「怖いよな。死って。俺も怖い。俺に弟がいるのって知ってるよな」
『うん、知ってるよ。幸二郎君でしょ?』
「そう、幸二郎。だいぶ離れてるけど、俺よりできる健康体の弟だ」

 はあ、と宗はせつなげなため息をついた。目が少し潤んでいる気がする。

「元気で、明るくて、人懐こくて。俺が努力で身につけたものを、生まれつき持ってるんだ。可愛いぜ。でも、憎い。羨ましい。あいつがうちの会社を継ぐって決まってるのも知ってる。けど、変わりたいと思う」

 唇を噛むように、宗は俯いた。

『宗……』
「それでも、そういう運命でもなんでも。俺は出来ることをやめない。今日も幸二郎達はバイオリンのレッスンで留守だ。俺も、寂しいくせにひとりで大丈夫だって突っぱねた。バカだろ。いつ死ぬかわからないくせに甘えれないんだ。プライドっていうのか。自分でもよくわかんないけど」

『…………』

 私は何も言えないまま宗を見つめる。
 知らなかった。
 教えてくれなかったから仕方がないけれど、宗はずっとこの秘密を抱えて生きてきたんだ。
 まあ。宗の親友のアイツは知ってるのかもしれないけれど。
 確か小さい頃から一緒だったって言ってたっけ。

 私は宗と中学校で出会った。
 私立の学校で、自由な校風に憧れて受験した。
 そんなに学費も高くないけど、勉強はまあまあ頑張った。
 入学試験の前後だけは、私も成績優秀だったんだよ。あは。情けな。

「咲香も、色々事情があるんだと思う。無理に聞き出そうとは思わないけど、嘘とか誤魔化しって、その場しのぎなんだぜ。結局自分を苦しめるだけ。意味ないの」
『うん。わかってる。ありがとう』

 嫌ってぐらい。わかってるよ。
 でも今ここで、そうに事実を言えば今までの関係までも崩れる気がして、怖かった。
 宗にはあと一週間しかない。その時間を誰に分けてあげるのも嫌。
 わがままなのは承知で、私が一番そばにいたい。

 ずるいよね。職権乱用だ。宗の家族の気持ちも考えれよ、バカ咲香。クズ咲香。本当自己中。
 床にばら撒かれた大量の写真には、笑顔の宗と家族もいて。

 私なんかより、宗と長く生きてきた家族。苦しいところも支えて、一緒の時間を過ごした大事な家族。そんな人達から、私は宗を奪おうとしている。

 いつもは成仏させるまでに、状況を説明して本人の願いを叶えようと努力するのに。宗だけ、私の勝手な気持ちで不幸にしようとしてる。いっそ今すぐ地獄に堕ちたい。そうすれば宗に迷惑かけなくて済むのに。

「でも、今やりたい事は今できても。未来にしたい事は今は準備しかできなんだよな。悔しい。俺は、一生老人にはなれない。むしろ中年にすらなれないかもな」
『宗』

 そんな事ないよ、と言えばいいのに。言えない私は目を逸らす。