すずはバスの窓際の席に座り、流れゆく車窓からの景色を見ていた。
すず達が育った船橋は、海もあれば山もある。でも、海に関して言えば、東京湾の奥の方に位置するため海の色や景色は人様に自慢できるものではない。それにすず達の育った地域は、主要駅に近いせいで所狭しと車や人が密集している。
今、この日光で、すずは真っ青な空と木々の緑に魅了されていた。空気の味がするわけではないけれど、明らかに空気が美味しいと思える。
「直人がさっきしてくれた話を思い出してた。
この日光は神聖な場所って言ってたよね?
何だか、今、不思議とそういう何かを肌で感じてる」
「俺じゃないよ。純から聞いた話」
すずの隣に座る直人も不思議と同じ事を考えていた。この空気感は直人の魂を優しく包んでくれるような、そんな錯覚に陥らせる。
バスの乗客は直人達と老夫婦の四人だけだ。直人は自分達が座っている席の窓を少しだけ開けた。
「ほら、空気が美味しいと思わない?」
直人は窓に顔を近づけて大きく深呼吸をした。