神具を揃えた二人は、さっそく中央大陸、神の塔へ向けて再出発する。
その道中、コウルは聞いた。
「いきなりなんだけど。エルドリーンさんはなんであんなことをしたのかな?」
「と、いいますと?」
「カーズの目的、僕の世界を滅ぼすこと。それはまあよくはないけど理由はわかる。でもエルドリーンさんがカーズに闇の宝玉を渡す理由はなくない?」
「それはわたしも思っていました」
話しながら、エイリーンは飛行する。
「それも含めて聞かなければなりませんね。今回のこと」
「うん」
そして二人は中央大陸に戻ってきた。
「神の塔……戻ってきました」
二人は竜巻が覆う塔の前に来る。
「どうやって竜巻が収まるのでしょうか?」
「心当たりがあるよ。ちょっと向こう向いてて」
コウルはエイリーンの後ろで、神具の武具に着替える。
「いいよ。どう?」
「まあ! コウル、似合ってますよ」
二人がイチャイチャし始めた時だった。神具が突然輝きだす。その輝きに呼応するかのように、塔を覆っていた竜巻が消え去った。
「これは……」
「こういう場合、着てみるのが道を開くお約束かなと思ったんだ。当たりだったね」
二人は塔を登り始める。
塔の内部構造自体は、女神世界と変わらないのか、迷うことはない。
「お待ちしておりました。エイリーン様。コウル様」
広間に黒いワルキューレが待ち構えていた。
「あなたは……エルドリーンの使いですか」
「はい。エルドリーン様に、貴方たちを案内するようにと」
黒いワルキューレは二人を導くように、闇の階段を作り出す。
「こちらへ」
ワルキューレの後を追い、二人は階段を上っていく。
「よく来たわね。姉妹エイリーン」
「エルドリーン……」
女神世界の神の塔では見なかった大広間。エルドリーンはその奥に座っていた。
「エルドリーン。あなたに聞きたいことがあります。何故こんなことを」
「あら、それを聞きたい? なら――」
エルドリーンは剣を抜いた。
「――戦いながら、教えてあげる!」
向かってくるエルドリーンに、コウルはエイリーンを守るように立つ。
「女神の契約者……あなたもここで斬ってあげる!」
剣同士がぶつかり合う。一手、二手と斬り合いが続く。
「やるわね! でもこれならどうかしら?」
エルドリーンはエイリーンのように翼を展開すると、上空を高速で飛び斬り回る。
「くっ……!」
「コウル、こちらも!」
「えっ!?」
エイリーンはコウルを抱えて飛び立つ。
だが、ひとりで飛び回るエルドリーンと、二人分の重さのエイリーンでは速度に差が出るのは当然。
「あはは、情けないわね!」
「エイリーン、無茶は駄目だよ!」
「大丈夫です!」
エイリーンが速度を上げる。コウルは無茶をさせたくないながらも、そのままエルドリーンと斬り合う。
「エルドリーンさん! 僕からも聞く。何故こんなことを!」
斬り合いながらもコウルは問う。
「そんなに聞きたいの。ならいいわ。聞かせてあげる!」
剣がぶつかり距離が離れる。
「元は、エイリーンあなたが邪魔だったからよ。常に私の上を行く、冷静で孤高なあなたが!」
「冷静……孤高……?」
「……」
コウルは今のエイリーンと比べる。可愛いが、冷静さも孤高さもあるとは思えない。
「ああ、そうか。コウルは知らないわね! 元々のエイリーンの性格を! 彼女は元々冷静沈着、孤高の完璧すぎる女神見習いだったのよ。あの男に負けて一度記憶を失ってから今の性格になったみたいだけど!」
「カーズのことか……!」
「そう、カーズ! あの男の計画に協力して、エイリーンに落ちてもらう! その計画だった!」
「なら、計画は成功じゃないか」
「そうね計画は成功よ! だけど……」
そこでエルドリーンはいったん口を止める。その様子は何故だか恥ずかしくて言いにくそうにも見えた。
「私は、私の姉エイリーン。完璧すぎるままのあなたで落ちてほしかった! 今みたいな性格ではなく!」
「「えっ」」
二人は動きを止める。
「それが今回の……理由?」
「ええ、そうよ! 私は自分の計画であなたを落とそうとしたのに、落とした後の結果に悩まされる愚かな妹よ!」
二人は唖然とした後笑い始めた。
「可笑しいでしょう? 存分に笑えばいいわ!」
しかし、エイリーンは横に首を振った。
「違うんですエルドリーン。嬉しいんです」
「嬉しい?」
「ええ、だって、それだけあなたが私を気にしていたということでしょう?」
「! ……ち、違うわ!」
「違わないです! それが今のあなたの本音なのでしょう!」
「ち、違う……違う!」
エルドリーンは急加速し、二人を叩き斬ろうと迫る。
コウルはそれを防ぐが、その勢いは凄まじく、二人とも大きく吹き飛ばされる。
「私は……あなたを気にしてなんか……気にして……」
「もうやめるんだ、エルドリーンさん」
コウルも止めようと声をかける。だがエルドリーンは鋭く睨み付けた。
「あなたが……あなたがいけないのよ。あなたの存在がエイリーンを変えてしまった!」
「えっ」
こちらに矛先が向くとは思ってなかったコウル。
「違います! コウルは関係ありません! あの時のわたしも、今のわたしも、同じわたしです!」
「いいえ、違うわ。少なくともあの時のあなたは……そう、恋に落ちてはいなかった!」
「!」
エイリーンの顔が赤くなる。
「恋に落ちたことは間違いなく変わった証拠。契約者を作ったのも間違いなく変わった証拠よ!」
エルドリーンの攻撃が激しくなる。
「くっ……!」
「エルドリーン、聞いてください!」
「何を!」
エイリーンは一度地上に降りると、エルドリーンと向かい合う。
「確かに、わたしは変わったかもしれません。ですがそれは成長です! 今が新しいわたしなんです」
「そんなことは聞きたくない!」
「いいえ、聞いてもらいます! エルドリーン、あなたもその思いを認めるんです。そうしたらあなたも成長するはずです! あなたが認めたわたしに近づけるんです!」
「わ、わたしは……わたしは……」
「エルドリーン!」
「くっ……ああああっ」
エルドリーンはその場に崩れ落ちた。
それを見た、コウルとエイリーンは近づく。
「帰りましょう。エルドリーン。女神界へ」
エルドリーンがエイリーンを見る。
「私を……許すというの?」
「女神見習いの名の元に、わたしが許します。妹エルドリーン」
エイリーンが手を差し出す。エルドリーンはその手を受け、立ち上がった。
「いいのかしら」
「いいのですよ」
「そうじゃないわ……」
エルドリーンはいきなりコウルに近づいた。
「私はあなたの言う、憧れのあなたになるために契約者を取っちゃうかもしれないわよ?」
「「な」」
コウルとエイリーンはそれぞれ別の意味で驚く。
「ダ、ダメです! コウルは渡しません!」
「フフ……冗談よ。でも、コウル?」
「は、はい!」
コウルは何故か、背を正す。
「エイリーンに飽きたらいつでも私の所にきていいわよ?」
「え、えー?」
コウルは恥ずかしくて慌て、エイリーンはコウルを取られまいと慌てる。
「もう! 女神界に帰りますよ!」
「はいはい、行きますお姉さま」
「待ってよ、エイリーン」
三人は神の塔の転移装置から女神界に帰るのだった。
「エルドリーンめ。我に挨拶もせず帰りおって。」
神の塔の奧で邪神エンデナールが呟く。
「まあ、今回はおおめにみてやろう」
エンデナールはニヤリと笑うのだった。
邪神界エンデナールから戻った三人。
それをエイナールが出迎える。
「おかえりなさい。コウル、エイリーン。そして……」
居心地悪そうにしているエルドリーンの方を向く。
「おかえりなさい。エルドリーン」
「フン……」
エイリーンはエルドリーンの手を掴む。
「さあ、今日は一段落解決したのですから、宴会です!」
「宴会!?」
エルドリーンが嫌そうにする。
「宴会。たまにはいいですね」
エイナールも乗り気だ。
「ちょっとあんた。なにか言ってやりなさいよ!」
エルドリーンが、コウルに矛を向ける。
「僕はいいと思うよ。宴会」
エルドリーンは諦めた。
「エイリーン様。既に鍋の用意は出来ています」
「さすがです、ワルキューレ」
神の塔による豪華な宴会が始まろうとしていた。
神の塔の宴会は少人数かと思いきや、多数のワルキューレや他の世界の神様も来る大所帯となっていた。
ワイワイガヤガヤと、皆が騒ぎ立てる。
「コウル様も一杯いかがですか?」
多数のワルキューレに囲まれ、コウルは酒を勧められていた。
「いや、僕、まだ酒飲める歳じゃないし……」
コウルは言ったがしかし。
「あら、コウル様。こちらの世界では15から酒を飲んでもいいんですよ?」
「えっ。じゃあ……一杯だけ」
コウルは杯をクイッと飲み干す。そしてむせた。
「ゲホッゲホッ。まずい……」
「コウル様にはまだ早すぎましたかね?」
「ならこっちの酒はどう?」
ワルキューレが別の酒を持ってくる。
(エイリーン助けてー!)
コウルは心で叫ぶが、その頃エイリーンもまた、他の神やワルキューレの相手をしているのだった。
数時間後……。
「うう……酷い目に遭った」
結局あの後。コウルはワルキューレに勧められるがまま酒を飲んでいた。
「気持ち悪い……」
すると向こうからエイリーンも向かってくる。
「コウル。大丈夫ですか?」
「あまり、大丈夫じゃない……」
二人で揃って、休憩する。
「コウル、水です」
「あ、ありがとう。エイリーンも疲れただろうに、ごめんね」
「いえ、わたしはそこまで飲んでいないので」
「そう?」
コウルはエイリーンを見る。確かに自分よりは元気そうだとコウルは感じた。
「あら、お二人さん。こんなところに」
エルドリーンも現れる。
「あなたたちが宴会って言い出したんだから。責任持ってちゃんと飲みなさい」
エルドリーンは酒の瓶を持っている。
「エルドリーン……酔ってます?」
「はあ、誰がよ。これは適当にあったのを持ってきただけよ」
エルドリーンはふたを開け、一気に口にいれる。そして吹き出した。
「何よこれ不味いわね! エイナール様やワルキューレはこんなもの飲んでるの!?」
コウルとエイリーンは笑った。
エルドリーンが睨む。
「あんたたちもこれ飲みなさい!」
二人にコップと酒を押し付けると。エルドリーンは去っていく。
「どうするこれ?」
「一杯くらい飲んでみますか?」
その後の結果は聞くまでもなかった。
神の塔。ベランダ。
そこにはいつの間にかマスターとリヴェルがいた。
「君は酒は飲まないのかい?」
マスターが聞く。リヴェルは首を振った。
「飲めなくはないが……やはり好かんものは好かん」
そういってリヴェルはコーヒーを飲む。
「そういうマスターこそ。さっきから紅茶しか飲んでないじゃないか」
マスターは香りを楽しむと紅茶を少しづつ飲んでいる。
「私は嫌いだから飲まないわけではないよ。今日はいい茶葉が手に入っただけさ」
「どうだか……」
マスターはニヤリと笑った
「あの少年がどおしてこう口が悪くなったかな」
「過去の事は今は関係ない」
「すまない、冗談だよ冗談」
マスターは真面目な顔になる。
「だが、いつか、君のことを彼らに話さなければいけない時が来る。その時は……」
「ああ、それくらいは受け入れるさ」
二人の間に沈黙が流れるのだった。
翌日。
「ううっ。頭がいたい。これは飲みすぎだよね……」
「最後のあの酒が強烈でしたからね……」
二人は二日酔いだった。
「昨日は申し訳ありませんでした」
ワルキューレたちも謝ってくる。
「いや、いいよ。それよりエイナール様は?」
「エイナール様ならいつもの場所に……」
それを聞き二人はエイナールの元へ向かう。
「よく来ましたね。コウル、エイリーン」
二人は驚く。エイナールはすごく飲んでいたはずだった。なのに今は全然いつもの状態である。
「どうかしましたか?」
「いえっ、なんでもありません!」
コウルはさすがに聞くのはやめた。
「さて、コウル、エイリーン。ここに来たと云うことは次の目的を探してですね?」
「「はい」」
二人で同時に返事をする。
「いいですか。二人とも。しばらくはこの世界を旅し力をつけなさい。その道中、自ずと道が見えるはずです」
「旅を……」
「はい。そして後に真の目的が出来るでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
二人はエイナールの元をあとにする。
「ふーん。もう行くわけ?」
下でエルドリーンが待っていた。
「待っていたわけじゃないわ。ちょうど今来たところよ。で、行くの?」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
エルドリーンが二人に近づく。
「これ、持っていきなさい」
それはいつかカーズが持っていた闇の宝珠によく似ている。
「似ているけど別物よ。闇の質がちがうでしょう?」
エルドリーンがそう言うので、二人はよく見つめる。
確かに以前の暗い闇とは違う、純粋な明るい闇であった。
「お守り……なんて言いたくないけど、ま、そういうことにしておくわ。感謝しなさい」
「うん。ありがとう」
「大切にしますね。エルドリーン。わたしの妹」
「フン……」
そして二人は旅立つ
新たな地、新たな目的を求めて。
「僕は……」
コウルは考える。確かにエイリーンと別れたくない。しかしもとの世界の家族も気になる。
「……元の世界に帰ります」
「コウル……」
「そうか」
エイリーンは少し悲しみ、リヴェルは淡々と呟き歩き出す。
「来い。歪みを閉じるぞ」
「は、はい!」
「ま、待て」
倒れていたカーズが呼ぶ。
「な、なんだ」
「警戒するな。これを持っていけ」
カーズは闇の宝玉をコウルに押し付けると倒れた。
「気にするな、いくぞ。時間がない」
リヴェルが急かすので宝玉をしまう。
リヴェルに続き、機械を上るコウルとエイリーン。
高い機械を上り終えるころには、機械の時間は2分を切っていた。
「コウル、あの歪みに向け飛べ」
「え?」
コウルは驚く。機械の上に登ったとはいえ、歪みまではかなりの高さがある。
「魔力を足に集中させれば行けるだろう」
「あ、そうですね」
コウルは魔力を足に集中する。飛ぶ前にエイリーンを見た。
「じゃあね……エイリーン」
「コウル……。いいえ、わたしが必ず会いに行きます!」
エイリーンが宣言する。コウルはそれを聞いて頷いた。
「こういうの逆な気がするけど……待ってる」
「はい」
コウルはジャンプする。少し飛距離が足りない気がしたが、空間の歪みは吸い込むようにコウルを中に送り込んだ。
「いてっ」
コウルが落下する。そこはーー。
「ここは確か、学校近くの神社……」
コウルは確かに現実世界に帰ってきていた。
(コウル、まだ聞こえるな?)
「リヴェルさん?」
コウルの脳内にリヴェルの声が響く。
(まだ歪みは閉じていない。魔力を集中して歪みにかざすんだ!)
確かにコウルの上にはまだ異世界エイナールが、エイリーンとリヴェルの姿が見えていた。
「やってみます」
コウルは手を掲げる。
現実世界に戻って、魔力の感覚が少しわからない。
だが確かに、魔力は歪みに向け発射された。歪みが消え、ただの空に戻る。
「終わったんですよね……。リヴェルさん」
だがもうリヴェルの声は聞こえなかった。
コウルが異世界エイナールに行っていた時間はまるでなかったかのように、現実世界では時が過ぎていなかった。
(あれは夢だったのかなあ……)
コウルが元の世界に戻ったとき、服も制服に戻っていた。
何も変わらない日常。それはまるで夢そのものだった。
だが3日後。
「突然だが本日、転校生を紹介する」
(こんな時期に転校生?)
先生に連れられ、少女が入ってくる。その姿はーー。
「エ、エイリーン!?」
教室中の注目がコウルに集まる。
コウルは顔を隠すように下を向こうとするが、少女は、コウルの方を向いて言った。
「はい……コウル!」
エイリーンはコウルに飛びつく。
教室中に騒ぎが広がる。
「あー、おほん。二人は知り合いかね? 関係は知らんがそういうのは余所でやりなさい」
先生に注意され二人は顔が真っ赤になる。
こうして朝の一騒動が終わった。
昼休み。エイリーンの周りは大所帯だった。
「ねえ。エイリーンちゃんはどこ出身?」
「エイリーンちゃん、その銀髪素敵です」
「コウルくんとはどういう関係?」
質問責めにされるエイリーン。一方コウルも……。
「おい、コウル。エイリーンちゃんとどういう関係だ」
「あんな可愛い子が知り合いにいるなんて聞いてないぞ」
柄の悪そうな連中に絡まれていた。
以前のコウルだったら、そこから逃げ出せずにいただろうが、今のコウルは違う。
連中を無視するとコウルは逃げるように図書室へ向かう。
「あ、コウル」
コウルを追うように、エイリーンも人の輪を抜ける。
図書室の隅でコウルとエイリーンは話していた。
「必ず会いにくるって言ってたけど、こんなに早く来るなんて思わなかったよ」
「実はわたしも、こんなに早く行けるとは思っていませんでした。あの後、エイナール様にこちらの世界に行く許可をもらいに行ったのですが、すぐに許可が出て」
「へえ……」
「ところで、エイリーン。どこに住んでるの?」
「あなたの隣の家ですよ」
「えっ」
コウルは思い出す。
昨日、いきなり隣に引っ越しの車が来たことを。
「あれ、エイリーンだったのか……」
その後、二人はこれからのことを話し合った。
帰るときも、二人は多数に囲まれて、慌てて抜け出す。
「こ、こちらの世界も大変ですね」
「エイリーンはこっちでは珍しい髪の色だからね。それに、か、可愛いし」
二人は赤くなる。そのまま立ち止まっていると、また生徒が追ってくる。
「おっとまずい。逃げよう」
「はい」
二人は慌てて帰るのだった。
それから数ヶ月、いろいろありながらも二人は平穏を過ごしていた。
だがその裏である組織による計画が進んでいることには、二人は気づくよしもなかった。
それからさらに数日が過ぎたある日だった。
休みの日、コウルとエイリーンは一緒にいた。
「もう、エイリーンが来てから半年くらい経つんだね」
「はい」
「あっちにいた頃は、一緒にこっちでこんなに平和に暮らせるとは思っていなかったよ」
「ふふっ、そうですね」
だが、そんな平和は一瞬で破られることとなる。
次の日のニュースだった。
『臨時ニュースです。突如、手から謎の光を放つ集団が現れ、○○町に多大な被害が……』
「これって……!」
コウルは慌てて隣のエイリーンの家に向かう。
ちょうどエイリーンも家から出てくるところだった。
「ニュース見た!?」
「はい、手から光を放つ集団。あの光は魔力弾でした」
「あっちから、こっちに人がいっぱい来ることなんてあるの?」
「普通はないはずです」
二人は考える。その時だった。
「コ、コウル。空に――!」
エイリーンが指した空。そこには以前見たことがある歪みがあった。いや歪みはもっと大きいものだった。
「歪み……? そんな!?」
その歪みからは次々と人が降りてくる。
「これは一大事です。わたしはエイナール様に事態を報告しに行きます」
エイリーンが走り出す。
「待って! 僕も行くよ!」
二人は一緒に走り出した時だった。
「待て」
突然、二人の行方を集団が遮る。
「な、なんですか、貴方たち!?」
「移動者コウル、そして女神見習いエイリーンだな」
二人は驚く。
「な、何故それを……?」
「知る必要はない。捕らえろ」
集団が二人に迫る。
「くっ……!」
コウルは集団に対抗し殴りかかる。
しかしこちらの世界で魔力が使えないコウルに勝ち目はない。多勢に無勢、すぐに殴られる。
「ぐっ……!」
「コウル!」
二人は捕らえられ、どこかへと連れていかれるのだった。
「っ……いてて」
「大丈夫ですか、コウル?」
「エイリーン……ここは? ……っ!」
二人は実験台のようなものに繋がれていた。
「目が覚めたか」
扉から怪しい仮面の男が入ってくる。
「あなたは誰だ」
「こちらの世界、そして我らの世界の革命者とでも言っておこう」
「革命者……?」
だが、男はコウルを無視すると、逆にこちらに聞いてきた。
「貴様たち二人は、エイナールとこちらの世界を行き来した者。……間違いないな?」
「「……」」
二人は無言を貫く。
すると男は機械のレバーを引いた
「っ! ぐあああっ!?」
「きゃあああっ!?」
二人に突然電撃が走る。
「黙ってもいいことはないぞ。電撃を自ら食らいたいなら別だがね」
「っ……」
「もう一度聞こう。エイナールとこちらの世界を行き来した者。間違いないな?」
二人はうなだれるように頷いた。
「うむ。正直でよろしい。さて……」
男は二人を見ると、機械を動かし始める。
「いてっ」
「きゃっ」
二人を大きな注射のような物が刺す。
「ふふ。これが移動者と、女神の血か。これがあればわが計画はさらに進む!」
男は笑うと。外に出ていくのだった。
「……しびれたあ。好き勝手言って出ていったなあ」
「あの人の目的は一体何なのでしょうね」
二人にはわからない。
だがその頃、外は大変なことになっているとは二人は知る由もなかった。
数日間、二人は繋がれたまま、男に聞かれることを聞かれては寝るを繰り返していた。
そんなある日のことだった。
爆発音がコウルのいた部屋に響く。そして軍隊のような人たちがなだれ込んできた。
「ここです」
「うむ」
二人の前に偉い将と思われる人物がやってくる。
「コウルくん、それにエイリーンさん……だね」
「あ、あなたは?」
「私はゴウト・ミナミ大佐だ」
「大佐……?」
「詳しい話は後でしよう。君たち、早く彼らを解放したまえ」
軍人が、二人を捕らえている枷を外す。
二人は彼らについていく。
そこからの話は大きかった。
歪みを通ってきた集団。通称『異世界軍』とこちらの世界の軍は戦争になっていた。
戦車などの現代機械で対抗する軍に対し、『異世界軍』は魔力を用いた用兵で巧みに仕掛けてくるとのことだった。
「でも、あなたたちはどうして異世界のことを?」
「最初は我々も信じていなかった。だが敵の存在、そして政府の秘密局『異世界局』の存在が我々をこの危機から救った」
「異世界局……」
政治にはそこまで興味がなかったコウルだが、そんなものがあるとは普通思わない。
「それで僕たちは何を?」
「うむ、異世界に行ったことがあるコウルくん、そして異世界人のエイリーンさん。きみたちの協力で奴らを撃退したいのだよ」
二人を乗せた車はそのまま、とある施設に着く。
「ここが異世界局の一拠点だ。入ってくれ」
二人は怪しげな建物に入る。
「よく来たね。コウルくん、エイリーンさん」
そこには白髭の老人が座っていた。
「あなたは?」
「ワシは異世界研究者。『ドクターE』と呼んでくれたまえ」
「ドクターE……」
エイリーンは聞く。
「あなたは何者なんですか?」
「ふむ。まあ簡単に言うと、ワシも異世界に飛んだことがある男というわけじゃよ」
「「えっ!?」」
二人は驚く。
「何を驚くことがある。異世界に飛ぶのが自分ひとりと思っとるわけでもあるまいに」
コウルは思い出す。確かにジンもカーズも、異世界に飛んだ者たちだ。
「そこで異世界について研究して早十数年。今回の事件をきっかけにワシの存在が大きくなったわけじゃよ」
「今回の事件は一体……?」
「うむ。とある異世界の組織でワシのように異世界の研究をしていたものの仕業のようじゃ。奴らはの、コウルくん。君が帰って来た時の歪みと、エイリーンさんが来た移動方を研究し、こちらの世界に侵略してきたようじゃ」
「あの歪みと――」
「わたしの移動方が――」
ドクターEは頷く。
「コウルくんが戻ってきて歪みを閉じたとき、かすかに、ほんのかすかにじゃが隙間があったのじゃ。奴らはこれを利用し、この世界とエイリーンさんの世界に目を付けた」
「な――」
それはつまり自分に責任があるのではと、コウルは感じる。
「そしてエイリーンさんが理由があったとはいえこちらの世界に飛んできたことで、この世界とエイリーンさんの世界、そして奴らの世界に明確な繋ぎを与えてしまった。
「!」
エイリーンも自分に責任があったことに驚く。
「そしてワシじゃ。わしは不覚にも奴らの世界を研究しておった。それが第三の繋ぎ、ワシの責任じゃ」
ドクターEは立ち上がる。
「ワシら三人のせいでこの世界は危機に陥っておる。今こそ責任を取り、奴らを撃退するのが我々の使命じゃ」
「「……はい!」」
二人は頷く。
「でもどうするんですか? 僕はこの世界じゃ向こうのような力は出せませんよ?」
「そこでワシの出番じゃ」
ドクターEは宝石の付いた剣と服をコウルに渡す。その服はコウルがエイナールで着ていた服によく似ていた。
「ワシが開発した宝玉付の服じゃ。その服があれば、お主は異世界と同じように戦えるはずじゃ」
コウルは試しにその服を着てみる。
「お、おおっ!?」
全身に魔力がみなぎるのがわかる。
「エイリーンさんの分は用意できんかった。すまんのう」
「いえ、わたしはエイナール様に会って、この世界でも魔力を使う許可をもらえば!」
「なるほど」
ドクターEは座りなおした。
「すまん。責任を取ると言ってもワシは戦えん。後はきみたち次第じゃ」
「いえ、この服だけで十分です。ありがとうございます!」
コウルとエイリーンは外に出る。
外にはミナミ大佐たちが待っていた。
「終わったかね?」
「はい、あとはエイリーンの力を使う許可だけです」
「それはどこに?」
「コウルたちの学校の近くの神社。あそこに移動場所があります」
「え、あそこに?」
コウルは自分が帰ってきた神社を思い出した。まさかあそこから行けるとは。
「うむ。では乗っていきたまえ。最大速度で送ろう」
大佐は二人を乗せると、すぐさま神社に向かう。
その道中だった。
「排除せよ…排除せよ……」
「むう、こんな所にも来たか!」
「これが……!」
異世界軍の兵士は車に向かって魔力弾を放つ。
「降ろしてください。僕が迎え撃ちます!」
「コウル!」
コウルは車から飛び降り言った。
「エイリーンは今のうちにエイナール様の所へ!」
「わ、わかりました!」
「武運を祈る!」
車はそのまま移動する。
コウルは異世界軍の前に立ちふさがった。
「よくも僕たちの平和を……。許さないぞお前たち!」
コウルは剣を抜き異世界軍に斬りかかっていくのだった。
エイリーンを乗せた車はその後は問題なく、神社にたどり着いた。
「行ってきます」
エイリーンはすぐに車から出ると、神社の前で紋章を描く。
すると光が展開し、一瞬でエイリーンの姿が消えた。
「これが異世界人か……」
ミナミ大佐は怖い表情でその様子を見ていた。
「エイナール様!」
すぐにエイリーンはエイナールの所へ向かう。
「事情は分かっています。貴女に魔力使用の許可を与えましょう」
エイナールが光を放ち、エイリーンの封印が解ける。
「ありがとうございます。行ってきます」
「気を付けるのですよ……」
エイナールが悲しげな眼で見ていることにエイリーンは気づかなかった。
「戻りました!」
「早かったな。乗れ」
エイリーンは首を横に振ると、翼を広げ飛び立つ。
「なんと……!」
ミナミ大佐は驚く。
「はあっ!」
コウルは多数の異世界軍を相手に奮闘していた。だが数の多さに次第に疲れが蓄積していく。
その時だった。
「コウルー!」
エイリーンが飛んでくる。すぐに魔力を集中すると、魔力弾を一斉に放った。
異世界軍がまとめて吹き飛ぶ。
「お待たせしました」
「いや、わりと早かったよ!」
二人はハイタッチすると、すぐさま残りの異世界軍を追い払いにかかる。
「早く退け、死にたいのか!」
「もう帰ってください。それがあなたたちのためです!」
二人は必死に呼び掛けるが異世界軍は気にもとめない。
「援護しにきたぞ!」
こちらの軍の戦車が救援にくる。こうなるともう一方的だった。
コウルたちの攻撃と戦車の攻撃。同時には耐えられない。
異世界軍は壊滅し、その場は死屍累々と化した。
「二人のお陰であの地域に出没した異世界軍を殲滅できた。感謝する」
「いえ……」
二人は先ほどの状況を思い出す。
異世界エイナールではなかった、血と死体の山。それが二人の気分を悪くする。
「この調子で頼むよ。ハッハッハッ」
ミナミ大佐は笑った。
そして次の日から、コウルたちの異世界軍討伐仕事が始まった。
来る日も来る日も異世界軍との戦い。二人は日に日に疲弊していった。
「大丈夫ですか、コウル……」
「うん……。エイリーンは?」
「わたしは……少し疲れてますが大丈夫です」
その時だった。
「コウルくん、エイリーンさん大変だ」
二人は飛び起きる。
「××地区に大量の異世界軍が集結している。君たちも手を貸してくれたまえ」
二人は車に乗ると、異世界軍との戦闘に向かう。
××地区。そこは広く非常にたくさんの、異世界軍がいた。
だがそれだけではない。異世界軍は強いと言っても、こちらの戦車で充分対応できる。
「それを苦戦させてるのが、あそこだ」
ミナミ大佐は一角を指差す。
鎧に覆われた二人組が暴れまわり、次々と戦車を破壊していた。
「あれは僕たちが止めます。皆さんは他を!」
コウルとエイリーンは鎧の二人組に近づく。鎧の片方は聞いたことのある声をだした。
「移動人コウルと女神見習いエイリーンではないか」
「この声……?」
「私だよ」
鉄仮面が外れる。その下はまたも仮面。
「僕たちを捕らえた奴らのリーダー!」
「フフ……久しぶりだね。この世界の軍に利用されているとはね」
「利用?」
「違うかね? 我々と戦うためだけに使われて。利用ではいと?」
「違う、これはこの世界にお前たちを引き寄せるきっかけを作った、僕たちの責任を取っているだけだ!」
「ふん、うまいこと言いくるめられて……」
「わたしたちを捕らえて利用しようとしたあなたたちに言われたくはありません!」
「ふん。そうか、ならここで、死んでもらう!」
鉄仮面を被り直し、コウルとエイリーン、鎧の男二人の二体二の戦いが始まる。
コウルと片方の仮面の剣がぶつかり合う。その後ろからエイリーンともう片方の仮面が援護する。
「この剣の動き……。あの魔力弾の撃ち方はまさか!?」
「そう、きみたちの戦いかたさ。あの時血を取っただろう? その時のデータからすぐにこの鎧が完成した。きみたちのデータが入った最強の鎧だ!」
コウルとエイリーンの二人は、自身と同じ動きをする鎧に翻弄される。
「だけど、本物は偽物には勝つ!」
「それはどうかなあ」
鎧の剣が違う動きをし、コウルを斬りつける。咄嗟のことにコウルは回避しきれない。
「これはーー!?」
「ただのコピーではない。コピーに我々の持つ他の強力な戦闘データを組み込んであるのだ」
二人は、だんだんと押され始める。しかし余裕は崩さなかった。
「何故そんなに余裕そうなのかな? それとも苦し紛れの笑いかな?」
「データは取ったと言ったね……。じゃあ、これはどうかな?」
コウルは手をかざし聖剣を呼んだ。手に聖剣が、現れる。
「な、なんだそれは……データにはなかったぞ!?」
「女神聖剣。僕とエイリーンの絆の力!」
コウルは聖剣を構え踏み出した。
鎧はすぐに防御姿勢を取る。
「遅い!」
コウルはすぐさま斬る向きを替え、防御を切り崩す。
「がっ……馬鹿な!?」
目の前の鎧を切り落とすと、次は後ろの鎧目掛け跳躍する。
データにない動きに、後ろの鎧はあっさりと斬られた。
こうして、鎧に崩された戦線は立て直され、××地区に集結していた異世界軍は殲滅。異世界軍との、戦いは終わりに近づいていた。だが……。
「こちらミナミ大佐だ。ドクターEにもう用はない始末しろ」
そしてーー。
「はあはあ、これで、今回の戦いも終わり?」
「そうですね。あと少しで、また平和にーー」
パァン!
銃声が響いた。
コウルは後ろを振り向くと、エイリーンが倒れてくる。
「エイ……リーン?」
抱き止めたエイリーンは動かない。
コウルはそっとエイリーンを見た。血がついている。いや、血が流れている。
「エイリーン!? エイリーン!」
コウルが呼び掛けるが返事はない。
「無駄だ。娘は死んだ」
エイリーンの向こうにはミナミ大佐が立っていた。
「ミナミ大佐……? これはどういうことです!」
「見ての通りだよ。エイリーンくんには死んでもらった。ドクターEにもな」
「何故!?」
「きみたちの圧倒的力だよ。今回は味方となったが、また味方とは限らない。次に敵になっているかもしれないだろう?」
ミナミ大佐はコウルに銃を向けた。
「だから今のうちに死んでもらおうというわけだ」
「っ……! うおおっ!」
コウルは剣を挙げ大佐に斬りかかる。その剣は裏切られたことへの怒りか、エイリーンを失った悲しみか。
「無駄だよ」
ミナミ大佐がスイッチを押す。突然、コウルから力が抜けていく。
「な、なにを、……した?」
「ドクターEはいいものを残してくれた。もしもの時のための服の効果をなくす装置。これできみはただの一学生にすぎない」
「くそっ……くそおっ!」
改めて大佐はコウルに銃を向けた。
「さよならだ……コウルくん」
引き金に指がかけられた。
(ここまでなのか……僕は……。エイリーンの仇も撃てないまま僕は……!)
(力が欲しいか)
突如、コウルの脳内に声が響く。
(この声は……)
(力が欲しいか)
コウルの脳内にひとつの宝玉が浮かび上がる。
(あれは、カーズがくれた闇の宝玉!?)
(力が欲しいか)
宝玉は常にそれだけを聞いてくる。
(闇の……魔力……)
コウルは目の前の宝玉に手をかざす。
(ああ、いいよ。力をくれ。エイリーンを殺したやつを殺す力を!)
コウルの腕に闇の宝珠が収まった。
パァン!
銃声が響く。だが、コウルはその弾をギリギリで受け止めた。
「な……!?」
ミナミ大佐は驚愕の表情を浮かべる。
「服の力は無力化したはず、銃弾を受け止めるなどできるはずがない!」
コウルは無言で近づく。
「く、来るな!」
大佐は連続で銃を撃つ。だがコウルはそれを全て受け止める。
「あ、ああ……」
弾が切れ大佐はすぐに弾を入れ換えようとする。だがもう遅かった。
「終わりだ」
コウルは剣を振り下ろした。
ミナミ大佐は血を流し倒れる。
「くくく……ハッハッハッ!」
コウルは笑う。それがなんの笑いなのか、もはや自分でもわからない。
「た、大佐がやられたぞ! う、撃てー!」
兵たちが一斉にコウルに向け発砲する。
だが無駄だった。コウルは全て避けると、次々と兵士を切り裂いていく。
それから数分後、そこは地獄と化していた。
敵も味方もない血だらけのエリア。そこに独りコウルは立つ。
エイリーンの亡骸を抱えながら。
エイリーンの亡骸を抱えたコウルは神社に向かう。
エイリーンのことをエイナールに報告しなければならない。その一心で。
神社に着くが、よく考えたらコウルはそこからの異世界の行き方を知らなかった。
「……」
コウルはただ無言で立ち尽くす。
するとその時だった。光が広がり、コウルの目の前にエイナールが現れる。
「エイナール……様」
「コウル……」
「う、うわあああっ!」
コウルは泣いた。エイナールの前で。泣き続けた。涙が枯れるまで。
「……すみません。みっともないところを」
「いえ……いいのですよ」
コウルはエイナールに、そっとエイリーンの亡骸を渡した。
「ああ、エイリーン……」
「本当にすみませんでした!」
コウルは謝る。それになんの意味がなくとも。
「いいのですよ。コウル。これも運命のひとつですから」
エイナールも涙を流しながら言った。
「運命……なんて……!」
「人の死は運命です。ただ今回がエイリーンの運命だったのです」
コウルは怒りたかった。運命の一言で片付けて欲しくないと。
だが守れなかったのは自分。そう考えると何も言えなかった。
「エイリーンはどうなるのです?」
「人間と同じです。魂となり輪廻の輪をくぐりまた生まれ変わる。それだけです」
「そうですか……」
エイナールはコウルにとてつもないことを聞いた。
「コウル、あなたは死にたいですか」
「!」
「エイリーンの後を追いたいのですか」
コウルはハハッと笑った。
「そうですね、死にたいですよ。死ねるなら。でも……」
コウルはどこからか闇の宝玉を取り出した。
「こいつの問いに答え、力を求めてしまったんです。あの場で大佐に殺されることもできたのに。そして無駄な惨殺もしてしまった。こんな僕にエイリーンを追う資格はありません」
「そうですか……。ではこれからどうするのです?」
「良ければエイナールでゆっくりしたいと思います。許されますか?」
「ええ、あなたが望むなら……」
エイナールは手をかざした。コウルを光が包む。
「これは……」
「コウル……実はエイナールが終わりに近いのです」
「な!?」
「そのためにあなたにお願いがあります。過去へ行きエイリーンとあなた自身を導いて欲しいのです」
「それは一体……」
「いずれわかります。それまでどうか生き続けてください。わかりましたね?」
「エイナール様っ!」
そう言うときにはもうコウルは消えていた。
残されたエイナールも消えていく。
「頼みましたよ。コウル……」
「う、うん? ここは一体……」
「目が覚めたようだね」
そこにいたのは長身、眼鏡をかけた男。
「マスターさん!」
「おや、私のことを知っている? 会ったことがあるかな?」
「え、だってマスターさんは、僕たちに助言をくれて……」
そのときコウルは思い出した。エイナールが言っていたことを。
『過去へ行き導いて欲しい』
(ここは……過去?)
「どうした? 大丈夫かな?」
「は、はい。」
コウルはマスターに事情を説明する。
「なるほど。そんなことが……」
「信じてくれるんですか?」
「もちろんだ。そういうのが私の分野だからね」
「はあ……」
コウルにはよくわからない。
「さて、じゃあ君の名を決めないとね」
「え、名前はコウルですけど」
マスターは首を横に振った。
「別名だよ。過去にきたということは、後々、本人と出会うことになる。その時の名だ」
「名前……」
そして一人の人物を思い浮かべた。
「リヴェナール……」
「ほう?」
「リヴェナール……リヴェルでどうです?」
「いい名前だと思うよ。リヴェル」
こうして過去に来たコウルは、リヴェナール……リヴェルとして新たな生を歩むのだった。
「さて、リヴェル。」
突然呼ばれ、リヴェルは昔通り返事をする。
「はい」
「いやそこは『ああ』だ」
「え?」
リヴェルにはよくわからない。
「話し方も変えないとすぐわかる。君はこれから孤高の剣士リヴェルだいいね?」
「は……」
マスターの眼鏡が光る。
「ああ。マスターさん」
「さんはいらない」
「ああ、マスター」
うんとマスターは頷いた。
「まだぎこちないが、そのうち慣れるだろう」
どうだろうかと思うが、自分が会ったリヴェルも慣れていたので、いつかは慣れるのだろうと思うことにした。
「さて次は強さだね」
マスターは構えを取る。
「テストだ。かかってきなさい」
リヴェルは剣を抜く。宝玉から入手した魔力もあり、リヴェルの動きは速かった。だがマスターもそれを全て避ける。
「うん、合格かな」
リヴェルは疑問に思っていたことを聞いた。
「マスターは何故そんなに強い?」
「……」
マスターは遠い空を見上げた。
「遠い昔、いや未来かな? きみと同じように過去に飛ばされた若者がいた。それだけさ」
「……!」
リヴェルは答えに納得はしてないが確証を得た。
なるほど、未来人ならある程度予想や、予知が出来るのかもしれない。
「他に聞きたいことは?」
マスターがわざわざふってくれたので、リヴェルはもうひとつ聞く。
「その左手は」
マスターの左腕には常に包帯が巻かれている。
「これかい? やけど……と言っても信じてはくれないんだろう?」
「ああ、信じない」
「うん。構わないさ。そのうち知ることになるだろうからね」
リヴェルは最後の質問をした。
「その腰に掛けてるのは銃?」
マスターはあっさり頷いた。
「この世界にも銃があるのか」
「レア物には違いないがね」
質問を終えると二人は動き出す。
「どこに?」
「君の拠点をあげようと思ってね」
大陸を越え着いたのは森。
「この森は……!」
「知っているようだね」
コウル時代に初めてリヴェルと会った場所。迷いの森。
だが、今、この森はただの森に見える。
「この森は特別な森でね」
マスターに続き森を進むリヴェル。そして、そこにはいつか見た小屋。
「ここは私が使っていた場所だが、君に譲ろう」
「いいのか?」
「ああ、構わない」
こうしてリヴェルは森の小屋を入手する。
「さて、後は……」
マスターが魔力を集中する。すると森に霧が発生し辺りを包んだ。
「これで迷いの森の完成だ。迂闊に人は来れない」
そのままマスターは去ろうとする。
「待って……いや、待て」
リヴェルはそれを呼び止めた。
「しばらくはあなたに付いていきたい」
「ほう……?」
「まだ僕……いや俺はこの世界に詳しくはない。あなたに付いていけば、いろいろなものが体験できる気がするんだ」
「いいのか?」
マスターは問う。
「私に付いてくれば、君の言う平穏な余生は過ごせないかもしれないぞ?」
「だがエイナール様は言った。この過去で、俺やエイリーンを導けと。のこのこと余生を過ごすわけにはいかない理由ができた」
「そうか……」
マスターが頷き、リヴェルも頷いた。
「では行こうか」
二人は歩きだす。
それからのマスターとの旅は、リヴェルにとって想像以上であった。
毎日がモンスターとの戦い。ただ広い世界を回るだけではない。
その地の秩序を脅かすものの討伐。町の様子を見守る。
出会うたび、冷静に話しているマスターの大変さをリヴェルは知った。
「マスター、あなたはいつもこんなことを?」
「女神が関われない些事を、少しづつ解決してるだけさ」
その些事で毎日飛び回っていると思うと、頭が上がらなかった。
とある日、マスターがリヴェルを呼んだ。
「今日は依頼が多くてね。リヴェル、君にひとつ仕事を頼もうと思う」
「俺に?」
「ああ。なに、とあるモンスター群の討伐だ。君ならこなせるさ」
そう言うとマスターはさんは先に出ていってしまう。
「モンスターの討伐……ね」
だが、この時のリヴェルは想像していなかった。
その依頼がとてつもなく大変なものであるということを。
剣同士のぶつかり合いが響く。
「チッ……」
リヴェルの周りは多数のモンスターに包まれていた。
「グホホ。我輩らのアジトに単身、乗り込んで来るとは、愚かの極み」
モンスターのリーダーが笑う。つられて周りのモンスターも笑いだす。
リヴェルは最初、多数のモンスターも、一体ずつ撃破していけばいいと思っていた。
だが甘かった。その一匹一匹が、リヴェルに劣らない強さだった。
リヴェルは敵に次第に囲まれるように、リーダーの前まで追い込まれていたのだ。
「……」
「グホホ。自分の愚かさに声もでないか?」
「いや……チャンスは活かすものだ!」
リヴェルは一気に踏み込み、リーダーに迫る。
そして剣を叩きつける。
「な……!?」
「グホホ。残念だったなあ」
リーダーモンスターの腕が、リヴェルの剣を掴んでいた。
リヴェルはそのまま投げ捨てられる。
「ぐっ……!」
「そう簡単にいくと思ったか?」
リヴェルは起き上がる。そして咄嗟に呼ぼうとしていた。
「エイリーン……!」
だが、なにも起きない。起きるわけがない。
(そうか……エイリーンが死んでしまったから、契約も聖剣も……。いや、過去だからか)
リヴェルは、その場に座り込んだ。
「諦めたか?」
「……かもな」
リヴェルは既に諦めの中にいた。自分はエイリーンを守れなかった。いくら力を得てもそれは変わらない。
そしてその力もこんなところで終わろうとしている。
(いや、まだ終わらない)
リヴェルの脳内にマスターの声が響く。
(マスター? だが俺はもう……)
(君は生まれ変わったリヴェルだ。コウルではない。君は君はみたいな者を生まないために、生き、そして導かなければならない)
(導く……)
(そうだ。コウルとエイリーンを導き、自身のような悲劇を失くす。それが君の使命。君の存在だ。違うか!)
マスターの叱責にリヴェルは立ち上がった。
(そうだ……。俺はリヴェル。孤高の最強剣士、リヴェルだ!)
「グホホ? 諦めたのではなかったのか?」
「理由がある……。こんなところで死んでられん理由がな」
リヴェルは闇の宝珠を強く握った。
(宝玉よ……。俺はコウルを捨てる。もっと力を貸せ!)
闇の宝珠が輝きを放つ。
リヴェルの身体を闇の輝きが包んでいく。
「グホ!? なんだこれは!?」
リーダーは驚く。
リヴェルは息を吐いた。
「ふぅ……目覚めた気分だ」
リーダーはリヴェルの様子を見て叫んだ。
「グホ! お前たち、やってしまえ!」
モンスターの群れがリヴェルに迫る。
だがもうリヴェルに迷いはない。モンスターの攻撃を回避しては斬る。
「な、なんだ!? さっきと勢いが違う!」
モンスターたちは驚愕するが、そんな暇はない。次々と撃破され、残るはリーダー一体となった。
「グホ……、な、何者だ貴様」
「剣士リヴェル。貴様らを裁くもの」
先程と違う、リヴェルの速度。それが一瞬でリーダーモンスターを切り裂いた。
とある町の宿で、リヴェルとマスターは合流した。
「お疲れ様」
リヴェルはマスターを睨む。
「なにが『君ならこなせるさ』だ。死にかけたぞ」
「だが。こうして君はここにいる」
マスターは眼鏡をあげ直すと言った。
「君の真の覚醒を促したかった。この世界で、自分を導くなんてことをやるには、強さが、何者にも負けない意思が必要だからね」
「で、俺はあなたの試練に受かったのか?」
マスターは頷いた。
「もちろんだ。改めてよろしく頼むよ。剣士リヴェル」
マスターが手を出す。リヴェルはそれを握り返す。
ここにリヴェルは完全に誕生したのだ。
エイリーンがコウルと出会う前。エルドリーンから冷静で完璧な女神と思われていた頃。
某所。とある魔物の秘密基地の洞窟。
洞窟の中は大勢の魔物が倒れ伏していた。
「バ、バカな……。オレが入念に準備した計画が……!?」
奥では一匹の大型魔物が驚愕の表情で目の前の少女を見ている。
「こんな小娘一人に……?」
その少女。エイリーンは静かに魔物に剣を向ける。
「あなた方はこの地方に害をもたらし過ぎました。女神の名のもとに征伐させていただきます」
「ま――」
言葉を呟く間もなく、剣は魔物を貫いていた。
「相変わらずの早さね。もっと地上でゆっくりしてくればいいのに。お姉さま?」
神の塔の入り口で、エルドリーンは嫌味を言いつつも出迎える。
「あなたはいいのですか? こちら側にいて。今はあちら側にいる時間では」
表情を変えず返すエイリーンを、エルドリーンは睨みつける。
「姉に会いにいくくらい構わないんじゃないかしら、お姉さま」
「……そうですね。それくらいはエイナール様も許すでしょう」
それだけ言うとエイリーンは塔の奥に向かって歩いていく。
エルドリーンは睨みつつも、立ち尽くすことしかできなかった。
「よく戻りましたね。エイリーン」
「はい」
エイナールの微笑みに、エイリーンは変わらず無表情で返事をする。
「エルドリーンも言っていたようですが、地上をもう少し回ってきてもよいのですよ?」
「いえ、これが私の任務ですから」
エイリーンは頭を下げるとすぐにエイナールのもとを離れていく。
それを見ながらエイナールは少し悲しげな表情を浮かべた。
「仕事熱心なのはいいですが、あれでは契約者はいつ見つかるでしょうね……」
さすがの女神エイナールもそこまでは予見できなかった。
女神は普段、塔の上から地上を見守っている。
もちろんそれだけではない。地上にて異変が発生した場合はそれに対処している。
女神見習いのエイリーンはその一角をこなしていた。
「今は……特に異常はありませんね」
塔から地上を見下ろすエイリーン。その姿表情からは何も読み取ることはできない。
「そんなに仕事が欲しいの、お姉さま?」
「……エルドリーン。今日はよく会いますね」
エイリーンは地上を見下ろすのをやめるとエルドリーンに向き直る。
「あら、興味があるの?」
「姉として、あなたの話を聞くだけです」
「あ、そう」
淡々と返事をしたエルドリーンだったが、その内心喜んでいた。
自身の計画に姉が釣れたことに。
「それで、あなたから話しかけてきたということは、こちらの世界で私の気づいていない異変が?」
「ええ、まあね」
エルドリーンは一枚の似顔絵を取り出す。
「名前はカーズ。あなたの世界と繋がっているあちらの世界の出身ね」
エイリーンは似顔絵を受け取ると、何かを計るように集中する。
「なるほど……。危険度急上昇。対処は早いほうがいいかもしれませんね」
そう言ってエイリーンはさっと行動に入る。
「まったくせっかちね。お姉さまは」
エルドリーンは邪悪な笑みで呟いた。
雷雨の中、ふたつの影が対峙する。ひとつはエイリーン。そして……。
「あなたがカーズですか」
「なんだ貴様は」
ぶっきらぼうに返しながらもカーズは驚いていた。目の前の少女の魔力に。
「私はエイリーン。女神見習いの名のもと、あなたを征伐します」
「女神……見習い……? そうか……」
カーズの中である線がつながった。自分に力を授けた女が言っていた。自分を止めに来るものが現れると。
「あの女の思惑に乗るのは気に入らないが――」
カーズが剣を抜く。
「――女神見習い。お前も計画の一部となれ!」
剣と剣がぶつかり合う。その音は響く雷雨にかき消される。
幾度かのぶつかり合いで勝負がつかないと察したエイリーンは、すぐさま距離を置き魔力弾を放つ。
「っ……! こいつ」
瞬時の切り替えにカーズは反応が遅れる。
それを逃さずエイリーンは魔力弾で追撃を入れ追い詰める。
「これで!」
怯んだカーズに、エイリーンはとどめの剣を掲げ突撃する。
カーズもここまでかと諦めかけた時だった。
雷光が落ちる。その稲妻はエイリーンを直撃した。
「「なっ……」」
カーズの驚きとエイリーンの驚きが同時に発せられる。
だが、エイリーンは雷のダメージで墜落する。
「そ、そん……な……」
何が起きたかわからない。いやわかりたくないエイリーン。
その眼前にカーズが降り立つ。
「クク……フハハ! 女神さまが神に見放されたか?」
「……っ」
返す言葉がなかった。あの状況から雷ひとつで形成逆転されているのだから。
だがエイリーンはあきらめない。女神見習いとしての使命が彼女を立ち上がらせる。
「よく立ち上がれる。だが、そこまで満身創痍ならもう剣を交える必要はないな」
カーズはエイリーンに向け手を突き出すと、何かを詠唱し始めた。
「っ!? これは――」
「さすが女神見習い様。知っているようだな。これは魔力を奪う秘術。
基本、この世界では魔力は人それぞれのもの。奪うことはできない。だがこの秘術は別だ」
「く……あああっ」
エイリーンから少しずつ魔力が抜け、カーズの突き出した手に向かっていく。
「この術の欠点は相手が万全だと簡単に無効にされてしまうことだが、今の貴様なら十分通じる」
「ううっ……」
使命で立ち上がったエイリーンも、魔力を吸われ再び崩れ落ちる。
「すごい、すごいぞ。この魔力量! 女神見習いは伊達ではないらしい!」
興奮しながら魔力の吸収を続けるカーズ。
エイリーンはその隙に自身もある術を発動させていた。
(私の意識が落ちる前にせめて――)
吸収されるエイリーンの魔力の一部が、光玉となって消えるのをカーズは見逃していた。
この見逃しが彼の敗北になるとは、この時は誰にもわからなかった。
(――これできっと、この男への抑止力が……)
エイリーンの意識が落ちる。
この光が後に、コウルをこの世界へ誘う希望となっていくのであった。
これはまだ、ジンとカーズがまた現実世界にいた頃からの話……。
某高校、体育、剣道の時間。
「いくぞ、和(かず)」
「来いよ、仁(じん)」
二人の竹刀が素早く動く。
面、胴、小手、互いに攻めては防ぎ防いでは攻める。
「あいつらすげえよな……」
「ああ……いつも勝負つかねえしな」
周りの生徒も二人の試合を、じっくりと眺めている。
「そ、そこまで!」
このままでは勝負がつかないと感じた教師が止めに入る。
二人はすぐに静止すると、距離を取り礼をする。そして面を取る。
「さすがだな、和」
「お前もな、仁」
二人は近づきなおし握手をする。
それを見て拍手が起こる。が、一部の生徒はつまらなそうに眺めていた。
授業。
「では、仁。この問題を答えなさい」
「はい」
仁は黒板の前に立つと、ささっと問題を解く。
「うん。さすがだ」
先生は笑顔で返す。が――。
「では次の問題は……和」
和は無言で立ち上がると、同じく問題を解く。
「うむ……正解だ」
仁の時とは違い、あからさまに残念そうな表情をする教師。
「ちっ……」
それに気づきこちらもあからさまに舌打ちをする和。
仁はそれを悲しそうに見ていた。
とある日の昼休み。
仁と和は屋上で話し合っていた。
「和……。お前なあ。もう少し態度をどうにかしたほうがいいぞ」
「仁。その話はするなとこの前言ったぞ」
「だが――」
言う前に、和が仁の胸倉をつかむ。
「俺が全て悪いのか? あからさまに態度を変える教師。他のクズ生徒。奴らは悪くないと?」
「そうは言っていない!」
仁が和を引きはがす。その衝撃で和は金網にぶつかった。
「あ、悪い……」
「ふん……」
和は気にせずにその場を去っていく。
仁はただそれを見ていることしかできなかった。
その日の放課後。
「和?」
昼のことを改めて謝ろうとした仁だったが、既に席に和の姿はない。
(もう帰ったのか?)
仕方なく自分も帰ろうとした時だった。
「仁、和なら昼にお前がいないときに絡まれてたぜ。今頃、体育館裏にでもいるんじゃないか?」
「っ!? 何故止めない!」
「いや、だって――」
聞く前に仁は走り出していた。
体育館裏にたどり着くとそこは大変な状況だった。
倒れ伏す不良たち。その中央で今まさに、和が不良のリーダーに拳を叩きいれた。
「がはっ……」
倒れ崩れる不良リーダー。
和は傷だらけながらも、そこに立つ。
「和!」
仁は慌てて駆け寄ろうとする。だがそれを和の睨みが止めた。
「なあ、仁。今回も俺が悪いと言うつもりか?」
「っ……」
「ああ。俺も悪いだろうさ。だがどうすればいい、俺は! こいつらにただやられろと言うのか!?」
和が仁の胸倉を掴み上げる。
「俺はやられて終わるつもりはない……。たとえ俺が悪いと言われようともな!」
和は仁を壁に押しのけるとそのまま去っていく。
「和……」
昼休みと同じく、仁はその背を見送ることしかできなかった。
―病院―
とある病室のドアを開け、和は入っていく。
そのドアの音に反応して、少女がベッドから起き上がった。
「お兄様!」
少女は微かにせき込みながら、兄である和を呼ぶ。
「ああ。雫、無理はするな」
和は学校では見せない笑顔で妹『雫(しずく)』に声を掛ける。
「だって、久しぶりですもの。お兄様に会うのは。ただ……」
雫は顔を曇らせる。
「お兄様。ケンカはダメですよ?」
「っ……。ああ」
妹に注意されるとさすがに和も言い返せない。
「わかってる。次から気を付ける」
そう言った和を雫は心配そうに見つめる。
だが兄が言う以上、それ以上は言うのをやめた。
二人はそれから他愛のない話を続ける。喧嘩で荒んだ和の心もその時だけは落ち着きを取り戻していた。
それから数日、一時の平穏が訪れた。
先生による咎めはあったものの、和、不良たちともにその時はそれで済んでいた。
(これで収まってくれれば……)
仁は様子を見ながらそう思った。
だが事件は数日後に起こった――。
「お兄様とこうして外に出るのは久しぶりです」
「ああ、そうだな」
その日、和は雫の車いすを押しながら散歩に出ていた。
雫の体調が良かったこと、気候もよく、雫自身が外に出たがったためだ。
だがその途中だった。
「……ん、電話か。雫、ちょっと待っててくれ」
「わかりましたわ」
車いすにブレーキを掛けると、和は少し離れ通話を始める。
その時だった。
「きゃっ!?」
何者かが車いすを勝手に押し進み始める。
何者かは近くの公園に入る。そこには……。
「ほ~う。こんな可愛い子があの和の妹とはねえ」
「あ、あなたたちは……?」
そこにいたのは和にやられた不良たち。
「あんたには悪いが、和の野郎をぶちのめすため。おとなしくしててもらうぜ」
「あなたたち……。お兄様とケンカした人たちね?」
兄が好きな故か、それとも性格か。雫は不良たちを必死に睨みつけた。
「お兄様になんの恨みがあってケンカしているのかは知りませんが、わたしを人質に取るつもりですか。恥を知りなさい!」
雫の発言に不良の数人が怒り始める。
不良リーダーはそれを制止しようとして――。
「嬢ちゃん。俺らを前にそこまで言う度胸は褒めてやる。だがな……」
不良リーダーは制止をやめた。
制止をやめた不良たちが雫に近づき始める。
「や、やめなさい。近づかないで――」
きゃああっ!
「雫!?」
電話がちょうど終わった和のもとに聞こえる妹の悲鳴。
和はすぐに聞こえた方向へ走り出す。
(あの電話……)
和の電話の相手は、いかにも変えた声で『妹に聞かれたくないこと』により和を釣っていた。
(まさか……)
考え終わるより前に和は公園につく。そこには倒れ伏す妹、雫。
「よう、和。遅かったな」
「貴様ら……」
和は雫を抱えると、すぐに電話を取る。
「……仁か? 悪いが病院の先生を連れて〇×公園に来てくれ」
『なに? おい。どうし――』
和は電話を切り、雫を公園の隅に座りかけさせた。
「お前ら……。雫に手出して、生きて帰れると思うなよ」
わずか数分後だった。仁と病院の先生が現れたのは。
だがそこは既に、たくさんの不良が山を築き上げていた。
そこには疲れか、相打ちか、和も倒れていた。
「……っ。ここは」
「和、目が覚めたか」
病室に和は寝かされていた。
「お前、やられたのかやり過ぎたのか知らないが、おまえ自身がボロボロだったんだぞ」
「……」
和はそっぽを向くが、すぐに向き直り訊いた。
「俺はどれぐらい寝てた?」
「丸一日だ」
「そうか」
和は仁から顔を背ける。しばらく沈黙が訪れた。
「……和。大事なことを聞いて――」
「……雫はどうした」
仁が話すのを遮り和が訊いた。
「……っ」
仁が話すのを躊躇う。
「……どうしたか聞いている」
「雫ちゃんの状態のことは……」
和はただ頷いた。
「奴らのせいで雫ちゃんは……。そしてそれを苦しんで昨晩……」
「そうか……」
和はあまりにも落ち着いている。
「怒らないのか?」
「お前に怒ってどうなる」
和の様子に、仁は逆に不安になった。
嵐の前の静けさ、着火直前の爆弾。そのような状態ではないかと。
しかしその心配をよそに何もない時が進んだ。そんな時それは突然訪れた。
「なんだここは……」
「まるでフィクションの異世界のようだね……」
仁と和はある日、異世界エイナールへと飛ばされていた。
飛ばされて数日。二人はただ異世界を生きるために必死だった。元の世界のことを考える余裕はないほどに。
ある程度慣れたころには、二人は今いる世界について調べ始める。元の世界と何かつながりがないかを。
そして気づけば数年――。
「和」
「『ジン』、忘れたのか。この世界では俺は『カーズ』だ」
「そうだったな」
「いい加減慣れろ」
二人は旅をしながら変わらず世界を調べていた。
「今日の食事当番は私だったね。買出しに行くがリクエストは?」
「好きにしろ」
友のいつもと変わらない返事に、苦笑いしながらジンは部屋を出ていく。
カーズは一人残された部屋で本を読みはじめた……が。
「ふ~ん、なかなかの憎しみね」
「っ!? 誰だ、女!」
部屋にはいつの間にか一人の少女が立っていた。
「私? 名乗るほどの者じゃありません」
「……」
カーズは少女を睨みつける。
「恐い顔。だけどその憎しみを向けたい相手が他にいるんじゃないかしら?」
「……女。何を知っている?」
「知りはしないわ。ただその憎しみに用があるってところかしら?」
そう言うと、少女は一冊の本をカーズに差し出した。
「あなたはその本に書いてあることを実行すればいいわ」
カーズはその本をパラパラとめくる。軽くめくっただけだが彼は自分が欲しかった情報に驚いた。
「どう?」
「俺にこれをさせて貴様になんの得がある?」
なにか裏があるのかとカーズは考える。
「それをやるのには得はないわ。ただ――」
少女は一拍間を置いた。
「――将来、それを止めに来る者が現れるわ。貴方はそれを倒してくれればいい」
「……」
二人が沈黙する。だがカーズが先に口を開いた。
「いいだろう。見知らぬ奴の思惑に乗るのは気に入らんがな」
「そう。よかった。じゃあね」
少女は消えていく。それとほぼ同時だった。ジンが帰ってきたのは。
「何か話し声がした気が……」
「空耳だ」
カーズは既に少女から受け取った本をしまっていた。
次の日のことだった。
「ジン。しばらく別行動をしないか」
「急だな?」
「野郎二人きりに飽きただけだ」
「おいおい」
しかし、なんだかんだ話した結果、一時的に別れようという結果になった。
「じゃあな、カズ気をつけろよ」
「カーズだ」
二人はそれぞれの道へ歩き出した。これが決定的な亀裂になるとジンは知らずに。
ジンがカーズの計画を知ったのはそれからしばらく後のことであった……。