「結菜ちゃんの制服、
僕が脱がせてあげる」
一輝くんが?
私の制服を?
「一輝くん、何を言って……」
「脱がせてもらったんでしょ」
「え?」
「拓生くんに」
「一輝くん、何を言って……」
「だから
今度は僕が」
「違うよ‼ 一輝くん‼
拓生くんとは本当に何もっ‼」
いくら言っても。
届かない、全く。
今の一輝くんには。
そんな状況。
そのことに焦るばかり。
そうしている。
その間にも。
一輝くんの指。
触れた、私の制服のリボンに。
その瞬間に。
シュルっとほどかれた、リボンを。
その次に。
一輝くんはブラウスのボタンに触れ。
上から順に外していく。
一つ、また一つ……。
一輝くん。
どうして信じてくれないの。
「結菜ちゃんっ⁉」
私の様子。
それに気付いた一輝くんがボタンを外している手を止めた。
「……どうして……泣いてるの……?」
少し戸惑いながら。
そう訊いた一輝くん。
どうして?
どうしてだろう。
たぶん。
悲しかったから。
信じてもらえなかった、一輝くんに。
そのことが。
「ずるいよ、結菜ちゃん、
そんなに泣かれたら……
僕は何もできなくなってしまう」
少し困った表情をしている一輝くん。
「ごめん、結菜ちゃん、
僕、少し強引過ぎた」
やっと。
戻ってきてくれた。
いつもの一輝くんに。
「ちょっと不安になっちゃって、
ダメだな、僕」
だけど。
一輝くんの表情は少し元気がなく。
まだ完全に戻ったわけではなさそう。
「一輝くんはダメなんかじゃないよ」
私が軽率だった。
一輝くんに気持ちを打ち明けられて。
一輝くんの気持ち。
それを知っている。
それなのに。
拓生くんとは高校一年生の頃からの友達。
だからといって。
二人で会う。
おまけに家にまで。
それに。
一輝くんへの気持ち。
それが、はっきりとしていない。
だから一輝くんに答えは出すことができず保留のまま。
それなのに。
いけなかった、会っては。
他の男の子と。
ましてや家に行くなんて。
してしまった、失礼なことを。
一輝くんに。
ということは。
それと同時に。
拓生くんにも失礼なことをしてしまっている。
拓生くんの気持ち。
それは知らなかった。
とはいえ。
一輝くんのことを保留のまま。
その状態で拓生くんと二人で会ったなんて。
いろいろと考えていた。
そうしたら。
申し訳ない、一輝くんと拓生くんに。
そんな気持ちになった。
「ごめんね、一輝くん」
申し訳ない。
そう思っていた。
そうしたら。
謝っていた、自然に。
一輝くんに。
「なんで結菜ちゃんが謝るの?」
「私も悪いところがあったから」
「そんなことないよ、
結菜ちゃんは全然悪くない」
本当に優しいな、一輝くんは。
「だけど私は
一輝くんのことを不安にさせてしまった」
一輝くんに不安な気持ちや悲しい気持ち。
それらの気持ちを抱えてほしくない。
一輝くんには、いつも笑顔でいてほしいから。
「ありがとう、結菜ちゃん。
僕のことを気にかけてくれて」
戻ってきてくれた。
一輝くんの笑顔。
やっぱり。
一輝くんの笑顔。
見ていたい、ずっと。
そう思っていると。
一輝くんは指で拭ってくれた。
私の頬に伝う涙を。
そのあと。
一輝くんの唇が私の唇に重なった。
今は、さっきのように激しくて荒いキスではなく。
心のこもった一輝くんのやさしさを感じるキス。
心地良い。
一輝くんのやさしいキス。
とろけるような甘いキス。
そんな一輝くんの甘いキスに溺れていた。
ゴールデンウィーク。
今日は彩月と遊び。
その帰り道。
「結菜ちゃん‼」
のんびりと歩いている。
そのとき。
私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の人物。
わかった、すぐに。
そう思いながら。
声が聞こえる。
そちらの方に振り向いた。
「拓生くん」
やっぱり。
そこには拓生くんが。
「嬉しいな、
結菜ちゃんに会えるなんて」
そう言って、いつものように穏やかでやさしい笑顔をしている拓生くん。
「すごい偶然だね」
私も笑顔で言った。
だけど。
その笑顔は少しだけぎこちない。
拓生くんに想いを打ち明けられ。
拓生くんとしっかり言葉を交わす。
そうするのは初めてだったから。
「結菜ちゃんも出かけてたんだね」
「うん、友達と遊びに行ってたの」
「そうなんだ。
俺も友達と遊びに行ってたんだ」
「そうなんだ」
できている。
なんとか会話は。
拓生くんに想いを打ち明けられて。
それから少し気まずさがあったから。
「そうだ、結菜ちゃん、
このあと時間ある?」
「え?」
「よかったら、
今からカフェでお茶でもしない?」
えっ‼
カフェでお茶。
拓生くんと二人で。
それは。
どうしよう。
「結菜ちゃん?」
できない。
なかなか返答することが。
拓生くんと二人でお茶。
正直なところ少し困っていた。
なぜなら今。
ある人物。
その人のことが頭に浮かんでいるから。
一輝くん。
一輝くんの私への想い。
それを知っている。
それなのに。
他の男の子と二人で行動するなんて。
それから。
拓生くんの私への想い。
それも知っている。
だけど。
まだ、きちんと答えを出していない。
拓生くんに。
そんな状態。
一輝くんと拓生くん。
二人に中途半端なことをしている。
それなのに。
安易に拓生くんと二人でお茶なんて。
「どうしたの? 結菜ちゃん」
だから。
用事がある。
拓生くんにそう言って断ろう。
カフェでお茶をすることを。
そう思った。
「あの、拓生くん……」
「結菜ちゃん?」
拓生くんに断ろうとした。
そのとき。
聞こえた、後ろから声が。
その声を聞いて。
思わず身体がビクッと反応した。
その声が誰なのか。
すぐにわかった。
なので。
恐る恐る振り返った、後ろを。
「一輝くん……」
会ってしまった、とんでもないタイミングで。
これでは。
今まで拓生くんと二人で会っていた。
そのように見えてしまう。
「結菜ちゃん、
姉ちゃんと遊びに行ってたんじゃ……」
やっぱり‼
一輝くん、誤解している‼
なんとか誤解を解かないとっ。
「うん、彩月と遊びに行ってたよ。
拓生くんとは今、ばったり会って」
一輝くん、ちゃんと信用してくれるかなぁ。
気にかかる、なんだか。
一輝くんの反応。
ほとんどない。
そのことが。
「結菜ちゃん、知ってる人?」
パニックになっている。
そのとき。
拓生くんの小声での質問がきた。
抑える、必死に。
パニックになっている。
そのことを。
「拓生くん、こちら椎名一輝くん。
私や拓生くんと同じ高校で一年生」
拓生くんに一輝くんのことを紹介した。
すると拓生くんは一輝くんのことをジッと見る。
「へ~え、君があの椎名一輝くん。
特進科の中でもトップクラスで美少年って
女子たちがよく騒いでるから
名前は知ってたよ」
一輝くんは特進科の中でもトップクラスで美少年。
だから女子たちを中心に有名なのは知っている。
だけど、そこまで有名になっていたなんて。
って。
なんで少し落ち込んでいるのだろう。
そうだ。
一応、一輝くんにも紹介しなくては。
拓生くんのことを。
一輝くんが拓生くんのことを知っている。
そのことを知らない、拓生くんは。
だから形だけでも紹介しなくては。
一輝くんに拓生くんのことを。
そうじゃないと。
拓生くんに思われてしまう、不自然に。
なんで自分のことを知っているのだろう。
一体いつどこで知ったのだろう、と。
もちろん拓生くんは知らない。
私と一輝くんが一緒に暮らしている。
そのことを。
それから。
このことも知らない、拓生くんは。
前に見かけた、一輝くんが。
私と拓生くんが一緒にいる。
そういうところを。
言っていた、一輝くんが。
私と拓生くんが一緒にいる。
そういうところを見た、と。
そのときの一輝くんは、まだ知らなかった。
拓生くんの顔も名前も。
なので一輝くんに話した。
拓生くんのことを。
同じマンションの同じ部屋。
その場所で話した。
一輝くんに拓生くんのことを。
なんて口が裂けても言えない。
「一輝くん、こちら市条拓生くん。
私や一輝くんと同じ高校で私と同級生」
一輝くんは初めて拓生くんのことを見る。
だから一輝くんに紹介する。
拓生くんのことを。
なぜ一輝くんにそうしているのか。
わかってくれる、一輝くんは。
だから一輝くんも合わせてくれる、話を。
そう信じている。
「結菜ちゃん、そんなご丁寧に教えてくれなくてもいいのに。
前に結菜ちゃんが先輩のこと教えてくれたじゃない。
確かに名字は知らなかったけど」
信じていた。
一輝くんなら。
きっと合わせてくれる、話を。
そう思っていた。
それなのにっ。
合わせてくれなかった、話を。
一輝くんはっ。
「そうなの?
結菜ちゃん、
いつの間に椎名くんに俺のことを」
せっかく。
もっていこう、安全な方に。
そう思っていた。
それなのにっ。
一輝くんがっ。
話してしまうからっ‼
一輝くんっ。
君は一体どういうつもりでっ⁉
わからない。
一輝くんが何を考えているのか。
さっぱりわからないっ‼
そう思っていると。
なってきた、パニックに。
頭の中が。
「拓生くんっ
それはその……」
説明をしよう、上手く。
拓生くんに。
そう思っても。
パニック状態。
そうなってしまっている。
だからだろうか。
全く言葉になっていなかった。
そんな私のことを拓生くんは不思議そうな表情をして見ている。
どうしようっ。
話さなければ、早く。
拓生くんに。
そうじゃないと。
怪しまれてしまう。
そういう恐れがあるっ。
それなのにっ。
そう思えば思うほど。
上手く出せないっ、声がっ。
早くっ。
一刻も早くっ。
出してっ、声をっ。
話さなければっ、拓生くんにっ‼
「結菜ちゃんが説明しづらいのなら、
僕が市条先輩に説明するよ」
え。
「僕、
前に結菜ちゃんと市条先輩が
一緒にいるところを見たんですよ」
ちょっと、輝くん?
君は一体何を言おうとして……。
「それで結菜ちゃんが帰ってきたときに
結菜ちゃんに訊いたんですよ、
友達と会ってたのかって」
ちょっとっ‼ 一輝くんっ‼
君は一体何ということをっ‼
これはっ。
まずいっ、大変にっ。
非常事態っ。
それ並みにっ‼
早くっ。
一刻も早くっ。
止めなくてはっ。
一輝くんのことをっ。
そう思っている。
それなのにっ。
出てこないっ、声がっ。
「帰ってきたとき?」
一輝くんの言葉。
その言葉に不思議そうな表情をしている拓生くん。
やっぱり。
拓生くん、不思議そうにしている~っ。
それもそう。
『帰ってきたとき』
そんなことを言ったら。
誰だって思ってしまう。
『どういうこと?』と。
それなのにっ。
一輝くんはっ‼
って‼
一輝くんっ‼
ダメ‼
一輝くん‼
これ以上言っては‼
「一輝くん‼ 言っちゃ……」
やっと出すことができた、声を。
そして急いで一止めようとした。
これから言ってしまうかもしれない。
一輝くんの爆弾発言を。
「あれ、先輩知りません?
僕と結菜ちゃん、
今一緒に暮らしてるんですよ」
ガシャーン‼
聞こえた、ような気がした。
そんな音が。
それだけ衝撃的な一輝くんの発言。