直人の幼い頃の記憶が走馬灯のように目の前に浮かんでくる。
「直人は力持ちで優しくて落ち着いてて、母さんが純も直ちゃんを見習いなさいっていっつも言うんだ」
直人はそんな事を言う純の顔を思い出して、少し微笑んだ。この木の上で二人はたくさんの話をした。それは純が引っ越しをする前まで続いた。
直人はやっと大切な事を思い出した。この木の上で最後に純が言ってくれた言葉は、ちゃんと直人の頭の中に残っていた。あの時はその日が最後になるなんて夢にも思っていなかったから、その言葉は直人の記憶の奥底に沈んでいた。
純はいつでも直人を見ていて、直人を思っていてくれた。それは直人だって同じだった。
でも、純の引っ越しが直人を自分の殻に閉じ込めてしまった。
直人は、純が船橋からいなくなる事を絶対に受け入れられなかった。純は引っ越しでこの場所を出て行くのに、まるで純に捨てられるとひねくれた思考に囚われていた。寂しくてたまらない直人は、出て行く純に話す事さえしなくなった。
でも、引っ越しの前日に、純は直人をこの木の上に誘った。ふてくされている直人だけど、それでもいつもの習慣で純をおぶって木に乗せる。
「直人、俺がいなくなっても…
俺がいなくなっても、お前は大丈夫だよな?
直人は何にも変わらなくていいんだ。そのままの直人が最高なんだからさ。
そのままの直人が俺は大好きで、そのままの直人が俺の一番の親友なんだからな」