手は、いかにも変えた声で『妹に聞かれたくないこと』により和を釣っていた。

(まさか……)

考え終わるより前に和は公園につく。そこには倒れ伏す妹、雫。

「よう、和。遅かったな」

「貴様ら……」

和は雫を抱えると、すぐに電話を取る。

「……仁か? 悪いが病院の先生を連れて〇×公園に来てくれ」

『なに? おい。どうし――』

和は電話を切り、雫を公園の隅に座りかけさせた。

「お前ら……。雫に手出して、生きて帰れると思うなよ」



わずか数分後だった。仁と病院の先生が現れたのは。

だがそこは既に、たくさんの不良が山を築き上げていた。

そこには疲れか、相打ちか、和も倒れていた。



「……っ。ここは」

「和、目が覚めたか」

病室に和は寝かされていた。

「お前、やられたのかやり過ぎたのか知らないが、おまえ自身がボロボロだったんだぞ」

「……」

和はそっぽを向くが、すぐに向き直り訊いた。

「俺はどれぐらい寝てた?」

「丸一日だ」

「そうか」

和は仁から顔を背ける。しばらく沈黙が訪れた。

「……和。大事なことを聞いて――」

「……雫はどうした」

仁が話すのを遮り和が訊いた。

「……っ」

仁が話すのを躊躇う。

「……どうしたか聞いている」

「雫ちゃんの状態のことは……」

和はただ頷いた。

「奴らのせいで雫ちゃんは……。そしてそれを苦しんで昨晩……」

「そうか……」

和はあまりにも落ち着いている。

「怒らないのか?」

「お前に怒ってどうなる」

和の様子に、仁は逆に不安になった。

嵐の前の静けさ、着火直前の爆弾。そのような状態ではないかと。

しかしその心配をよそに何もない時が進んだ。そんな時それは突然訪れた。

「なんだここは……」

「まるでフィクションの異世界のようだね……」

仁と和はある日、異世界エイナールへと飛ばされていた。


飛ばされて数日。二人はただ異世界を生きるために必死だった。元の世界のことを考える余裕はないほどに。

ある程度慣れたころには、二人は今いる世界について調べ始める。元の世界と何かつながりがないかを。

そして気づけば数年――。

「和」

「『ジン』、忘れたのか。この世界では俺は『カーズ』だ」

「そうだったな」

「いい加減慣れろ」

二人は旅をしながら変わらず世界を調べていた。

「今日の食事当番は私だったね。買出しに行くがリクエストは?」

「好きにしろ」

友のいつもと変わらない返事に、苦笑いしながらジンは部屋を出ていく。

カーズは一人残された部屋で本を読みはじめた……が。

「ふ~ん、なかなかの憎しみね」

「っ!? 誰だ、女!」

部屋にはいつの間にか一人の少女が立っていた。

「私? 名乗るほどの者じゃありません」

「……」

カーズは少女を睨みつける。

「恐い顔。だけどその憎しみを向けたい相手が他にいるんじゃないかしら?」

「……女。何を知っている?」

「知りはしないわ。ただその憎しみに用があるってところかしら?」

そう言うと、少女は一冊の本をカーズに差し出した。

「あなたはその本に書いてあることを実行すればいいわ」

カーズはその本をパラパラとめくる。軽くめくっただけだが彼は自分が欲しかった情報に驚いた。

「どう?」

「俺にこれをさせて貴様になんの得がある?」

なにか裏があるのかとカーズは考える。

「それをやるのには得はないわ。ただ――」

少女は一拍間を置いた。

「――将来、それを止めに来る者が現れるわ。貴方はそれを倒してくれればいい」

「……」

二人が沈黙する。だがカーズが先に口を開いた。

「いいだろう。見知らぬ奴の思惑に乗るのは気に入らんがな」

「そう。よかった。じゃあね」

少女は消えていく。それとほぼ同時だった。ジンが帰ってきたのは。

「何か話し声がした気が……」

「空耳だ」

カーズは既に少女から受け取った本をしまっていた。


次の日のことだった。

「ジン。しばらく別行動をしないか」

「急だな?」

「野郎二人きりに飽きただけだ」

「おいおい」

しかし、なんだかんだ話した結果、一時的に別れようという結果になった。

「じゃあな、カズ気をつけろよ」

「カーズだ」

二人はそれぞれの道へ歩き出した。これが決定的な亀裂になるとジンは知らずに。

ジンがカーズの計画を知ったのはそれからしばらく後のことであった……。