同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉




 春休みのある日。



「え?
 今、なんて……」


 私は耳を疑った。


「うん、だからね、
 私、来週にはこの部屋出るから」


 サラッとそんなことを言う。
 友達の椎名彩月(さつき)


 彩月はボブヘアで目がくりっとした可愛い女の子。
 すごく明るくて元気があって。
 一緒にいると元気になれる。

 のだけど。
 彩月は天然なのか。
 時々ぶっ飛んだ言動をすることがある。


「ちょっと、なんでいきなりそんなことになるの⁉」


 あまりにも突然のことで。
 頭の中がパニックになっている。


「う~ん、いきなりではないんだけど……」


 ケロッとして言う、彩月。


「いきなり過ぎだよ‼」





 彩月は幼稚園の頃からの幼なじみ。

 私の親と彩月の親はとても仲が良い。
 そういうこともあって。
 私と彩月も自然と仲が良くなった。

 幼稚園を卒園してから。
 小学生、中学生になっても。
 もちろん、ずっと仲が良い。

 そして高校も同じに。

 私と彩月は、同じ高校に行くことができることをすごく喜んだ。



 ただ。
 一つだけ問題が。

 それは通学時間。

 私の実家と彩月の実家。
 そこから高校までの距離は結構遠い。
 通学時間はかかる。

 そこで私と彩月は話し合った。
 そして話し合ったことをそれぞれの親に話した。

 その結果。
 高校の近くのマンションを借りる。
 私と彩月は、高校の三年間そこで一緒に暮らす。
 それが絶対条件で話がまとまった。



 そうして私と彩月は。
 高校一年生のときから二年間一緒に暮らしている。

 そして今年の四月から高校三年生。

 彩月からの、このとんでもない発言が出たのは。
 もうすぐ高校三年生になろうとしている春休み中のこと。

 まだ一年間残っているのに。
 私一人で暮らすなんてことになったら。
 お母さんとお父さんに「実家に帰って来なさい」と言われる。

 それに、そのこともあるけれど。
 彩月が部屋を出ていくなんて。
 やっぱり寂しい。

 高校入学してから二年間。
 彩月と一緒に暮らしていて。
 その生活が当たり前のようになっていたから。





「あと私の代わりに
 一人ここで暮らすことになるから。
 結菜は一人暮らしじゃないから安心して」


「えっ⁉ それもいきなりじゃない‼」


「そう?
 そうならないように
 ここを出る一週間前の今日に
 こうしてちゃんと報告してるんだけど」


 なんてのんきな‼

 そんな大事なこと。
 一週間前に言うのは遅いでしょ‼


 あと‼
 彩月には、きちんと訊いておかなければ‼


「もうっ、なにがなんだかわからないことだらけだよ‼
 なんで彩月はこの部屋を出るの⁉ 
 そして彩月の代わりにここに暮らすのはいったい誰なの⁉ 
 ちゃんと答えてもらうから‼」


「うん、わかってる。
 そのことは、ちゃんと言うつもりだから」


 彩月は、なんて答えるのだろう。


 彩月が答えるのを待っている私は。
 少し緊張していた。





「まずは。
 どうして私が来週にはこの部屋を出ていくのか」


 それは?


「来週から彼氏と一緒に暮らすことになったから」


 え。


「えぇぇ~っ‼」


「ちょっと、結菜、
 声が大きいってば」


「彼氏って、
 彩月、いつの間に……」


「あれ、前に言わなかったっけ?
 彼氏できたって」


「それは聞いたけど。
 でも、それは『彼氏ができた』って聞いただけでっ。
 どこの誰かとか詳しく聞いてないから」


 彩月は彼氏さんの話はあまりしない。

 女子って、そういう話をしたりするものなのかと思っていた。
 だけど彩月は、そういうところはクールな方だと思う。


 だから。

 まさか同居するほど進展していたとは全く知らなかった‼


「あ~、そうだっけ?」


「そうだよ‼」


 ねぇ、彩月。

 彩月の彼氏さん。
 その人は一体どこの誰なの⁉




「彼ね、大学生なの。
 今年、二年生」


 それも初耳だ。


「どこで知り合ったの?」


「バイトで」


「バイト……」


「うん。
 私と彼は同じバイトなの」


 それもまた初耳。


「初めは頼りになるバイトの先輩だった。
 それが、いつしか……」


 そうだったんだ。


「来週から彼と一緒に暮らすことになったのは、
 今年に入ってすぐ彼が『一緒に暮らさないか』って言ってくれたからなの」


 なるほど。


「でも一緒に暮らすのは、ちょっとだけ待ってほしいって言ったの」


 それって。


「今、友達と一緒に暮らしてて、
 私が出ていくと、その子が一人になっちゃうからって」


 やっぱり。


「今年の春から、もう一人こっちに来るから。
 その子が来たら友達は一人暮らしじゃなくなるからそれまでは、って」


 そういうことだったんだ。


 それで。

 こっちに来るという、その子。

 とても気になる‼





「でね、
 こっちに来る、その子というのが」


 というのが?


「私の弟の一輝(いつき)よ」


 え。


「……あの、彩月さん?」


「どうしたの?」


「聞き間違えたとは思うんだけど、
 今、一輝くんって聞こえたような……」


「そう言ったわよ。一輝って」


「ちょっと、
 一輝くんって一体どういうことなの⁉」


 一輝くんの名前が出てきて。
 頭の中はパニック状態。


「うん、
 だから、ここに来るのは一輝だよっていうことなんだけど」


「なんで一輝くんがここに来るの⁉」


「一輝も今年の四月から
 私と結菜が通っている高校に入学するからよ」


「えっ⁉」




「一輝も私たちと同じ高校に入学するのならちょうどいい。
 一輝が結菜と二人で暮らしたらどうかなということになったのよ」


「そんなにサラッと言わないでよ‼」


「なんでよ、そんなに驚くこと?」


「驚くよっ。
 同じマンションで私と一輝くんが二人で暮らすなんてっ」


「何か問題?」


「大問題じゃない‼
 男子と女子が同じ部屋で一緒に暮らすなんてっ」


「何言ってるのよ。
 結菜も昔はよく一輝と遊んでたでしょ」


「一緒に遊んだだけと暮らすことを一緒にしないでよ‼
 それに一緒に遊んだって言っても、
 私が小学生の頃のことで。
 小学校卒業してからは
 一緒に遊んだ記憶がないくらい
 一輝くんとは交流がなかったんだだから‼」


「大丈夫よ。
 あいつだったら二人で暮らしても何も問題ないと思うよ」


 何も問題ないって……。


「だから、ね」


『ね』って、彩月~。



「でも」


「でも?」


「彼氏さんと同居すること、
 おばさんとおじさん、よく許したね」


「あ~、そうだった。
 そのことで結菜にお願いがあるんだけど」


 え。


「お願い?」


「そうお願い」


 それは。

 一体何をお願いされるのだろう。