同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉




「隙があるからだよ」


 やめておこう、一輝くんに何かを言うことは。

 そう思っている私とは正反対。
 一輝くんは容赦なく次々と言葉を発している。



 今度は何を言った?

 隙?


『隙』とは何に対して?


「頬とはいえ。
 キスをされるということは
 結菜ちゃんに隙があり過ぎるからだよ」


 はぁ~?

 なに、その言い方。


 なんで。
 言われなくてはいけないのだろう。
 そんなことを一輝くんに。

 私に隙がある。
 そんな言い方をすることないのでは?







 拓生くんの家に行くことになった。
 その理由は。
 拓生くんが相談したいことがあると言って。
 その話は外ではできないと言っていたからで。
 それなのに。

 結局、拓生くんからの相談はなかったのだけど。





 確かに。
 そういう意味では。
 当たっているのかもしれない、少しだけ。
 一輝くんが言ったことも。


 拓生くんも一人の男の人。
 それなのに。
 部屋に二人きりでいる。
 それは軽率だったかもしれない。



 それに。
 拓生くんが私のことを想う気持ち。
 知っている。

 それなのに。
 拓生くんの部屋で拓生くんと二人きりでいる。


 そういう意味では。
『隙がある』
 そういうふうに言われてしまった、一輝くんに。

 それは仕方がないのかもしれない。










 だけど。

 それって。
 言うべきこと?
 一輝くんが。



 確かに。
 告げられている、想いを。
 一輝くんから。

 だから一輝くんがそういうふうに言った。
 そのことは間違ってはいないと思う。





 だけど。
 どうなのだろう、やっぱり。



 だって。
 一輝くんは私にとって……。





「……なんで」


 しよう、我慢を。
 一輝くんに何かを言うこと。
 そう思っていた。


 だけど。

 きてしまった、らしい。
 限界が。


「なんで一輝くんに
 そこまで言われなくては
 いけないの?」


 だから。

 開いた、口を。
 ついに。


「結菜ちゃん?」


 一輝くんはキョトンとしている。


 それでも。
 続ける、言葉を。


「一輝くんは
 私の……彼氏……
 じゃないでしょ」


 言ってしまった。





 なんて言うのだろう、一輝くんは。


 待つ、ドキドキしながら。
 一輝くんが何を言うのかを。



 何を考えているのか、一輝くんが。
 気になる、そのことが。


 だから思った、判断しようと。
 一輝くんの表情で。

 だけど。
 わからない、全く。







 流れる、妙な沈黙が。
 私と一輝くんの間に。





 長い。

 感じる、とても長く。
 その沈黙が。


 本当は。
 それほど時間は経っていないはず。

 だけど。
 感じる、私の中では。
 とても長く。



 何か言ってよ、早く。
 一輝くん。

 そんな気持ちでいっぱいになる。





 重苦しい。

 本当に本当に重苦しい。


 耐えられない、この重苦しい空気。

 されたい、解放。
 少しでも早く。
 そう思った。





「……確かに」


 解放されたい、この重苦しい空気から。



 そう思っていると。
 やっと開いた、口を。
 一輝くんが。


 どんな言葉でも。
 話を始めた、一輝くんが。

 そのことに少しだけ安心感を抱いた。


「確かにそうだね。
 僕は結菜ちゃんの彼氏じゃない」


 抱いた、安心感は。

 だけど。
 すぐにスーッと引いてしまう。







 一輝くんは入って行ってしまった、自分の部屋に。
 私に背を向けて。


 そんな一輝くんの背中。
 見える、冷ややかに。

 だけど。
 感じる、寂しさも。





 言い過ぎたかな、少しだけ。
『一輝くんは私の彼氏じゃない』って。



 一輝くんにそう言ってしまった。
 そのことを後悔した、少しだけ。


 だけど。
 一輝くんに声をかける。
 できなかった、そうすることは。





 気まずくなってしまった、一輝くんと。

 それから十日が経った。







 あの日から。
 必要以外の会話はなく。
 接してくる態度も素っ気ない。





 この十日間は。
 とても重苦しいものとなっている。



 続いてしまうのか、このまま。
 一輝くんと気まずくて重苦しい状態が。


 そう思うと。
 辛くて苦しくて。

 何とも言えない。
 そんな気持ちになっている。





 だけど。
 今だけは。
 できている、逃れることが。

 気まずくて重苦しい。
 そういう状態から。


 今日は土曜日。

 一輝くんは出かけていて。
 部屋には私一人しかいないから。



 って。

 一輝くんが部屋にいなくて。
 少しだけほっとしているなんて。


 本当は。
 なりたくない。
 こんな気持ちになんか。



 * * *


 昼ごはんを食べ終え。
 後片付けも済ませた。





 その後。
 スーパーへ行き。
 買い物を済ませてスーパーを出た。

 そのとき。
 少し遠く離れたところ。
 見かけた、一輝くんが歩いているのを。



 気付かれたくない。

 一輝くんを見かけた。
 その瞬間、そう思ってしまった。


 だから。
 向けようとした、背を。
 一輝くんに。

 そのとき。





 疑った、目を。


 なぜなら。

 いたから、女の子が。
 一輝くんの隣に。







 この状況。
 わからない、よく。


 だけど。
 苦しい、なぜか。

 苦しくて苦しくて。
 できなくなりそう、息が。





 ダメ、もう。

 離れたい。
 一刻も早く、この場所から。



 一輝くんと女の子。
 二人に背を向け。
 下を向き歩き出した。


 少しでも遠く。
 離れたい、一輝くんから。

 その一心だった。










 やっとのことで着いた、マンションに。


 部屋に入り。
 買った食材を冷蔵庫の中に入れた。



 いつもなら。
 その後、片付けをしたりテレビを観たりする。





 だけど。
 違う、今は。

 起こらない、何もやる気が。


 どうしてだろう。



 違う。

 わかっている、本当は。
 なぜなのか。


 浮かんでいる、さっきから。
 何度も何度も同じことが。


 女の子。
 一輝くんの隣にいた。

 なんで。
 一緒だったの。

 誰?
 あの女の子は。

 どういう関係なの?


 嫌。
 こんなことばかり。
 思ってしまう自分が。

 何度も何度も。
 消そうとしている。
 頭の中から。

 それなのに。
 離れない、どうしても。
 頭の中から。
 一輝くんのことが。


 辛い。

 どうしよう。

 これから、どうすれば。




 * * *


 どれくらい経ったのだろう。
 買い物から帰ってきてから。


 いつの間にか眠ってしまっていた。





 今何時だろう。

 そう思い、時計を見る。


 驚いた。

 買い物から帰ってきて。
 すでに二時間が経っていた。



 だけど。

 眠りたい、まだ。


 そうすれば。
 できる、忘れることが。
 一輝くんのことを。










 って。

 そういえば帰ってきているのだろうか。
 一輝くん。



 そう思い。
 自分の部屋を出てリビングを見た。

 一輝くんはいなかった。


 続いて見た、玄関の方を。

 だけど見当たらなかった。
 一輝くんがいつも履いている靴が。





 帰っていない、まだ。
 一輝くんが。

 してしまう、ほっと。
 そのことを知って。



 今、一輝くんと顔を合わせる。
 それは。
 きつい、かなり。
 精神的に。


 ただでさえ。
 この十日間。
 気まずくて重苦しい。

 それなのに。
 女の子と一緒に歩いている。
 そんなところを見てしまうなんて。



 これからどういうふうに合わせればいいのだろう。
 一輝くんと顔を。


 普通に接する。
 一輝くんに。


 だけど。
 無い、全く。
 その自信が。

 というか。
 普通に接する。
 できるわけがない、そんなこと。





 って。

 なぜ?

 一輝くんと女の子が一緒に歩いている。
 そういうところを見て。
 いられなくなるのだろう、普通で。





“ガチャッ”


 音がした、鍵を開ける。


 帰ってきた、一輝くんが。



 一輝くんが帰ってきて。
 慌てている自分がいる。


 なんでこんなにも慌てているのだろうか。

 そう思いながら。
 落ち着かせようとした、自分の気持を。





 そのとき。
 開いた、リビングのドアが。



 普通に、普通に。

 そう自分に暗示をかけ。


 整える、準備を。
 一輝くんに声をかけるための。


「おかえり、一輝くん」


 できるだけ平静を装いながら。
 かけた、声を。
 一輝くんに。


「ただいま」


 素っ気ない、やっぱり。


 そう、だよね。










 そんな一輝くん。


 まず。
 手を洗い。

 その後。
 食器棚からコップを取り出し。

 次に。
 冷蔵庫のドアを開け。
 お茶を手に取り。
 コップにお茶を注いで。
 飲み始めた、お茶を。





 その行動。
 見ている、一通り。


 そのとき。
 回っている、グルグルと。
 頭の中で。
 あのことが。

 一輝くんと女の子のこと。

 あの女の子と一輝くん。
 二人は、どういう関係なのか。

 もしかして。
 一輝くんは。
 あの女の子と……。



 考える、そんなことを。

 そうすると。
 辛い、すごくすごく。


 なぜ辛いのか、そんなにも。







 って。

 そんなこと。
 わかっている、とっくに。


 私は。
 一輝くんのことが……。





「結菜ちゃん?」


 入り込んでいた、自分の世界に。


 一輝くんに声をかけられ。
 我に返った。

 それと同時に。
 その反動で心臓が勢い良く飛び跳ねた。


「どうしたの?
 ぼーっと突っ立って」


 お茶を飲み終えた一輝くんが私の方を見ている。


「あ……あの……その……」


 どういうふうに言えばいいのだろう。

 出てこない、言葉が。


 そのためだろう。
 できない、なかなか。
 声を出すことが。







 一輝くんと一緒にいた女の子。

 その女の子との関係。


 今まで。
 どこで何をしていたのか。
 その女の子と。





 それらは。
 気になる、ものすごく。


 だけど。
 できない、訊くことが。



 だって、私は。

 彼女じゃないから。
 一輝くんの。


 だから。
 何も言えなくて。
 訊けなくて。

 それが。
 すごく、もどかしくて。

 辛すぎる。



「僕に何か用?」


 また。
 入り込んでしまっていた、自分の世界に。


 一輝くんに声をかけられ。
 再び我に返った。

 またまた、それと同時に。
 その反動で再び心臓が勢い良く飛び跳ねた。



 だけど。
 思った、そうなりながらも。


 もしかして。
 読まれてしまったかもしれない。
 心の中を。

 訊きたいことがある。
 一輝くんに。
 ということを。







 驚いた。

『何か用?』
 一輝くんにそう訊かれて。





 だけど。

 それよりも。


 一輝くんの声のトーン。

 感じた、冷たさを。



 そんな一輝くんの声を聞いて。
 ショックというか何というか。
 よくわからない感情。
 そういうものが押し寄せてきた。





「え……?」


 わからない、もう。
 どう返答すればいいのか。


「だって、さっきから結菜ちゃん、
 ずっと立って僕のことを見てるから」


 一輝くんに言われ。
 そうだったと気付き。
 思った、それと同時に。
『しまった‼』と。


 だけど。

 あれだけ見続けていた。

 だから仕方がないのかもしれない。
 一輝くんに気付かれても。


「僕に何か訊きたいことでもあるの?」


 鋭い、本当に。
 一輝くんは。


 訊きたいことがある、一輝くんに。
 そう思っている。

 そのことを。
 気付かれている、完全に。


「え……えっと……」


 それは。
 ある、訊きたいことは。


「なに?
 僕に訊きたいことって」


 というか。

 一輝くん。

 私が一輝くんに訊きたいことがある。
 というふうに決めつけているような。





 確かに。
 ある、訊きたいことは。



 だけど。

 それは。
 訊けないことだから。
 彼女じゃないと。