「本当に好きな人?」

 直人は立ち上がって、またつり革を持った。上からすずの様子をジッと見ていると、怒っているより泣きそうな顔になっている。
 本当に好きな人はすずだよって、この場で言えるはずがない。それに今のすずの中では、直人は本当は好きな人がいるのに好きでもない人とつき合える最低な男になっている。

「もう、この話はやめよう。
 あ、すず、もうすぐ乗り変えなんだけど、そこの駅で何か食べようか?」

 上から覗きこんで話しかける直人に対して、すずは下を向いたままだ。

「すず…
 分かった、約束するよ。これからは本当に好きな人としかつき合わない。
 だから機嫌直してよ」

「直人には本当に好きな人はいないの?」

 直人の言葉にかぶせるように、すずは唐突にそう聞いてきた。

「………」

「私はいる…
 だから誰ともつき合わない。その人じゃなきゃ嫌だから…」