直人とすずは、純の家へ続く階段を上っている。
 直人は自分の身に起きた昨日からの不思議な出来事を心の引き出しにしまう事にした。純の大切な言葉だけを心に留めて、しっかりと前を向いて歩いて行かなければならない。悲しい気持ちに押しつぶされないよう、強い気持ちを保つには純の言葉が必要だった。
 階段を上り終えた直人は、大きく深呼吸をする。いつの間にか太陽は高い位置まで上っていた。一体、どれだけの時間をあの川べりで過ごしたのだろう。
 純の家の玄関を入ると、そこには心配した顔の和美が立っていた。直人の姿を確認すると、大粒の涙をぽろぽろ流した。

「おばちゃん、ごめん……
 こんなに心配かけて……」

 和美はエプロンで涙を拭いながらうんうんと頷いている。

「直ちゃん……
 ゆっくりでいいんだから……
 おばちゃんだって、本当は、まだ半分も立ち直っていないの。
 一日一日を笑顔で過ごす……
 最初のうちはそれさえもできなかったけど、でも、流れる時間は、純との楽しかった思い出だけを残してくれる。
 一日一日を笑顔で精一杯生きること……
 大切な人を亡くした人間は、そうやって強くなっていくの……」

 和美は直人の疲れ切った顔を見ると、あの日、純を失くした日の自分を思い出してしまう。

「直ちゃん、すずちゃん、もうお昼ご飯になっちゃうけど、一緒にご飯を食べよう」

 和美は静かに流れる日常を、今は幸せに思っている。そこにたどり着くまでの悲しみは言葉に言い表せないけれど……