直人はそう言ってまたすずの隣に座った。もう電車の中は空いている。今のこの時間は、直人の隣にすずがいる。
 直人はすずを隣を近くに感じながら、そっと目を閉じた。この気まずい空気が消えてなくなるまで寝たふりをする。直人はすずの笑った顔が見ていたい。だから、この時間をやり過ごすしかなかった。

 すずは、自分の十二歳の誕生日の時の記憶が甦っていた。いや、その誕生日だけじゃない。直人とこんなやりとりは頻繁にあった。そして、必ず最後に直人がいう言葉も変わらない。
“すずが純を好きな事は分かってるから” 
 すずは、直人を好きな気持ちをひた隠しにしていた。直人と純の関係性は誰よりも分かっている。幼い頃のすずは、直人に好きと伝える事は悪い事だと思っていた。
 開けっ広げな性格の純は、すずへの想いをいつも口にした。そんな純を拒絶して、直人を好きだなんて絶対に言えるはずがなかった。直人と純は、二人で一つだった。家族でも兄弟でも友達でもない。魂で繋がっているようなそんな不思議な二人だった。
 今考えてみれば、それは完全な三角関係だった。楽器のトライアングルは、三つある角の一つの角が離れているから素晴らしい音色を出す。この三人のトライアングルは、どこかで誰かが我慢をして友情が成り立っていた。
 すずなのか純なのか、それとも一番優しい直人なのか、きっとそれは誰にも分からない。でも、今のすずは三人が三人ともどこかで何かを我慢していたのだと、そう思っている。