「さて、リヴェル。」

突然呼ばれ、リヴェルは昔通り返事をする。

「はい」

「いやそこは『ああ』だ」

「え?」

リヴェルにはよくわからない。

「話し方も変えないとすぐわかる。君はこれから孤高の剣士リヴェルだいいね?」

「は……」

マスターの眼鏡が光る。

「ああ。マスターさん」

「さんはいらない」

「ああ、マスター」

うんとマスターは頷いた。

「まだぎこちないが、そのうち慣れるだろう」

どうだろうかと思うが、自分が会ったリヴェルも慣れていたので、いつかは慣れるのだろうと思うことにした。

「さて次は強さだね」

マスターは構えを取る。

「テストだ。かかってきなさい」

リヴェルは剣を抜く。宝玉から入手した魔力もあり、リヴェルの動きは速かった。だがマスターもそれを全て避ける。

「うん、合格かな」

リヴェルは疑問に思っていたことを聞いた。

「マスターは何故そんなに強い?」

「……」

マスターは遠い空を見上げた。

「遠い昔、いや未来かな? きみと同じように過去に飛ばされた若者がいた。それだけさ」

「……!」

リヴェルは答えに納得はしてないが確証を得た。

なるほど、未来人ならある程度予想や、予知が出来るのかもしれない。

「他に聞きたいことは?」

マスターがわざわざふってくれたので、リヴェルはもうひとつ聞く。

「その左手は」

マスターの左腕には常に包帯が巻かれている。

「これかい? やけど……と言っても信じてはくれないんだろう?」

「ああ、信じない」

「うん。構わないさ。そのうち知ることになるだろうからね」

リヴェルは最後の質問をした。

「その腰に掛けてるのは銃?」

マスターはあっさり頷いた。

「この世界にも銃があるのか」

「レア物には違いないがね」

質問を終えると二人は動き出す。

「どこに?」

「君の拠点をあげようと思ってね」

大陸を越え着いたのは森。

「この森は……!」

「知っているようだね」

コウル時代に初めてリヴェルと会った場所。迷いの森。

だが、今、この森はただの森に見える。

「この森は特別な森でね」

マスターに続き森を進むリヴェル。そして、そこにはいつか見た小屋。

「ここは私が使っていた場所だが、君に譲ろう」

「いいのか?」

「ああ、構わない」

こうしてリヴェルは森の小屋を入手する。

「さて、後は……」

マスターが魔力を集中する。すると森に霧が発生し辺りを包んだ。

「これで迷いの森の完成だ。迂闊に人は来れない」

そのままマスターは去ろうとする。

「待って……いや、待て」

リヴェルはそれを呼び止めた。

「しばらくはあなたに付いていきたい」

「ほう……?」

「まだ僕……いや俺はこの世界に詳しくはない。あなたに付いていけば、いろいろなものが体験できる気がするんだ」

「いいのか?」

マスターは問う。

「私に付いてくれば、君の言う平穏な余生は過ごせないかもしれないぞ?」

「だがエイナール様は言った。この過去で、俺やエイリーンを導けと。のこのこと余生を過ごすわけにはいかない理由ができた」

「そうか……」

マスターが頷き、リヴェルも頷いた。

「では行こうか」

二人は歩きだす。



それからのマスターとの旅は、リヴェルにとって想像以上であった。

毎日がモンスターとの戦い。ただ広い世界を回るだけではない。

その地の秩序を脅かすものの討伐。町の様子を見守る。

出会うたび、冷静に話しているマスターの大変さをリヴェルは知った。

「マスター、あなたはいつもこんなことを?」

「女神が関われない些事を、少しづつ解決してるだけさ」

その些事で毎日飛び回っていると思うと、頭が上がらなかった。

とある日、マスターがリヴェルを呼んだ。

「今日は依頼が多くてね。リヴェル、君にひとつ仕事を頼もうと思う」

「俺に?」

「ああ。なに、とあるモンスター群の討伐だ。君ならこなせるさ」

そう言うとマスターはさんは先に出ていってしまう。

「モンスターの討伐……ね」

だが、この時のリヴェルは想像していなかった。

その依頼がとてつもなく大変なものであるということを。



剣同士のぶつかり合いが響く。

「チッ……」

リヴェルの周りは多数のモンスターに包まれていた。

「グホホ。我輩らのアジトに単身、乗り込んで来るとは、愚かの極み」

モンスターのリーダーが笑う。つられて周りのモンスターも笑いだす。

リヴェルは最初、多数のモンスターも、一体ずつ撃破していけばいいと思っていた。

だが甘かった。その一匹一匹が、リヴェルに劣らない強さだった。

リヴェルは敵に次第に囲まれるように、リーダーの前まで追い込まれていたのだ。

「……」

「グホホ。自分の愚かさに声もでないか?」

「いや……チャンスは活かすものだ!」

リヴェルは一気に踏み込み、リーダーに迫る。

そして剣を叩きつける。

「な……!?」

「グホホ。残念だったなあ」

リーダーモンスターの腕が、リヴェルの剣を掴んでいた。

リヴェルはそのまま投げ捨てられる。

「ぐっ……!」

「そう簡単にいくと思ったか?」

リヴェルは起き上がる。そして咄嗟に呼ぼうとしていた。

「エイリーン……!」

だが、なにも起きない。起きるわけがない。

(そうか……エイリーンが死んでしまったから、契約も聖剣も……。いや、過去だからか)

リヴェルは、その場に座り込んだ。

「諦めたか?」

「……かもな」

リヴェルは既に諦めの中にいた。自分はエイリーンを守れなかった。いくら力を得てもそれは変わらない。

そしてその力もこんなところで終わろうとしている。

(いや、まだ終わらない)

リヴェルの脳内にマスターの声が響く。

(マスター? だが俺はもう……)

(君は生まれ変わったリヴェルだ。コウルではない。君は君はみたいな者を生まないために、生き、そして導かなければならない)

(導く……)

(そうだ。コウルとエイリーンを導き、自身のような悲劇を失くす。それが君の使命。君の存在だ。違うか!)

マスターの叱責にリヴェルは立ち上がった。

(そうだ……。俺はリヴェル。孤高の最強剣士、リヴェルだ!)

「グホホ? 諦めたのではなかったのか?」

「理由がある……。こんなところで死んでられん理由がな」

リヴェルは闇の宝珠を強く握った。

(宝玉よ……。俺はコウルを捨てる。もっと力を貸せ!)

闇の宝珠が輝きを放つ。

リヴェルの身体を闇の輝きが包んでいく。

「グホ!? なんだこれは!?」

リーダーは驚く。

リヴェルは息を吐いた。

「ふぅ……目覚めた気分だ」

リーダーはリヴェルの様子を見て叫んだ。

「グホ! お前たち、やってしまえ!」

モンスターの群れがリヴェルに迫る。

だがもうリヴェルに迷いはない。モンスターの攻撃を回避しては斬る。

「な、なんだ!? さっきと勢いが違う!」

モンスターたちは驚愕するが、そんな暇はない。次々と撃破され、残るはリーダー一体となった。

「グホ……、な、何者だ貴様」

「剣士リヴェル。貴様らを裁くもの」

先程と違う、リヴェルの速度。それが一瞬でリーダーモンスターを切り裂いた。



とある町の宿で、リヴェルとマスターは合流した。

「お疲れ様」

リヴェルはマスターを睨む。

「なにが『君ならこなせるさ』だ。死にかけたぞ」

「だが。こうして君はここにいる」

マスターは眼鏡をあげ直すと言った。

「君の真の覚醒を促したかった。この世界で、自分を導くなんてことをやるには、強さが、何者にも負けない意思が必要だからね」

「で、俺はあなたの試練に受かったのか?」

マスターは頷いた。

「もちろんだ。改めてよろしく頼むよ。剣士リヴェル」

マスターが手を出す。リヴェルはそれを握り返す。

ここにリヴェルは完全に誕生したのだ。